2018年01月11日

【日記】源泉所得税の納期の特例の納期限

 小さな会社経理などをしている人ならばご存じだと思うが、その昔は、年があけると1月10日までにやらなければいけない金策があった。

 従業員の給与を支給した場合、帳簿上では「預かり金」となっている源泉所得税は、原則として翌月10日までに納めなければならない。
 しかし、毎月の給与の支給人員が常時10人未満である源泉徴収義務者(ようするに経営者)にとって、これを毎月行うのは大変である。
 そこであらかじめ、税務署に「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請」をしておくと、一年に二回、まとめて行うことができるという制度があるのである。申請だけで良く、特に審査などはない。

 これを行っておくと――

 1月から6月までに支払った所得からの源泉所得税納付は7月10日までに。
 7月から12月までに支払った所得からの源泉所得税納付は1月10日までに。


 支払えば良かった。
 しかし、1月10日と言えば、門が取れてまだ三日目である。その昔だったら、成人式が行われていた1月15日までは、まだみんな、正月気分でいたものだ。
 そんなこともあってだろうか、いつの間にか、本当にいつの間にか(わたしの)知らないうちにひっそりと、1月10日の源泉所得税納付の納期限が1月20日までになっていたのである。

 ×7月から12月までに支払った所得からの源泉所得税納付は1月10日までに。
 ○7月から12月までに支払った所得からの源泉所得税納付は1月20日までに。


 今はこれが正しい。

 これは平成24(2012)年の「納期の特例」の税制改正から行われていたものであった。
 わたしがこの改正を知ったのは2014年のことで、それを知ってもちょっと期限を過ぎてしまうのが怖く、10日までに納付したものであった。

 実際、「1月10日までに納付」が「20日までOK」となり、かなり気分が楽になったのも確かである。それまでは、おとそ気分もすぐなくなってしまうという感じだった。
 しかも1月は月末までに「法人の法定調書と支払い調書の提出」もあったりして、ちょっと気が重い。1月10日が20日に延びただけで、かなり楽だ。

 実を言うとこの記事も、昨日10日に「やっべもう1月10日だ!」と焦って、「ああ、20日までで良かったんだ」とホッとして書いているのである。

 それにしても、成人式も15日固定からハッピーマンデー法で「1月の第2月曜日」になってしまったものだから、今年の新成人は1月8日という最短の日。
 本当に日本の正月は、昔のそれと違ってせわしくなってしまったなぁ、と思う。

 この記事は、特にだからなんだ、というわけではないのだが、こういう、納税者に有利になる改正その他のアナウンスは、お役所側は本当に積極的にはやらないものなんだよ、ということで。

「オレオレ詐欺」などで、お役所の側から「還付金がありますよ」と言ってくるようなことは、絶対にないのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月10日

【映画評】キングスマン・ゴールデンサークル

 なんちゅうもんを見せてくれたんや……。なんちゅうもんを……。


(作:雁屋哲/画:花咲アキラ「美味しんぼ」8巻より引用。山岡ディスは定番ということで、決して某EP8のことではない、と思う……)

 というわけで、新年一本目は、ずっと楽しみにしていた「キングスマン・ゴールデンサークル」。
「キングスマン(以降無印≠ニつける)」の続編となるわけだが、これほど前作を観ておいて良かった、と思わせる映画はなかなかない。


(日本公開まで待たされました……)

 わたしはけっこう、いきなり二作目を観て、面白かったら一作目に遡って観る、というのが苦にならないタチなのだが、こと本シリーズに関しては、無印→本作の順で観ることを強くお勧めする。

 今回の記事は、まったくネタバレを考慮せずに書くので、「キングスマン無印」「同ゴールデンサークル」を未見の方は、絶対にこの先を読まない方が良い。わたしがここまで言うのは珍しいと思う。この先の「あらすじ」の途中で別記事へぜひ移動していただきたく。

 あらすじ――というか本作のさわり。
「キングスマン無印」で世界を救い、ハリーの遺志を継いで高級テーラーキングスマン=\―実は超国際的スパイ組織――の一員となったエグジー。前回の終わりにいい雰囲気になった王女との仲も続いており、順風満帆である。
 が、その日、店じまいをしての帰り、彼はいきなり暴漢に襲われる。その正体は、前作でキングスマン候補になりながらみじめに失格したチャーリーだった。えっ!? 彼も前作で頭ボーン≠オていたんじゃなかったの!? などと思う間もなく、激しいカーアクション。そしてチャーリーの右腕がなんとサイボーグ化されているのにびっくり。闘いの後、チャーリーを倒しキングスマン基地へ無事帰還したエグジー。今夜は王女と甘いデート。翌日は、王女の家族と会食。ロキシーのメガネサポートもあってウィットに富んだ会話を交わしていたエグジーだったが――。


 次の数シークエンスで、前回あんなに頼もしかったキングスマン基地はミサイルで一瞬のうちに破壊され、一緒に候補生となり闘ったロキシー、さらには愛犬JBまで死んでしまうのである!

 このアンバランスさ!? えっ、いきなり!? である。

「キングスマン無印」ももちろん傑作なのだが、わたしは作中、唯一、(本来、正義の味方側である)ハリーが、教会での乱闘シーンで先に発砲する≠ニころに抵抗があった。
 いくら口が悪い妙な信者連中とは言え、特に悪人とまでは言えない無辜の人間を先に撃つというのに仰天したのである。
 このシーンでうすうす気づいてはいたのだが、「キングスマン」においては、あまたのスパイ映画が金科玉条としている勧善懲悪≠超越している。
 ストーリーの通奏低音に「このキャラクターは善¢、だから○○しない」、「このキャラクターは悪¢、だから××する」という安定感がない。
 数行前にも書いたが、この「アンバランスさ」。これが「キングスマン無印」「同ゴールデンサークル」の魅力なのだ。

 そんなこんなで壊滅したキングスマン組織は、アメリカにある似たような組織「ステイツマン」に助力を求めるが、遡ってみれば、チャーリーのサイボーグ化は「600万ドルの男」のオマージュかと今気づいたり。

 そしてアンバランスさの妙は、前作で新キングスマンとなったロキシーを簡単に殺しておきながら、前作で死んだはずのハリーがステイツマンの技術で蘇生していた、というくだり。
 これは散々、トレイラーで知ってはいたが、ストーリーテリングの王道から言えば、こんなことをする必要は本来まったくない。コレ、ダースベイダーに斬られて霊体化したオビワンが、「帝国の逆襲」でルークに「よっ、元気?」と肉体のまま現れるくらいのありえなさ。それをここまでもう開き直ってやってくれるのだから、このアンバランスさがもう痛快、快感になってくるのである。

 007で言えばQの役割をするマーリンまで、今回、殺してしまうという無情ぶり。ああ、あのシーンは良かったなぁ。よし、ここで「カントリーロード」を掛けよう(ご覧になった方なら頷かれるはず)。

 ストーリー的な瑕疵としては、記憶を取り戻し正気になったハリーが、ステイツマンウイスキー≠フ裏切りに勘づくなにかの要因が必要だと思うのだが、それもあえて描かないのも、この「アンバランスさ」のゆえか。
 また、このウイスキー≠フ裏切りが、ステイツマンとは無関係な個人主義的しがらみからきているというのも、アメリカ的個人主義の皮肉として面白い。

 少しストーリー全体に目を戻すと、今回の敵は麻薬組織の女ボスなのだが、実は真の悪は(彼女と裏取引もまったくしていない)アメリカ大統領というあたりもひねってある。
 絶妙のバランス、ではなく、絶妙のアンバランスで成り立っているのが、「キングスマン」シリーズなのだなぁ。
 もし三作目があるとして、今回蘇ったハリーが超悪役になっており、エグジーに殺されても、わたしはもう驚かない、ね。

 それにしてもキングスマンの世界ってば、「無印」では人を暴力的にするsimカードで全世界で暴動を起こし、「ゴールデンサークル」では麻薬使用者を皆殺しにするウイルスで大騒動を起こしと、世界的な危機がありすぎである(笑)。
 が、どちらもわが国日本では、三大キャリアメーカーsimの寡占状態と、麻薬使用者の少なさから、けっこう元から災難から逃れている国だったりして、などとも思ったり。ガラパゴスも悪くはないかもね。

 あぁでも「キングスマン・ゴールデンサークル」はこんなに面白かったのに、日本公開は三ヶ月経ってから、なのである(米英公開は2017年9月22日だった)。
 こういうののガラパゴス化は、やっぱり嫌だなぁ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2018年01月09日

【日記】信仰宣言

 今回は引用成分多めでいきますよ(笑)

 さて、カトリックの主日ミサでは、司祭の説教のあと「信仰宣言」を唱えることになっている。
 以前は多くの教会で「洗礼式の信仰宣言」を使っていたが、これは本来、完全版たる「ニケア・コンスタンチノープル信条」を用いるべき、とカトリック中央協議会が決定したため、今はほぼ同信条か、短めのものを使いたいときは「使徒信条」を使うことになっている。

 というわけで、ここでその三つを引用してみたい。

 ●ニケア・コンスタンチノープル信条
 わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。
 わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。
 主は神のひとり子、すべてに先立って父より生まれ、神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、造られることなく生まれ、父と一体。
 すべては主によって造られました。
 主は、わたしたち人類のため、わたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。
 ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、天に昇り、父の右の座に着いておられます。
 主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。
 その国は終わることがありません。
 わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。
 聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、また預言者をとおして語られました。
 わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。
 罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と、来世のいのちを待ち望みます。
 アーメン。


 ●使徒信条
 天地の創造主、全能の父である神を信じます。
 父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。
 主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父である神の右の座に着き、生者(せいしゃ)と死者を裁くために来られます。
 聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠のいのちを信じます。
 アーメン。


 ●洗礼式の信仰宣言
 天地の創造主、全能の神である父を信じます。
 父のひとり子、おとめマリアから生まれ、苦しみを受けて葬られ、死者のうちから復活して、父の右におられる主イエス・キリストを信じます。
 聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠のいのちを信じます。


 いかがでしょう。正直な感想は?
 長い上に面倒で、よくわからない、というのが初読の印象ではないだろうか。

 しかも、よーく読むと、三つとも、似ていながらちょっとづつ違う。
 たとえば「ニケア――」や「使徒信条」では「全能の父である神を信じます」だが「洗礼式の信仰宣言」では「全能の神である父を信じます」となっている。なんだこれ? 逆でもいいの? という感じ。
 今でも司祭によっては「洗礼式の信仰宣言」を使う方もいらっしゃるので、「天地の創造主、全能の――」のあとに「父」がくるか「神」がくるかで、信徒が瞬時に判別できるという利点もある(笑)。

 なお、ロザリオの最初にも「信仰宣言」を唱えるが、これは「ニケア――」ではなく「使徒信条」を用いることになっている。
 というわけで、「使徒信条」と「洗礼式の信仰宣言」をソラで唱えられる信者は珍しくない。

 逆に「ニケア――」は長いし、主日ミサくらいでしか唱えないので、暗記しているという信徒はそう多くないのではないだろうか。たいていの教会で、聖歌集の裏にカンペが貼ってあったり、それぞれがミサ式次第をめくったりして読み上げているというのが実情では?

 しかしこれ、暗記するのはそれなりに意味があるのである。
 そもそも、「ニケア・コンスタンチノープル信条」というのはなにか、というと「異端を排除するための、真のキリスト教の定義」だからだ。

 たとえば「イエスは人であって神ではない」とか、逆に「イエスは神であって人ではない」というのは異端の考え方なのである。
 また、イエスがつけられたのは「十字架」であって「杭」ではないのである。
 さらに、普遍の教会をとおさずして信仰は完成しないということでもある。

 この「ニケア・コンスタンチノープル信条」を覚えておくことによって、キリスト教的新興宗教≠ェ勧誘にきたとき「あ、オレいいっす。大丈夫っす。ニケア・コンスタンチノープル信条っすから」と撃退できるわけである。

 ところが、この「ニケア・コンスタンチノープル信条」を巡って、カトリックとオーソドックス(ロシア正教会)が、ただ一箇所の点を巡って論争となったのであった。「聖霊は――」のいち部分がそれ。
 ザックリ言ってしまうと、カトリック側は「聖霊は父と子から出て――」だと解釈したが、オーソドックス側は「聖霊は父から出て――」だと主張したのである。
 この一点が原因となって、東西教会が分裂した(大シスマ)のだから洒落にならない。

 これが「フィリオクェ問題」である。

 バチカンが「エキュメニカル(教派を越えた理解)」を言うとき、一番最初にアタマにあるのは、この問題の解決(東西教会の統合)であろうという感じはヒシヒシとある。正直、大部分のプロテスタントの方は目に入っていないのである。ゴメンね。
 そして言うまでもないが、カトリック側は対話対話と言いながら、「聖霊は父と子から出て――」をゆずる気はこれっぽっちもまーったくない。まいっちゃうね(笑)。

 そういう神学的なことは、普通の信徒にはピンとこないというのが正直なところだ。
 ただ毎週唱えるものだから、そのたびにカンペを見るのも莫迦らしく、暗記しておくと、唱えるときに周囲の様子ををグルリと見渡せる、という利点もある。司祭でもけっこう、暗記していなかったりする。あるいは暗記していて同じことをしている信徒と目を合わせてしまい、苦笑してしまったりも。

 ちなみに「歌ミサ」用の「洗礼式の信仰宣言」はあるが(典礼聖歌251)、「使徒信条」および「ニケア――」の歌はない。「使徒信条」、「ニケア――」の歌ミサ用の曲がつくられることは、これから先もないだろうと思われる。

 なお、文語の「信仰宣言」は典礼聖歌453にあるが、歌ったことがある方は、かなり年季の入ったカト信者とお見受けする。わたしも「四旬節の聖歌 詩篇の歌・やまとのささげうた」というCDでしか聞いたことがない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年01月08日

【昭和の遺伝子】家庭科の思い出(お料理編)

 わたしは「料理できない男子」である。いや、正確には「できなかった男子」。最近は自分でフライパンを振るようになって、少しは料理のイロハを学べてきたような気がしている。

 もっともそれも、食べてくれる人がいるからで、自分ひとりでいるときはカップラで十分だ。やはり本質的に、料理が好きではないのだと思う。

 原因に思い当たる節はある。それもこれも、小・中学校の「家庭科教育」が開始点なのではないか、と。

 小学校のときの家庭科の最初の授業は、お茶の淹れ方だった。次の時間はホウレンソウのソテー。そして味噌汁、粉吹きいもとメニューは進んでいったと思う。これらの授業は――苦痛でなかった。そう、楽しかったのである。
 いつもは家で母が作ってくれる料理を自分の手で作ることができて、それが美味しい。料理って、楽しいな。それが最初の印象。

 なのに、ああそれなのに、なぜ料理嫌いになってしまったのかと言えば、それはやはり、時代が昭和だったからなのだなぁ。

 家庭科の授業中にも、男子はあまり手を出さないで! 料理は女子の領分だから!! という雰囲気が充ち満ちていたのである。これは生徒だけではなく、先生にもそんな指導をする空気が明らかにあった。

「わたし作る人」「ぼく食べる人」というラーメンのCMが「男尊女卑」だと騒がれるよりも前の昭和には、こういう空気が確かにあった。逆に考えてほしい。この空気があったからこそ、上記のCMが作られた背景があるのである。

 今なら「男尊女卑」だと言う人がいるだろう。しかし男の子だって、料理をしたかったのである。それを取り上げて、「男子は黙って見てて。最後に味見をしてくれればいいから」と(言外に)強制したのは女性陣であったのだ。
 こと家庭科の時間に関しては、昭和は「女尊男卑」であった。男子は「自分だっていろいろやってみたかった」のに、味見の係に追いやられていたのである。

 こういうの、今の時代のマンガだって、でひきずっているシーン、ないだろうか。女子が好きな男の子に気に入ってもらいたくて、家庭科の料理の授業でがんばる、みたいな。

 そして中学になると、男子に家庭科の授業はなかった。技術科だけである。我々男子がハンダゴテを握っている間に、クラスで人気のあのコが授業でクッキーをつくって持ってきてくれる、などという甘い思い出はまったくない。きーっ、悔しい。

 われわれ昭和前期から中期の男は(それ以降は知らない)、料理の授業を受けるという権利を奪われてきた世代なのである(もちろん、女子も技術の授業を受けるという権利を奪われていたわけだ)。

 家庭でも「男子厨房に入らず」という言葉を祖父に言われていた世代である。
 その代わり、男は、出されたものはアレコレ文句を言わず黙って食べる、メシマズだろうが異物混入していようが全部食べる。という暗黙の了解はあった。
 わたしの「味音痴」「食べるの嫌い」は、この時期に確実に培われていたのである。

 だいたい我々の世代は、戦中派に「戦争の時は美味いものは食えなかった。今の若い者はこんな美味いものを食べて贅沢だ」と年がら年中言われて育ったのである。
 想像してみていただきたい。こんなことを食事のたびに言われては、美味いものを食べるということに罪悪感がわいてくるではないか。食育≠ネんてあったものではない。
 我々の世代は今は老害だが(ぉ 我々の世代にも老害はいたのである。

 できれば老害の拡大再生産はしたくないものだ。
 今はマンガの中でも、ありあわせのものでササッとお洒落な料理をつくってしまう男子がモテる配役で出てきたりする。


(タチバナロク「可愛い上司を困らせたい」1巻より引用。めぐみさん激カワ♥)

 料理下手な女性も登場してくる。いいことだと思う。


(タチバナロク「可愛い上司を困らせたい」1巻より引用。めぐみさん超カワ♥)

 でもね、やっぱり男はどんな料理でも黙って食うのが一番、なのかもしれない。ロシアのことわざにもあるのである。「良い妻を望むなら料理上手を選べ。良い夫を望むなら料理に文句を言わない男を選べ」とね。

 ま、うちの細君は料理上手だから、ね。ふふり。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子

2018年01月07日

【回想録】カフェイン錠の思い出

 夜、眠れなくなったのは青年期になってからだ。高校生ぐらいまでは、寝よう、と思ってベッドへ入ったら、数分でプッツリと意識が途切れ、目覚ましが鳴るまでグッスリであった。

 寝起きはいい方で、早起きだった。だいたい朝の五時半には起きていたと思う。目覚ましがなればパッと起きるので、少年時代も母に呼ばれたとか、学生時代も隣家の可愛い幼なじみに起こされたとか、妹に「お兄ちゃん起きてー」と襲撃された記憶はない。
 というか、隣家に可愛い幼なじみはいなかったし、妹もいなかった。くっそう。

 そんなわけだから、遅刻したということもまずない。曲がり角で食パンをくわえた美少女にぶつかられたこともない。くっそー。

 なんだか話が妙な方向へ向かい始めたので軌道修正する。睡眠の話である。
 ベッドに入ればコテンと寝てしまうくらいだから、中・高校生時代の試験勉強は眠かった。わたしは暗記科目はけっこう得意なのだが、数学とか、物理とかは机に向かっていてウツラウツラときてしまう。
 そんな中学生の厨房心をくすぐる眠気をとるクスリが、普通の薬局で市販されていたのであった。いや、今でも売られている。カフェインの錠剤である。
 厨房心のなにをくすぐるといって、当時のカフェイン錠剤には、「効能:覚醒」と書いてあったのである。すっげー。これって「覚醒剤」ってことじゃん! 店頭で見て、これは買うしか、とお小遣いをはたいて購入したのであった。

 ちなみに、現在、使ってはいけないおクスリの方は「覚せい剤」と書くのが一般的。これは法律の「覚せい剤取締法」がひらがなの交ぜ書きであることからきている。もっともこのあたりの表記は揺れているというのも現実。

 さて、合法覚醒剤の「カフェイン錠」。期末試験の前の夜の勉強で、さっそく服用してみることにした。どんなに眠れなくなるんだろう、わくわく。わくわ、わく、わ……。う、うと、うとう、うとうと、うとうとうと。眠いじゃん!
 午前一時になると、いつものように眠くなるのであった。
 カフェインで眠れなくなるなんてウソだな、と毒づきながら、眠い目をこすりつつ勉強をがんばったことを覚えている。

 このカフェイン錠は、修学旅行のときも「みんなで夜更かししようぜ」と、持っていった。分け合って飲んで、布団に入り、ダベっているうちは楽しかったが、ひとり、またひとりと眠っていってしまい、誰ひとり、午前一時まで耐えられた者はいなかった。
 今思うと、若いということそのものが、なによりの睡眠薬だったのだなぁ、と思う。

 今でも薬局でカフェイン錠は普通に見かけるが、これが効くという方はいらっしゃるのだろうか?
 聞いた話で特に裏を取らずに記憶で書くが、こういったカフェイン錠に含まれているカフェイン量より、緑茶の一杯の方がよほど効果が高いという。
 意外と莫迦にできないのがコーラである。わたしが子どもの頃は、コーラの含有カフェイン量などは問題にされなかったが、炭酸ということもあり、体内にカフェインが摂取される速度も速い。

 聖書にはもちろん、カフェインの食事禁忌などは記述されていない。
 しかし新宗教のモルモン教ではカフェインは禁忌とされているとのことで、信者はノンカフェイン生活を送っていると聞いた(実際の信者の生活がどこまで徹底しているかは知らない)。

 JW(エホバの証人)の輸血禁忌はよく知られているところだが、これも最新の医学的見地から見ると、決して輸血というものが手放しで勧められるわけではないともいう(自己血輸血のメリットなどが知られている)。

 現代科学とバランスを取って生きるカトリックとしては、教条としてのカフェイン忌避や、聖書の字句そのままの輸血禁忌を納得する気分にはならないが、宗教的な禁忌事項も回りまわって意味が見いだされるようになるというのは面白いと思う。

 モルモン教徒のようにノンカフェイン生活を通せているわけではないが、今のわたしは主治医に服薬指導されていることもあり、選べるときにはコーヒーはデカフェ、ノンカフェインコーラを飲み、夕食後のお茶も少量一杯だけにしている。

 それでも、ベッドに入ってすぐに眠れるということはまずない。体調によっては中途覚醒も多く、いつもウツラウツラである。熟睡感がなく寝起きも悪くなってしまった。
 今の「眠れない」時間を、学生時代の自分にわけてやりたいとすら思う。人生のバランスというものは、うまくいかないものである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録