2018年01月05日

【日記】福袋

 この時期の話題といえば「福袋」だが、わたしは福袋を買ったことがない。

 いや、正直言うと、去年始めて、スターバックスの福袋に応募してしまった(スタバは去年から店舗に並ばせる方法ではなく抽選方式になっている)。サイトから応募できるというのは気楽で良いので、禁を破っての福袋初挑戦。なんとなく、当たるんじゃないかなぁ、という気がしていたが、そんな予感は大ハズレ。
 しかし、実際に配布された中身の情報をネットなどで読んでみると、内情は「鬱袋」だったようで、当たらなくてよかったと心底思っている。ウチはコーヒーは豆から手挽きすることにしているので、豆ならともかくコーヒー粉などをもらってもありがたくないのである。

 というわけで、わたしの「福袋」童貞は守られたわけだ。やはり福袋なんぞというものは買わない方がいい。

 わたしの会社でも、ネット通販部門で、スタッフが正月に福袋企画をあげてきたことがあった。わたしは大反対したのである。だいたい福袋なんぞというものは、売れ残った余り物を適当に処分するための方便で、本当にお客さまのことを思うならそんな企画はするべきではない、というのがわたしの主張であった。これは今でも正しいと思っている。
 結局そのときは、福袋賛成派とかなり喧々囂々になったが、「福袋は売れる」という賛成派に対し「福袋に入れる目玉商品は確実にお客さまが選ぶことができ、その上で(こちらの)余り物を入れる」という方針を呑ませて、福袋を構成して販売した。売り上げは、まぁまぁじゃなかったかなぁ。

 そのとき感じたのは、福袋が好きなタイプの人というのは、徹底的にそういったものが好きなんだなぁ、ということ。商売の仕組みとして、どうせ客側が損することはわかっているのに「ひょっとしたらおトクな商品が入っているカモ」に賭けてしまうのである。

 そう、「福袋」はギャンブルなのである。そしてわたしはギャンブルをしないタチ。
 さらに加えて「今いらないものはタダでもいらない」タチ。
 おそらく福袋で、キヤノンの一眼レフデジタルカメラのけっこういいものが当たっても、「困ったなぁ」と顔をしかめて、オークションで売ってしまうだろう。これはキヤノンがどうこうなのではなく、わたしがニコンのレンズしか持っていないから。

 忘年会などのビンゴ大会には仕方なく参加することはあるが、これも「いい商品が当たったなぁ」と思ったことがない。最近はビンゴ大会があるというだけで「またいらんものを押しつけられるのか」と憂鬱である。

 一度、年末のヨドバシで、誰でも参加できるというガジェットなんちゃらのビンゴ大会≠ニいうものがあり、細君がまたそういうものが好きなものだから、商品を取り囲んで参加してみたのだが、これはなんともはっきり言ってパーティ商法であった。とにかく誰でも大当たりが出て、ゲーム機とかタブレット端末とかが格安で当たるのである。ただし、某社のモバイルWiFiルータ三年お約束と一緒に、だ。

 興味本位に列にならんで店員のいる席に座り、その価格を聞いてみると、なんという情弱価格! しばらく絶句したあと、すぐに「そんな値段はありえない!」と首を横に振って当たりチケットをテーブルに捨て権利放棄。その場を立ち去ったのだが、あの席に座った何人が騙されて契約されたのだろう。
 天下のヨドバシでも、ああいうパーティ商法をやっているのだから(もちろん場所貸しだけだろうけれど)、読者諸兄姉はご注意されたし。

 商売というのは、やはり近江商人の「三方良し」が一番だ。「売って良し」、「買って良し」、「世間良し」である。これを守ることができている福袋がどれだけあることやら。
 ただしこれを守っていると、イカサマ商売が横行するこのネット時代、決して儲かりはしないのだよなぁ。などとも思ってしまう。
 新年早々、心の中身が鬱袋である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記