2018年01月06日

【回想録】Tさんの思い出

 Tさんは、路上生活者だった。
 ありていに言ってしまえばホームレスだ。
 いつも、オートバイにリヤカーをつけて移動していた。カバーのついたリヤカーの中は混然としていて、生活用具が一杯につまっていた。

 Tさんは、洗礼を受けたカトリック信者だった。
 知りあったのも、カトリック教会で、である。Tさんは毎週日曜日、教会横の坂道の上にオートバイ&リヤカーをとめて、ミサに与るのであった。
 一度、リヤカーからこけてもがいていたTさんを、細君と一緒に助け起こしたことがある。Tさんは笑顔で「こけちゃったよ」とおっしゃったのであった。

 Tさんはやはりホームレスだけあって、独特のニオイを放っていたが、教会の皆さんは暖かく迎え、また差し入れなどをしていた。
 カトリック教会のミサでは、クライマックスで「ご聖体」というウェハースのようなものを配るのだが、Tさんはこれをその場で食べず持ち帰ろうとして、司祭に(優しく)その場で食べるよう指導されていた。
 持ち帰りたい、という気持ちが、わたしにはわかる気がした。路上生活の中で、キリストの体たるご聖体が一緒にいてくれれば、これほど心強いことはないだろうから。

 Tさんは生活保護を受ける資格を十分に持っていた。一度は教会の方から役所の方にかけあい、生活保護を受けられる直前まで行ったのだが、なんと、Tさんの方からそれを拒否した。Tさんにとっては、どこかに定住し、与えられた金銭で過ごすより、オートバイとリヤカーの生活の方が性に合っていたのだ。
 金銭的な面では年金が出ており、その書類の住所は教会にしていたと聞く。

 市内をそのオートバイとリヤカーで移動するので、知っている人は知っている存在でもあった。
 日中暑い日、市内のデパートの前の木陰で、Tさんが休んでいるのを見つけたことがある。自分はコンビニでおにぎりをふたつ買って、ひとつを差し入れ、並んで食べたのであった。のんびりとした、初夏の午後。木漏れ日が気持ちよかった。
 Tさんは笑顔を絶やさない人でもあった。医者の息子が一人いて、独立しているという。これはどこまで本当の話かわからない。あまり、自分の話をしない人であった。

 激安スーパーマーケットの常連で、そこでも出会ったことがあった。お酒やタバコなどは召し上がらなかったようだ。つましい、つましい、自分で望んでその道を選んだホームレスである。
 2ちゃんでそのスーパーマーケットのスレが立ったとき「ホームレスがよく買いに来ている」と話題になっていた。身なりその他の情報から、Tさんのことだとすぐにわかった。「いい人だからあまり邪険にしないであげてね」と、何度レスしようと思ったことか。

 降誕節も過ぎ、この地方都市でも珍しく雪が積もったある日、Tさんは道に倒れているところを保護された。
 教会の手配で入院し、看護師さんやお見舞いの人と、笑顔の写真を撮るまでに回復していた。

 が、その数日後、Tさんは眠るように帰天していった。

 Tさんは葬儀ミサ後、教会の人たちに見守られつつ火葬され、そのお骨は、ある場所の共同墓地に安置された。
 自慢の医者の息子は、最後まで現れなかった。嘘だったのか、報が届かなかったのか、今となっては、もう、せんないことだ。

 今でも、教会に向かう坂道を登っていると、その先にあのオートバイとリヤカーが止められていて、そこにTさんがいるのでは、と、思うことがある。

 Tさんの人生に、ほんの少しでも関われたことを嬉しく思う。
 天国でもきっと、あのバイクとリヤカーを止めて、笑っていらっしゃることだろう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録