2018年01月07日

【回想録】カフェイン錠の思い出

 夜、眠れなくなったのは青年期になってからだ。高校生ぐらいまでは、寝よう、と思ってベッドへ入ったら、数分でプッツリと意識が途切れ、目覚ましが鳴るまでグッスリであった。

 寝起きはいい方で、早起きだった。だいたい朝の五時半には起きていたと思う。目覚ましがなればパッと起きるので、少年時代も母に呼ばれたとか、学生時代も隣家の可愛い幼なじみに起こされたとか、妹に「お兄ちゃん起きてー」と襲撃された記憶はない。
 というか、隣家に可愛い幼なじみはいなかったし、妹もいなかった。くっそう。

 そんなわけだから、遅刻したということもまずない。曲がり角で食パンをくわえた美少女にぶつかられたこともない。くっそー。

 なんだか話が妙な方向へ向かい始めたので軌道修正する。睡眠の話である。
 ベッドに入ればコテンと寝てしまうくらいだから、中・高校生時代の試験勉強は眠かった。わたしは暗記科目はけっこう得意なのだが、数学とか、物理とかは机に向かっていてウツラウツラときてしまう。
 そんな中学生の厨房心をくすぐる眠気をとるクスリが、普通の薬局で市販されていたのであった。いや、今でも売られている。カフェインの錠剤である。
 厨房心のなにをくすぐるといって、当時のカフェイン錠剤には、「効能:覚醒」と書いてあったのである。すっげー。これって「覚醒剤」ってことじゃん! 店頭で見て、これは買うしか、とお小遣いをはたいて購入したのであった。

 ちなみに、現在、使ってはいけないおクスリの方は「覚せい剤」と書くのが一般的。これは法律の「覚せい剤取締法」がひらがなの交ぜ書きであることからきている。もっともこのあたりの表記は揺れているというのも現実。

 さて、合法覚醒剤の「カフェイン錠」。期末試験の前の夜の勉強で、さっそく服用してみることにした。どんなに眠れなくなるんだろう、わくわく。わくわ、わく、わ……。う、うと、うとう、うとうと、うとうとうと。眠いじゃん!
 午前一時になると、いつものように眠くなるのであった。
 カフェインで眠れなくなるなんてウソだな、と毒づきながら、眠い目をこすりつつ勉強をがんばったことを覚えている。

 このカフェイン錠は、修学旅行のときも「みんなで夜更かししようぜ」と、持っていった。分け合って飲んで、布団に入り、ダベっているうちは楽しかったが、ひとり、またひとりと眠っていってしまい、誰ひとり、午前一時まで耐えられた者はいなかった。
 今思うと、若いということそのものが、なによりの睡眠薬だったのだなぁ、と思う。

 今でも薬局でカフェイン錠は普通に見かけるが、これが効くという方はいらっしゃるのだろうか?
 聞いた話で特に裏を取らずに記憶で書くが、こういったカフェイン錠に含まれているカフェイン量より、緑茶の一杯の方がよほど効果が高いという。
 意外と莫迦にできないのがコーラである。わたしが子どもの頃は、コーラの含有カフェイン量などは問題にされなかったが、炭酸ということもあり、体内にカフェインが摂取される速度も速い。

 聖書にはもちろん、カフェインの食事禁忌などは記述されていない。
 しかし新宗教のモルモン教ではカフェインは禁忌とされているとのことで、信者はノンカフェイン生活を送っていると聞いた(実際の信者の生活がどこまで徹底しているかは知らない)。

 JW(エホバの証人)の輸血禁忌はよく知られているところだが、これも最新の医学的見地から見ると、決して輸血というものが手放しで勧められるわけではないともいう(自己血輸血のメリットなどが知られている)。

 現代科学とバランスを取って生きるカトリックとしては、教条としてのカフェイン忌避や、聖書の字句そのままの輸血禁忌を納得する気分にはならないが、宗教的な禁忌事項も回りまわって意味が見いだされるようになるというのは面白いと思う。

 モルモン教徒のようにノンカフェイン生活を通せているわけではないが、今のわたしは主治医に服薬指導されていることもあり、選べるときにはコーヒーはデカフェ、ノンカフェインコーラを飲み、夕食後のお茶も少量一杯だけにしている。

 それでも、ベッドに入ってすぐに眠れるということはまずない。体調によっては中途覚醒も多く、いつもウツラウツラである。熟睡感がなく寝起きも悪くなってしまった。
 今の「眠れない」時間を、学生時代の自分にわけてやりたいとすら思う。人生のバランスというものは、うまくいかないものである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録