2018年01月29日

【日記】水の味

 我が家のキッチンの蛇口には、細君が浄水器≠とりつけており、料理などに使う際は装置のトグルを切り替えて、カルキを除去した水を使うことにしている。
 細君は田舎育ちであったため、井戸水で育ってきた。それだけに都会のカルキ臭い水は不味いと不満だったようである。
 対して、もともと「味音痴」のわたし。正直、最初はカルキ水と浄水の区別もつかなかった。「どっちも喉が渇いていればうまいじゃん」というのが本心ではあった。
「お腹に入ってしまえば皆同じ」である。

 それでも、毎日、カルキ水と浄水を飲み比べてみていれば、だんだんと「水の味」の差がわかるようになってくる。さすがに今は「これはカルキ水」「これは浄水」と当てられるようになった。

 しかし実を言えば――これを書くと細君はまたショックをうけるかもしれないが――カルキ入りの水だって、そんなにまずいとは思っていなかったりする。
 これは成長期の思い出補正があるのだからしかたない。暑い夏に大汗をかきかき家に戻ってきて、まずは水を一杯、蛇口からコップに注いで、グイーッと一気に行く。うまい! そういう「カルキ水」で育ったのだから、わたしにとっては「カルキ水」もソウルフードのひとつなのである。

 というか、わたしが子どもの頃は、都会住みで浄水器≠使っている家庭などはなかった。みんな「カルキ水」を「水なんてこんなもんだ」「そりゃ井戸水は美味いだろうけどねぇ」と思って生活していたのである。
 ミネラルウォーターなどがスーパーで売られるほど、日本人の食生活は豊かではなかった(逆説的に、蛇口からカルキ入りとはいえ水が飲める日本は恵まれてもいたのだ)。

 そんな中、わたしが覚えている初めての「ペットボトルウォーター」が発売された。それが「六甲のおいしい水」である。これはけっこうテレビCMなどもうたれ、初めて「水も蛇口からではなく、店で買う時代が到来したのだなぁ」という衝撃を受けた。
 それにしても、蛇口をひねれば出てくる水を店で買うなんてもったいない、というのが、当時の大方の評価ではなかっただろうか。

 たかだか水に金を払うのは超もったいなかったが、興味が勝った。わたしはスーパーで「六甲のおいしい水」を買ってきて、姉にブラインドテストを試みてみたのである。

 ひとつのコップには水道水。ひとつのコップには「六甲のおいしい水」を入れて、まずわたし自身が試しに飲んでみた。
 感想は――「水だな。両方とも水。変わんない」
 さすが味音痴である。

 そして姉。わたしだけがわかるようにコップの種類を変えて、水道水と「六甲のおいしい水」がわかるかどうかチャレンジしてもらった
 ところで、同じ環境で育っていながら、姉はわたしとは違い「味音痴」にはならなかった。姉は一発で、この水を当てたのである!

「こっちが水道水。こっちが六甲のおいしい水だね」
「すっげぇー。なんでわかるの!?」
「だってさ」姉の答えが傑作だった。「六甲のおいしい水、よどんだ池の臭いがするもん」

 二人で大笑いしてしまった。「六甲のおいしい水」が「カルキ水」より美味しくなかった、という結末に。
 まあ、二人ともまだ、子どもの舌でしたから。

 その後、成長してから、「六甲のおいしい水」を飲んだことがあるが、そのときはとても美味に感じた(と、フォローを入れておく)。

 それでもやっぱり、スーパーでミネラルウォーターを買うような真似はしない。買うならなにか味つきのを。
 だって、もったいないじゃん。日本のカルキ水は、十分、美味しいんだから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記