2018年02月02日

【映画評】恋はデジャ・ブ

 この記事は、やはり2月2日に掲載しないとなぁ、というわけで、わたしの大好きな映画「恋はデジャ・ブ」である。原題は「Groundhog Day」。1993年公開の映画だ。

 あらすじ――
 主人公のフィル・コナーズは気難しい気象予報士。人づきあいも口も悪く、そのような性格だから、逆に人に好かれてもいない。



 2月2日はペンシルベニア州パンクスタウニー(人口6782人の小さな町)で「グラウンドホッグディ(聖燭節)」と呼ばれる記念日。ウッドチャック(マーモットの一種)が冬眠するかどうかで、春の到来を占う伝統的行事である。



 フィルにとっては、田舎町での取材は気が重く、いいかげんなリポートでお茶を濁しておしまいにしたのであった。



 クルーをせかしてさっさと帰ろうとるフィルだったが、天候の急変により大雪で道路は封鎖。仕方なく、パンクスタウニーへ戻って一泊することに。
 翌日、フィルが目を覚ますと――なんということか、また2月2日のグラウンドホッグディの朝である。



 なにがなんだかわからないうちに、既視感を覚えつつ、再びいいかげんなリポートをするフィル。まわりの人々の反応も、昨日と同じである。そして、大雪が降り、再びパンクスタウニーの町に。



 翌日、フィルが目を覚ますと――なんということか、また2月2日のグラウンドホッグディの朝である。
 いったいなんの超常現象か、フィルは2月2日のパンクスタウニーの町に閉じ込められてしまったのだ。


 一日をやり直せる、ということがわかったフィルは、それを利用していろいろ楽しんでみるが、だんだんと「変わらぬ毎日」「変えられぬ日々」に嫌気がさしてくる。

 そんな中でも、同じクルーのリタに心惹かれていくフィル。なんとかして彼女を口説き落とそうとするが、それもうまくいかない。
 やがて自暴自棄になったフィルは、ウッドチャックを盗んでカーチェイスの末、派手に死んでみたり、飛び降り自殺や電気自殺を試みるように。それでも目が覚めれば、無情に2月2日が繰り返される。

 この映画のいいところは、「嫌なヤツ」だったフィルが、人口6782人のパンクスタウニーの人々に毎日毎日毎日毎日触れ続けることによって、「善い人」に変わっていくところ。

 2月2日は永遠に続くのだが、その時間を利用することはできる。フィルは読書をし、ピアノを習い、氷をチェーンソーで削る趣味まで習得していく。
 最初は忌み嫌っていた同級生の保険屋にも優しくなり、ピアノも上達していく。
 寿命で死んでいく老人を救おうと奮闘した日々(同じ2月2日だが)もあったが、それはできない。フィルは本当の優しさを、人生を学んでいく。
「受けるよりは与える方が幸いである(使徒言行録 20:35)」そのままの生き方をしていくようになるのだ。



 そして毎日のリポートをまさしく名スピーチで納め、2月2日に起こっていた町の人々の小さなトラブルを皆救い、夜のパーティでは見事にキーボードを弾く。そんなフィルに、今度は逆にリタが恋をしてしまう。
 このあたりからのシーンが本当に好きだ。リタがパーティにやってきたことに気づいたフィルは、サングラスを外し、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を軽妙なジャズにして弾く。



 そしてリタと結ばれた翌日――日付は2月3日になっている!
 一面の雪景色の中、フィルはリタとともにこのパンクスタウニーに住むことを決めるのである。

 観終わったあとの幸せな感覚がとても良い。
 同じ時間を繰り返すタイムリープものは少なくないが、自分がこうやって、2月2日に閉じ込められたらなにをするかなぁ、と夢想したりするのが楽しい映画だ。
 実際に2月2日を繰り返したフィルは、おそらく数百年以上、その日を生きていることになるのだろう。
 ラスト近くのパーティのシーンでは、むしろフィルに神々しささえ感じるのはそのせいか。

 かなりの映画マニアが構成をやっていると思われる、テレビ東京の「午後ロー」で、2月2日にこの「恋はデジャ・ブ」が流されたことがあった。やるなテレビ東京、と思ったものである。

 もし本作を未見で、レンタル屋さんでみかけたら、ぜひともお手にとっていただきたい。損はしない101分になるはず。さぁ、あなたも2月2日を繰り返してみませんか?
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評