2018年02月11日

【日記】紙マスク

 最近はめっきり、この季節になると紙マスク≠つけている人が多くなった。もう季語として紙マスク≠ェ入ってもいいのではないかと思うくらい普通である。

 紙マスクの流行が始まったのは、2010年以降くらいではないかな、と記憶している。確かインフルエンザが「ひどい風邪≠ニは違う」と認識され始めた頃と同時期。我が家でも細君が何箱か箱買い≠オて、いまやっとそれの最後の一箱がなくなろうとしているところだ。

 わたしは紙マスク≠謔閾ガーゼマスク≠フ方の使用歴が長い世代。ガーゼマスク≠ヘピッタリと鼻と口にくっつくので息がつらかった。日常で使うことはもちろん、よほど風邪がつらいときくらいにしか使ったことがない。

 対して紙マスク≠ヘよい。鼻のところの針金でピッタリ隙間を埋めれば、メガネが曇ることもない。
 清潔度も、ガーゼマスクを洗って使うより、ポイと捨てて新しいのを使えばいいのだから安心だ。

 日本人的感覚として、「みんながしていると安心してできる」というものは確かにある。
 そしてこのマスクというやつ、寒冬にはとても暖かいのである。最近はこの季節になると、風邪予防というより、防寒対策としてつけている。そういう方、多いのではないだろうか。
 あとは小顔に見え美男美女っぽくなることに期待してつけている、という方もいらっしゃったり?

 自分的には、多少の無精ヒゲがマスクで隠せる、という利点が大きい。夏の間は剃って外出しなければいけないレベルに伸びたヒゲ程度ならば、冬はマスクをして出れば奇異に見られない。
 顎のあたりから無精ヒゲが見えても、風邪をひいて、無理をして外出しているのかもしれない、と、解釈してくれるかもしれないし、ね。

 ところで、外国人は、この「マスク」というやつが嫌いらしい。外国人司祭はもちろん、国際ミサ・英語ミサなどに与ってみると、ほとんどの外国人の方がマスクをしていない。日本人と違って、自ら表情を表し、同時に相手の表情を読み取ることが重要だから(笑顔を浮かべ敵対心がない≠アとを証明するため)、マスクはいまいちなのかもしれない。
 ジム・キャリーの名作に「THE MASK」というものがあり、わたしも大好きな一本なのだが、外国人的には、マスクはなにか本心を覆い隠したり、逆に隠しておいた本性が出てきたりしてくるやっかいなモノという心情があるのかも。

 逆に日本人には「人に迷惑をかけない」という日本教があるので、咳やくしゃみを人に浴びせてはならないという強迫観念がこの紙マスクブームを後押ししているのかもしれない。

 わたしはやっかいな感染症にかかりかけたことがあるので知っているのだが、実は、隔離病棟に入れられるような感染症にかかった患者本人は、人に会うとき、普通の紙マスクでいいのである。
 そして、お見舞いに来る人の方が、逆にそれ専用の密度の高いマスクをすることという決まりがある。ちょっと知られていないムダ知識である。

 この(たぶん)日本のみで見られている紙マスク≠フ流行が、いったいいつ頃まで続くのか、それとも完全に定着して日本の新しい風物詩になるのか、興味をもって見守ることにしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記