2018年02月27日

【日記】五十肩の痛みがひどくて……

 五十肩の痛みがひどくて、ついに今日は朝から午後三時まで、ベッドから起きることができなかった。
 特に、朝起きた直後がひどい。痛み止めが切れる頃だからだろうか。寝返りさえうてないので、油断したら褥瘡ができてしまいそうだ。いやさすがにそこまでは、まだ大丈夫なようだけれど。

 一日三回、痛み止めと、それが胃を荒らすのをやわらげるクスリを飲んでいるのだが、こんなに毎日飲み続けてカラダが持つのかどうかも心配だ(他のクスリも飲んでいるのに、いまさら!)。



 ずいぶん前、なにかの授賞式に顔を出したとき、ある作家さん(お名前失念、大変失礼御免)と編集者が四十肩、五十肩の話をしていて、「これがつらくてねぇ」などという会話に「そうなんですかー(棒)」などとお返事さしあげていたことを思い出す。
 あゝ、そのときの、そのときの罰が当たったのだな、今のこの激痛は。

 先日、加曽利貝塚を見学しに行ったのだが(そのときのことは、また別記事で)、当時の平均寿命は、男性が三十歳代、女性が四十歳代だったのだという。
 ただこの数字は、乳幼児の死亡率の高さおよび、若くして死ぬことが多い時代だったから平均値が下がる、ということで、実際には六十歳くらいまでは生きた人もいたらしい。当時の六十歳は、かなりの長寿ということになるだろう。

 なんにしろ、視力や歯、聴力などの低下を考えると、人間は本来、五十年以上生きるようには作られていないのではないかな、などと考えたりする。

 わたしは、人間の知性というものはキリンの首と同じで、厳しい環境を生き延びるためにそれを異常に発達させた畸形のようなもの、という持論を持っているのだが、どうだろう。人間が素のままで、一番、知性が働くのは三十代くらいかな、という気もする。

 最近は街に出ると、杖をついて外出していらっしゃるご老人が多くてびっくりする。昭和の頃からは想像できない景色である。
 人間が長寿になるにしたがって、従来の人生マップというものも延長している。
 昔の還暦は本当に「おじいちゃん」だったが、今の還暦で「おじいちゃん」を連想するのは、社会の現実をしらない子どもくらいだろう。

 自分は十八のとき賞をいただいて世に出た若造だったので、五十になった自分というものを全然想像できなかった。おそらくそれまでに、地震か、事故か、自殺で死ぬのだろうなぁと、漠然とした、それでも訂正不能な確信があった(これを妄想という)。
 実際、2000年代に創薬されたあるクスリがなければ、もうとっくに死んでいるだろうと思われるので、ある意味、上記の妄想は間違ってはいなかったのかもしれない。

 まだ細君とおつきあいの仲だった頃、電車に並んで座っていて「どうせ俺、五十になるまでに死んじゃうんだし」と言ったら、細君が小さな声で「イヤです」と言ったことを思い出す。いい娘だなぁ、と思った。なんと返事をしたのかは、覚えていない。

 そういえば、わたしたちの世代は、1999年の7月に人類は滅ぶ、というノストラダムスの例の予言を信じ込まされていたのだった。
 1999年の7月に、ちょうど私的ネットのオフがあり、マクドナルドのレジ列でオフ仲間とそんな話をしながら「でも、今月が確かに予言のとおりになる人もいるはずですよね」というような会話をした。その月に、不慮の事故で亡くなった方、病気で他界した人にとって、ノストラダムスの予言は現実だったのだろう、という意味で。
 不思議と、今でも心に残っている会話である。

 いったい五十肩の話から、どこまで話題が飛ぶのやら。

それらよりもなお、わが子よ、心せよ。書物はいくら記してもきりがない。学びすぎれば体が疲れる。(コヘレトの言葉 12:12)


 痛み止めが効いてきた。良かった。たまってしまった仕事をしよう。
 というわけで、今日はこのあたりで。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記