2018年03月26日

【回想録】ゲーム「MYST」の思い出

 ゲーム「MYST」は、もとはマック用だったと記憶している。たしかHyperCardで動くよう作られ、その後、Windows版、家庭用ゲーム機にも移植されていったはず。

「MYST」は「ミスト」と読む。「マイスト」ではない。


(サターン版とプレイステーション版。サターン版には「A+R+L+Start」という謎の付箋がはってある。なにかの裏技モードがあったのかもしれない)

 わたしが初めて「MYST」を体験して、最後まで終わらせたのは、サターン版だった。これは「サン電子」が移植し販売したものだが、初期ロットには特定の動作をすると画面上にコアダンプするというバグがあり、バグを直した良品と交換してもらった、という経緯がある(のは別の記事でも書いたか)。


(これが珍しいバグ画面)

「MYST」は革命的だった。上で「体験」と書いたが、本当に「体験」であった。
 内容だが、プレイヤーは正体不明の「MYST島」に迷い込み、そこを起点にいくつかの世界を冒険して謎を解き、最終的にこの島を作った人物と接触して島を脱出する、というもの。

 こう書くと、アドベンチャー? RPG? と、現代のゲームしか知らない読者はいろいろ想像するかもしれないが、そういったゲームとは一線を画している。
 なにしろ、画面に現れるのは、静謐で美しい一枚絵のCGである。基本的に画面をクリックすると、次の画面へ移動するか、なにか画面上のものを動かすことができる。
 人は最後のシーン(と、図書館にある怪しげな本の中)にしか登場しない。
 基本、「MYST島」も、そこから行ける世界も、自然音のみでとても静かだ。たまに蝶がとんでいたりするが、どの世界も、恐ろしいほどの「静寂」に満ちている。そこにあるのは、圧倒的な「孤独感」だ。

 それまで、いや、今までも、これほどの「孤独感」を感じられるゲームはなかったと言ってもいい。

 そして、要所要所では、荘厳で美しい音楽が響く。

 各世界の「謎」は本当に「謎」である。「謎」として提示されることもない。なにをやっていいかすらわからない。「孤独感」と「謎ともわからない謎」の中で、プレイヤーはひたすら途方に暮れる。

 これらは、「MYST」の原作の制作会社「Cyan」が、当初、意図したものではないだろう。ただ、当時のPCおよび制作費の限界の中で制作したものが、逆に良い効果として結実したのだろうと想像している。

 その証拠に、続編の「RIVEN」では、いきなり人が登場してくるのだが、当時、パソコン通信では「ガッカリした」という声が大きかったのである。みな、「MYST」のあの孤独感が好きだったのだな。
 もちろん、「RIVEN」もそれなりに面白くはあったのだが、「MYST」のインパクトにはかなわなかったと感じている。

 今でも、深夜にサターンの「MYST」を、細君と二人で「なんかこの美しさが逆に怖いよね……」と言いながらプレイしていた日々を思い出す。

「MYST」の洒落ているところは、すべての謎を解くと、答への入り口はなんと、最初の出発場所からすぐのところにある、というところだ。答さえ知っていれば、開始から数分でエンディングを見ることができるのである。
 なお、その際、あるアイテムを持っていかないと、永久に「MYST島」に閉じ込められるというバッドエンドになるというのもなかなか。

 この「MYST」と「RIVEN」。音楽もなかなか素晴らしかったため、まだアマゾン日本がなかった時代でもあり、畏友R氏と折半しあって、アメリカアマゾンからCDを購入した憶えがある(R氏は尋常ではない音楽通なので、アメリカアマゾンが稼働し始めた頃から、すでに頼もしいアマゾンユーザーであった)。
 今もその曲を聴きながら、これを書いている。

「MYST」はその後シリーズになり、3DCGになった「real MYST」などもやってみたが、「なんかちがーう」という感想しかなかった。やはり「MYST」は、あの「孤独感」がなければダメだ、とわたしは思う。

 そうそう、「MYST」のパロディ作で「PYST」というものがあることをご存じの方は少ないだろう。読み方はもちろん、「パイスト」ではなく「ピスト」である。


(これが「PYST」のパッケージ。「インタラクティブCD-ROM&オンラインコメディー」と銘打たれているが、別にオンラインゲームではない)

 こちらのコンセプトは、「あの美しいMYST島が観光地になった。観光客が大勢訪れ、モノは捨てられ汚されひどいものに」というもの。謎などはなく、CD-ROMソフト黎明期のユーザーなら誰でも知っている「おばあちゃんとぼくと」のようなインタラクティブソフトであった。
 数十分で楽しめる内容であったが、それなりに面白かったと記憶している。

「MYST」と「RIVEN」は、もう一度やってみたいゲームの筆頭である。書斎をあさってみると、プレイステーション版も買っていた。今のプレステで動くのかな(そういったことにはめっきり疎くなってしまった)。
 きっと、もう一度「MYST島」に行くことができたら、あの孤独感の中に、懐かしさを感じるに違いない。
タグ:ゲーム
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2018年03月25日

【日記】「教会」と「信徒」

 今、カトリックと、大部分のプロテスタントがミサ、礼拝に使っているのは、日本聖書協会の発行している「新共同訳聖書」である。

「新」というからには、「新」でない「共同訳聖書」もあったのだが、それは例えば「パウロ」が「パウロス」とギリシャ語読みになっていたりして違和感バリバリだったので、新約聖書を作り終わったのち、旧約に取り掛かる前に反故になったと聞いている。現在は日本聖書協会発行のものは絶版なので、わたしも教会の図書館でしか眺めたことがない珍品。なお、講談社学術文庫発行のものはまだ入手できる。

 さて、前述の「新共同訳聖書」は1987年に発行された。わたしは当時、クリスチャンではなかったが、このときの、カトリックが「イエズス」表記を譲り「イエス」にしたというニュースはよく覚えている。

 1987年発行であるから、もう31年が経過していることになる。
 法人の著作権関係は、現在の日本の法律だと、発行から50年で消滅する、となっている(2018年現在。将来的には70年に変更される予定)。そのようなわけなので、「新共同訳聖書」の前に日本聖書協会が発行した「文語訳聖書(明治・大正時代発行)」、「口語訳聖書(1955年発行)」はすでに著作権フリーとなっている。

 日本聖書協会の社員の糧を稼ぐため、というわけでもなかろうが、「新共同訳聖書」に変わる、新しい聖書の翻訳事業が進められていたのは、日本のクリスチャンなら誰でも知ってのとおり。今回、その名称がついにはっきりと決まった。

「聖書協会共同訳」

 である。なんだか、「新共同訳」の前の「共同訳」と混同しそうな感じだが、前述の経緯を知る信徒も少なくなったので、まあ妥当な名称かな、という気もする。

 さて、カトリックはプロテスタントに「イエズス」の呼び方を「イエス」に譲ったわけだが、それでも絶対に、そしてさりげなく譲っていない一点があったりする。

 それがタイトルの「教会」と「信徒」。

 たとえば新共同訳だと、新約聖書六番目の書は「ローマの信徒への手紙」となっている。
 しかし、カトリックが典礼(ミサ)で使う「聖書と典礼」では、絶対にこの表記はない。「ローマの教会への手紙」なのである。


(右が「聖書と典礼」。左が「新共同訳聖書」)

 ね。

 同じように「コリントの信徒への手紙一」は「コリントの教会への手紙一」となっている。



 これが「聖書と典礼」。しかし、「新共同訳聖書」だと――



 ほら、ね。

 これに気づいているプロテスタント信徒はもちろん(普段「聖書と典礼」を見ているプロテスタント信者はいないだろうし)、カトリック信者もそうそういないだろう。

 これはなぜなのかといえば、やはり「教会の外に救いなし」という、カトリックの「教会第一主義」、「教会あってのキリスト信徒」であるというカトリックの意地なのだろうなぁ、と思う。

 一人で聖書を読んでいる信徒≠ヘただの「イエス・キリストを好きな人」。そういう人が集まって教会≠構成して、初めて信仰への道ができるのだ、というのがカトリックの絶対に譲歩しないスタンスなのである。
 もちろん、この教会≠ヘ使徒継承の「聖なる、普遍(カトリック)の、使徒的、唯一の教会」である。個人の信徒≠ェ数人集まって作ったイエス・キリスト非公認ファンクラブとは違う、初代教皇ペテロより延々と続く、トップに教皇がいるカトリックの教会以外に、イエス・キリスト公認ファンクラブたる教会≠ヘない、という、強い意志がそこにはある。

 驕りといえば驕りである。驕りあるところに腐敗がある。プロテスタントの祖、マルチン・ルターの怒りもそこにあったのだ。
 今のカトリックは、ルターの宗教改革あってこそのカトリックだと断言してもいい、とわたしは思っている。それゆえ(前にも書いたが)わたしはルターを尊敬している。

 もちろん、プロテスタントも、プロテスタント信者も、ね。

 さて、新しく出る「聖書協会共同訳」だが、これをカトリックがいつ典礼に反映させるかは、まだ不明である。ただ、ちょっとパイロット版を眺めたところ「ローマの信徒への手紙」などとなっていて、あ、プロテスタント側も、この点は譲らなかったな(笑)、という感じだ。
 おそらく、「聖書協会共同訳」をミサで使ったとしても、カトリック側も「ローマの教会への手紙」を譲らないだろう。

 その微妙な意地の張り合いが、また面白い。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年03月24日

【日記】誰しもがオリンピックに興味があると思うなよ

 どうにもツイッター関係の著作権・引用関係が曖昧なので、ここにペタリとそのマンガを貼ることができないのが歯がゆいのだが――

 人物A、Bの二人がベンチに座って、「これ、おいしいねー」となにか(アイス?)を食べている。
 そこに飛んでやってきた別の人物Cが「わたし、それ嫌い!」と言う。
「なにが良いのかさっぱりだね、じゃ」とさけびながら帰って行くCの背中を見ながら、AとBは呆然。
 そしてまた「ま、まぁとにかくおいしいね」「うん」と会話を続ける。
 そこに「すたたたた」とまた飛んできたC。A、Bが食べているものを自分も食べて「食べたけどやっぱりマズいじゃん。食べちゃったよ。どうしてくれんの」と文句を言う。
 苦笑しながら震えるAとB。(後略)


 こんな内容。「ネットでよくある風景」として「あるある」と、たくさん「いいね」&リツイートされたのではなかったかな。
 わたしも読んで「あるあるだなー」と笑ってしまった。作者さんはいいセンスをお持ちである。

 で、この記事は、このCと同じになってしまうかも、と思い、オリンピックが終わるまで待っていたのだが、微妙にちょっと違うということは、最初に言っておきたい。

 まず主張する。「誰しもがオリンピックに興味があると思うなよ」

 わたしはオリンピックにまーったく興味がない。冬期だろうが夏期だろうがパラリンピックだろうが、まーったく興味がない。何国人がメダルを取ろうが、有名選手の誰が取ったとか、日本がいくつ金メダルとか、まーったく興味がない。

 正直言えば(前にも書いたが)2020年東京オリンピックだって迷惑この上ないと思っている。
 今の日本は高度成長期の1964年とは違う。オリンピックをやったからといって好景気にはならない。むしろ、オリンピックのために作られたハコモノは、オリンピック後には廃墟あるいはただのモニュメントと化すだろうと予言しておく。

 1964年の東京オリンピックは、育ち盛りの子どもにたくさん食べ物を与えたようなもの、これは正解だった。成長をうながすことができたからだ。
 だが、十分成長した2020年東京オリンピックは、50歳を過ぎたロートルにストロングゼロを飲ませるようなものである。いっときは苦しみを忘れても、基本の経済はまるで立ち直ったりはしない。むしろ悪化して手のつけようがなくなる。これも予言しておく。

 閑話休題。
 そんなわけで、何度言っても気持ちがいいが「誰しもがオリンピックに興味があると思うなよ」なのである。

 ところが、オリンピック時期には、もう、右を向いても左を向いても「オリンピック! オリンピック!!」である。わたしはテレビをまったく見ないタチだが、ネットにまで「下町ボブスレーがどうした」「もぐもぐタイムがどうたら」と、別に知りたくない情報が流れてくる(いや下町ボブスレー問題は面白かったけどね)。

 最初のマンガの例で言えば、その食べ物が嫌いなCに、AとBがむりやり食べ物を口に押し込んでいる、そんな図なのである。
 その上で、「えっ、この食べ物が嫌いなんておかしいんじゃない?」と言ってくるのがオリンピック。国民全員がオリンピックが好きだと思って疑っていない、そんな状態。

 再度言うぞ。「誰しもがオリンピックに興味があると思うなよ」

 オリンピックには興味がないわたしだが、オリンピックで銀か銅メダルを取り、その後、スポーツメンタルトレーナーとなった方の著作は面白かった。その方いわく「オリンピックは金メダル以外意味がない」のだそうだ。「金メダルでないと、人々の記憶からすぐ消えていく」「銀や銅を取っても、名前すら覚えていてくれない」と(実際、この方のお名前を、わたしは忘れてしまっている。失礼……)。

 国民全員が「オリンピックに興味がある」ような報道をしていても、結局はこれなのである。

 もちろん、オリンピックに向けて日々、切磋琢磨している選手の皆さま方には、尊敬の念を忘れてはいない。それは大変なことだと思う。金メダルしか意味のない世界で、その頂点を目指すのは、普通の人間ができることでは到底ない。なんという人々だろう。
 マスコミがはやしたてるオリンピックなど虚像でしか過ぎない。むしろそこは――華やかなオリンピック会場とは裏腹の、地獄のような世界なのではあるまいか。

 パンパンと花火を上げるマスコミ相手に、最後にもう一回言って、ウサを晴らして終わりにしよう。

「いいか、誰しもがオリンピックに興味があると思うなよ」
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年03月23日

【甘味】カルディの「ゲイシャ」とファミマの「たべる牧場ミルク」

 そういえば、ニャンニャンニャンのネコの日、カルディにネコトートを買いにいったとき、「イースターブレンド」として「ピーベリー」の豆を売っていたなぁ、と思い出し、細君と買い物のついでにカルディへ。
 目的の「イースターブレンド」を店員さんにお願いしたら、細君がチョンチョンと袖を引いてくる。

「ねぇねぇ、ゲイシャ売ってるよ」
「えっ」

 確かに「いつもは取り寄せのゲイシャがご購入いただけます」とポップが。1,500円となっている。しかしグラム数が書いてない。
 このお値段だと、量はほんのちょっとなのだろうなぁ、と、店員さんに訊いてみる。

 わたし「すみません、このゲイシャ、何グラムで1,500円なんですか?」
 店員さん「はい。200グラムです」
 わたしたち「えっ、それって」

 このときの店員さんとわたしたちの表情の落差が面白かった。おそらく、店員さんは「高い」と言われると身構えたのだろう。が、わたしたちの答えが――

 わたしたち「すっごく安くありません!?」

 店員さんの顔が、パァーッと輝いた。「そうなんです。とってもお買い得なんですよ」
 いや実際、200グラムのエチオピアのゲイシャが1,500円というのは超破格である。焙煎してから日が経っているとか、もともとソーティングが甘いとか、きっとなにかウラはある豆なのだろうなぁ、と想像はできるが、買わない理由はない値段である。

 というわけで、今夜の甘味のおともは、カルディで買ったエチオピアのゲイシャで。



 いちおう、エチオピアのゲイシャとなっている(なにを疑っているんだか)。
 豆はこんな感じだ。うん。ゲイシャ特有のフローラルな香りがする。



 手引きミルで中粗挽きに。うん。いい香り。腐っても(まだ疑っている)ゲイシャだ。



 淹れるのはコーヒープレスで。一番簡単そうに見える淹れ方だが、同時に、良い豆のときはこれが一番美味い。



 浸漬も適度にいい感じ。カップに注ぐと、フローラルなゲイシャの香りが部屋に漂う。



 わたし「やっぱりゲイシャだねぇ」
 細君「美味しいねぇ」

 それは一級品のゲイシャと比べれば味は落ちるのかもしれないが、わたしたちのような一般国民には十分すぎる美味さである。
 さて、これにあわせる甘味は――



 ファミマ限定で、店に出るとすぐ売れてしまうと評判の「たべる牧場ミルク」。これを少しづつ溶かしながら舌に乗せ、ゲイシャと交互にチビチビと。

 わたし「美味しいねぇ」
 細君「ゲイシャと良くあうね」

 『【日記】くら寿司「ティラミスシ」&ローソン「ベイビーゲイシャ」』のときは、ブラックで最後まで飲んだので、今回はミルクと砂糖も入れて楽しんでみようと思っていたのだが、「たべる牧場ミルク」と一緒に楽しんでいたら、その必要もなく最後まで飲みきってしまった。


(「たべる牧場ミルク」も文句なく美味しい。ちょっと溶けかけを食べるのがオツ)

 飲み終わったあとも、ふんわりとゲイシャの香りが部屋に満ちていて、ちょっと幸せな夜のデザートであった。

 後日、サイフォンで同じゲイシャ豆を淹れてみたが、これはどうも香りが飛びすぎてしまい、細君はコーヒープレスの味の方が好きだとのこと。けっこう淹れ方を選ぶ豆だなぁ、と思った次第。いろいろ試しがいがある豆だ。

 まだカルディに売ってるかな、ゲイシャ。
 いやまだ一緒に買ったイースターブレンドのピーベリーもあるんだよな。ほかにも飲んでない豆が数袋あるし、いかんなぁ。
 なんだか、コーヒー豆ばかり増えていく春である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 甘味

2018年03月22日

【日記】老後の楽しみ

 このブログにもたびたび出てくる、中学生時代からの畏友H君なのだが、彼は「おニャン子クラブ」の大ファンで、当時、フジテレビで夕方からやっていた彼女たちの番組「夕やけニャンニャン」を、毎日、かかさず録画していたのであった。

 当時は言うまでもなくHDDレコーダーなどというものはなく、録画していたのはベータのビデオカセットデッキである。撮りためた録画テープは本棚から溢れ押し入れも一杯になり納戸まで侵食していた。

 彼が果たしてこの台詞を言っていたかどうかはわからないが、わたしが彼に言ったことはあるかもしれない。

「こりゃ、膨大な遺産だねぇ。いい老後の楽しみになるんじゃない?」

 実際、膨大な「時代の遺産」だし、当時というものを知るすばらしいアーカイブだと思う。
 それを再生できる、ベータのデッキが、今の時代にも現役機として残っていれば、だが……。
 ベータがVHSでも、21世紀の今、結果は同じだったろう。録りためられた膨大な資料は、今や再生できる現役機のない、ただの磁気フィルムを納めたカセットになってしまった。

 時代は少し進んで、HDDレコーダーがまだ一般化はしていなかった頃だったかな。ネットで知りあった友人C君は、PCでテレビアニメを録画しまくっていた。録ったアニメのHDDは外して、保存しておく。前述のH君のように。
 彼がこの台詞を言っていたのは確かだったと思う。

「これは老後の楽しみとして、残しておくんですよ」

 当時のHDDのインターフェースはIDEだったと思う。今やIDEをつなげられるロジックボードを探す方が大変だ。
 結局、C君の残した遺産も、もはや再生できないアーカイブになってしまった。

 二人のことばかりを笑ってはいられない。わたしも似たようなことをしている。
 わたしの場合はNIFTY-Serve。いろいろなフォーラムの過去ログをダウンロードしては、読まずに資料としてCD-Rに焼いていた。

「ま、老後の楽しみってやつですかね。時間に余裕ができたら、ゆっくり読んで楽しむつもりなんですよ」

 それがもう十年以上前の話。今は――なんと、そのCD-Rメディアが全滅してしまった。置いてあった環境は低湿恒温だったというのに、CD-Rというものは、半永久的≠ニ言いながら、実は十年くらいで読めなくなってしまうメディアだったのである。
 NIFTY-Serve時代のログで残っているものは、HDDをリレーして残してきたデータだけになってしまった。まあ実際、HDDをリレーして残してきたというのは、それだけ重要なデータであるということであるから、ある意味、致命傷にはなっていないのだが、それでも残念であることにかわりはない。

 同じことはWebにだって言える。膨大な時代を映すアーカイブ≠フ山であった@niftyのホームページも、2016年11月10日に、ついにビットストリームの彼岸へと消え去った。

 自分がもう、人生半分を過ぎて、そろそろ「老後の楽しみ」に手が届くかもしれないという年になってみて思う。なにかを見たり読んだり作ったりする趣味がある人は「これは老後の楽しみにしておこう」などという思考をして、それを「やる」のを先延ばしするのはおやめなさい。
 若い人へ、本心からのアドバイスである。

 プラモなら、箱で集めるだけでなく、今、作りなさい。フィギュアなら、しまっておかないで、今、飾りなさい。買ったDVDやブルーレイは、今、流しなさい。マンガも本も、積ん読≠オておかないで、今、読みなさい。

 大事なのは今≠ナある。時代は無情なのである。今楽しむべきことはそこ≠ノある。それを老後の楽しみに≠ネどと残しておくと、時代がそれを受けつけないという事実に気づき、愕然とするのである。

今≠楽しめる人は、生きるのも上手であるような気がする。

 結局、どんな時代であっても、今≠楽しまない人に、老後の楽しみ≠ネんて訪れないんだよ、という言葉で結んで、この記事の筆を置くことにしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記