2018年03月02日

【日記】エリクサーを使わない人と行動しなかった後悔

 あるブログで「エリクサーを使う人/使わない人」という内容の記事があり、その慧眼とユーモア溢れる文章にいろいろ考えさせられてしまった。

 念のため書いておくと、エリクサー≠ニいうのは、「ファイナルファンタジー」というゲームの中で出てくる、体力や魔力を満タンにしてくれるアイテムである。ただし、かなりの貴重品。多くの人が「もったいなくて使えない」という隠れた効能を持つ。


(「ファイナルファンタジーIIの画面より引用。この頃は「エリクシャー」となっている)

 わたしの細君もそう。エリクサーがフルにたまっていても使えない人。最後の最後のボス戦ですら使わない。「もったいないから」だそうである。
 それで全滅しても、ふたたびロードしてやりなおすから惜しくないのだそうだ。

 対してわたしは、簡単にエリクサーを使ってしまう方。そこらへんのザコ敵にやられて死にそうになったら、すぐ使ってしまう。ロードしてやりなおす、という考えがない。今このゲーム(人生)は一回きり、ここでエリクサーを使ってでも乗り越えないで死んでしまったら元も子もない、という考え方をするタイプだからである。

 さてあなたは、どちらのタイプ?
 けっこうまわりを見渡してみるに「エリクサーってさ、最後まで使えないよね」という人が多いような気がする。

「人間は、行動した後悔より、行動しなかった後悔の方が深く残る」という研究がある。コーネル大学のギロビッチ博士のCMで有名だ。
 実はわたしはこれもまったく逆。行動しなくて後悔したことなどほとんどない。

 これ、上記のエリクサーの使用者/非使用者にも言えることではないだろうか。
 エリクサーをためてゲームオーバーするタイプの人は、きっと「行動した後悔より、行動しなかった後悔の方が深く残る」タイプではないかなぁ、と思う。

 なんでって、リアルの人生では「セーブ・ロード」はできないから。
 ゲームだからこそ、エリクサーはためて使わないでおける。しかし、「セーブ・ロード」ができない人生では、エリクサー使用を迷っている余裕などない。それこそ瞬時の判断で「使う」しか生き残ることはできないのである。

 だからといって、わたし自身の人生が、今まで、なんの後悔もない、満足いく半生だった、という訳ではもちろんない。
 ただその後悔は、ほとんどが「やらなかった後悔」ではなく「やった後悔」ばかりである。
 しかし、やった上での後悔(エリクサーを使った上で闘っても勝てなかった後悔)であるから、そういう意味では負け惜しみの悔しさはない。

 人生は、セーブ・ロードができない、過酷なゲームである。FFはゲームだからこそエリクサーを残す≠ニいう選択ができるが、本物の人生ではそんな甘ったれたことはできない。
 もちろん、人それぞれの人生だから、わたしの考えを押しつけることなどはできないが、わたしは「エリクサーを躊躇なく使う」人生を送っている人に好感を覚える。
 少なくとも「あのとき、こうしていれば、もっとよい人生が送れたのになぁ」などという負け惜しみ≠言わずに生きていけるというのは、幸せな人生だと思うから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記