2018年03月16日

【日記】時間にルーズ

 わたしが愛してやまない細君だが、もちろん人間だから欠点はある。そのひとつが、「時間にルーズ」であるということである。

 その例として――と、何例かあげようと思ったら、あまりにそういったことが多すぎて日常のこととなっており、あえて「これ」と思い出すことができないくらいだ。

 直近で思い出せることと言えば、二人とも13時に他の方と待ち合わせの予定があり、ちょっと時間があったので、国立歴史民俗博物館へ入ったのである。中では互いのペースで見ることにして別れ、わたしは腕時計を見つつ、12時30分にはロビーに帰ってきていた。
 ところが細君は――12時45分になっても、まだ出てこないのである。歴博からの移動時間を考えると、もうタイムオーバー。細君のスマホを何度慣らそうが、メール送ろうが、まったく反応なし。なにしろ細君、常にマナーモードの人なのである。
 あきれたことに、13時になってもまだロビーに戻ってこない。こっちは、これから会う相手にSkypeで連絡が取れたので「すみません。細君が行方不明で」と平謝り。相手が温厚な方で助かった。

 やっと13時20分頃、ロビーに出てきて「ごめーん。けっこう見入っちゃった(テヘペロ)」。

 いくら可愛くても、心から愛していても、限度というものがある。さすがのわたしもしばらくむくれていた。これだって、だいぶ調教≠ウれて短くなったのである――わたしがむくれる時間の方が。
 そしていつも反省するのである。あぁ、細君はこういう人だから、あらかじめ「何時何分にはロビーに戻ってきてね」と言っておかないといけない人だったのだ、それを忘れたわたしがいけなかったのだ、と(ここまで調教≠ウれている)。

 だいたいいつも、こんな感じ。細君はなにかに熱中してしまうと、時間を気にしなくなってしまうのである。
 時計の秒針をパッと見ると、永遠に止まっているのではないかと思えるほど長い時間、それが動かないように見える、という「クロノスタシス現象」というものがある。細君の場合、熱中すると、クロノスタシス空間を生み出す能力者なのである。

 だいたい、恐るべきことだが、細君は携帯電話出現前は、時計を身につけていなかった! これは金属アレルギーで腕時計をつけられないから、という理由からだが、だったら他にも時計を身につける方法はあるわけで(カバンにつける小さな懐中時計とかもある)、最初から「時間」というものに囚われることを拒否しているのである。
 細君に言わせると、街中に時計はあふれているから、自分が持っていなくてもこと足りるのだという。いかがでしょう、みなさま。この言いぐさ。そんなもの、詭弁だとは思いませんか?

 だいたい、携帯電話が出現して、現在時間を調べられるようになった今でさえ、上記の有様なのだから、細君がはなっから時計など見る気がないというのはもう自明なのである。

 こんなわたしも、工夫したことがある。洗礼を受けたときは「洗礼記念ね」ということで、金属アレルギーが出ないチタン製のおそろいの腕時計を買った。これで少しは時間を気にしてほしい、と。
 ところが細君、これは「汗でかぶれる」と言って、結局、数ヶ月もつけてくれなかった。

 細君とおつきあいを始めたとき驚いたのが、待ち合わせなどの時間の指定の仕方である。普通は「何時何分頃にどこそこで待ち合わせね」という(携帯電話がなかった時代ですから)。ところが細君は「何時何分過ぎにどこそこで」と言うのである。「過ぎ」である。これだと、何時何分を何時間過ぎても約束を破ったことにはならない。そして細君は、実際に「過ぎ」に来るのであったorz

 そんなこんなで、細君との二人三脚の人生を始めてから、おそらくわたしの人生の三分の一以上は「細君を待って」過ごしていると思う。
 だから「神さまのもとへ行くのも、俺の方が早いよ。きっとそっちでも待たされるに決まってるから」と、愚痴のひとつも言いたくなるのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記