2018年03月17日

【回想録】ラジオドラマ『ガルシン「信号」』の思い出

 ロシアの作家ガルシンの短編に「信号」というものがある。教科書にも載っていたので、「ああ、懐かしい」と思われた方も多いのではないだろうか。

 わたしたちの中学校の教科書にも、この、ガルシンの「信号」が載っていた。中学二年のそれではなかったかなぁ。おそらく、教科書のかなり後半の方だったと思う。三学期に入ってからの内容ではなかっただろうか。

「【回想録】思い出に残る授業」にも出てくる国語の先生は鷹揚で、三学期のこの、ガルシンの「信号」を、生徒各自の自由課題にしたのだった。
 つまり、感想文を書くのも、漢字の書き取りをするのも、なにをするのも自由、としたのである。ただし、成果物は提出すること、となっていた。

 そこで、わたしが所属していたやんちゃグループは、これを「ラジオドラマ」にすることにしたのである。

 シナリオは畏友H君が担当した。主役のセミョーン≠ヘわたし、主役の妻役はS君が裏声で(我々のグループに女生徒はいなかった)。線路を壊すヴァシーリィ≠H君が、その他の役とテクニカルエンジニアをこだわり屋のY君、演出はK君が務めた。

 成績だけでなく地頭も良かったH君のシナリオは完璧であった。短い時間によくまとめたと皆で驚いたものだ。
 録音にはそう時間がかけられない。一日でやるしかない。幸い、気のいいS君が部屋を貸してくれるというので、日曜日、皆で数台のラジカセや効果音レコードを持って彼の家を訪問した。
 当時、簡単にケーブルをつないでミキシングや多重録音はできなかった。一台のラジカセでBGMを流しながら、別のラジカセで録音し、台詞入れを行うのである。
 もちろん、中学生のやることだから、稚拙である。しかしこの日は、朝からもうみんな、笑いが止まらなかった。

「オープニングはこの曲でやんね?」
「いやもうちょっと壮大な感じでさ」
「壮大な話じゃないじゃんこれ(一同笑)」
「Sの裏声、悪いけどちょっとキモすぎ」
「ここでこの効果音はあまりに合ってなくない?(一同笑)」
「恭介噛みすぎ。やりなおし」
「この噛んでるところが迫真の演技なんだよ(笑)」

 こんな調子だから、朝から始めたのに、もう日が暮れ始めているのにまだ終わらない。

 最後、ストーリーを知っている方ならご存知だと思うが、ヴァシーリイは最後に鉄道の線路を壊し列車の転覆を謀る。それを阻止しようと、セミョーンは自らの体を刺して、噴出した血でハンカチを赤くぬらし、それを振って列車を止めようとするのである。

「ここは効果音が一番生きるところだな」
「ナイフで体を刺すシーン、いい音がないなぁ」
「これはどうだろう」と、S君がジャージのチャックをジャッ≠ニ引き下ろした。いい感じである(と、みな思った(笑))。
「あとは血しぶきが出るシーンの音だな」
「もうさ、めんどくさいから、泉がゴボゴボ湧き出てるこの効果音集から取っちゃおうぜ」
「もうそれでいいんじゃない(一同笑)」

 というわけでGo。H君の迫真の演技のあと、S君がジャージのチャックをジャッ≠ニ引き下ろし、泉がゴボゴボ湧き出る音が……。
 そしてわたしセミョーンの独白のあと、ヴァシーリィが決める。「あっしをしばっておくんなせぃ。あっしが、線路を外したんだ……」

 録音を聞き返してみると、いやもう、全員、大爆笑。血が吹き出るとかいう話ではない。こりゃもうセミョーン、出血多量で死んでるって、というレベルである。

 最後には、当時流行していたスターウォーズのテーマを流して、無理矢理感動的に終わるという、中学生がつくったならではのラジオドラマ「ガルシン『信号』」ができあがったのであった。

 いや、思い返しても懐かしく、そして、あのときの楽しい一日が心に蘇ってくる。
 録音テープはおのおのダビングして、もちろん、成果物として先生にも提出した。先生が聞いてくれたかどうかはわからない。感想はいただけなかったんじゃないかなぁ。

 あのときの録音テープは、10年、20年と経って、たしかMiniDisc化まではしたはずだが、mp3にまではしていなかったと思う。
 機会があったら、MDの棚から該当ディスクを探しだしてデジタル化して残しておきたい。
 今聞いてみると、きっと恥ずかしい「黒歴史」は通り過ぎ、むしろ中学生の頃のあのピュアさ、純真さを想起して、暖かい気持ちになれそうに思うから。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録