2018年03月22日

【日記】老後の楽しみ

 このブログにもたびたび出てくる、中学生時代からの畏友H君なのだが、彼は「おニャン子クラブ」の大ファンで、当時、フジテレビで夕方からやっていた彼女たちの番組「夕やけニャンニャン」を、毎日、かかさず録画していたのであった。

 当時は言うまでもなくHDDレコーダーなどというものはなく、録画していたのはベータのビデオカセットデッキである。撮りためた録画テープは本棚から溢れ押し入れも一杯になり納戸まで侵食していた。

 彼が果たしてこの台詞を言っていたかどうかはわからないが、わたしが彼に言ったことはあるかもしれない。

「こりゃ、膨大な遺産だねぇ。いい老後の楽しみになるんじゃない?」

 実際、膨大な「時代の遺産」だし、当時というものを知るすばらしいアーカイブだと思う。
 それを再生できる、ベータのデッキが、今の時代にも現役機として残っていれば、だが……。
 ベータがVHSでも、21世紀の今、結果は同じだったろう。録りためられた膨大な資料は、今や再生できる現役機のない、ただの磁気フィルムを納めたカセットになってしまった。

 時代は少し進んで、HDDレコーダーがまだ一般化はしていなかった頃だったかな。ネットで知りあった友人C君は、PCでテレビアニメを録画しまくっていた。録ったアニメのHDDは外して、保存しておく。前述のH君のように。
 彼がこの台詞を言っていたのは確かだったと思う。

「これは老後の楽しみとして、残しておくんですよ」

 当時のHDDのインターフェースはIDEだったと思う。今やIDEをつなげられるロジックボードを探す方が大変だ。
 結局、C君の残した遺産も、もはや再生できないアーカイブになってしまった。

 二人のことばかりを笑ってはいられない。わたしも似たようなことをしている。
 わたしの場合はNIFTY-Serve。いろいろなフォーラムの過去ログをダウンロードしては、読まずに資料としてCD-Rに焼いていた。

「ま、老後の楽しみってやつですかね。時間に余裕ができたら、ゆっくり読んで楽しむつもりなんですよ」

 それがもう十年以上前の話。今は――なんと、そのCD-Rメディアが全滅してしまった。置いてあった環境は低湿恒温だったというのに、CD-Rというものは、半永久的≠ニ言いながら、実は十年くらいで読めなくなってしまうメディアだったのである。
 NIFTY-Serve時代のログで残っているものは、HDDをリレーして残してきたデータだけになってしまった。まあ実際、HDDをリレーして残してきたというのは、それだけ重要なデータであるということであるから、ある意味、致命傷にはなっていないのだが、それでも残念であることにかわりはない。

 同じことはWebにだって言える。膨大な時代を映すアーカイブ≠フ山であった@niftyのホームページも、2016年11月10日に、ついにビットストリームの彼岸へと消え去った。

 自分がもう、人生半分を過ぎて、そろそろ「老後の楽しみ」に手が届くかもしれないという年になってみて思う。なにかを見たり読んだり作ったりする趣味がある人は「これは老後の楽しみにしておこう」などという思考をして、それを「やる」のを先延ばしするのはおやめなさい。
 若い人へ、本心からのアドバイスである。

 プラモなら、箱で集めるだけでなく、今、作りなさい。フィギュアなら、しまっておかないで、今、飾りなさい。買ったDVDやブルーレイは、今、流しなさい。マンガも本も、積ん読≠オておかないで、今、読みなさい。

 大事なのは今≠ナある。時代は無情なのである。今楽しむべきことはそこ≠ノある。それを老後の楽しみに≠ネどと残しておくと、時代がそれを受けつけないという事実に気づき、愕然とするのである。

今≠楽しめる人は、生きるのも上手であるような気がする。

 結局、どんな時代であっても、今≠楽しまない人に、老後の楽しみ≠ネんて訪れないんだよ、という言葉で結んで、この記事の筆を置くことにしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記