2018年05月25日

【回想録】タクシーの思い出

 思えば、タクシーをここ十数年以上、使ったことがない。
 最後に使ったのはいつだろう。バブルの頃、出版社にもらったタクシー券で秋葉原から帰ったのが記憶に残っているラストの映像である。

 タクシーの思い出は苦いものから始まっている。
 あれはまだ十代の頃だったと思う。出版社との打ち合わせで遅くなってしまい、家に帰るバスがなくなってしまっていた。
 駅前のロータリーのタクシーターミナルはふたつあり、ひとつはすいていて、ひとつは混んでいる。どうしてそんな差がついているのだろう? 行き先によるのかな? と思いながら、なんの疑問も持たずに、すいている方のタクシーに乗ってしまった。
 そのタクシーの運転手さんは、決して粗野ではなく、むしろ紳士的であった。ちなみに、駅から家までの距離は5キロ。長距離とは言いがたい。
 家まで近づいてきた頃、運転手さんがこう話しかけてきた。
「お客さんはお客さんだから、堂々としていていいんですが、お若いので知らなかったんでしょう。このタクシーは大型タクシーで、長距離を使う方が使われるものなんですよ」
「えっ」
「このくらいの距離だったら、次からは小型タクシーの方を使われるのが良いでしょうね」
 あぁ、駅で混んでいた列の方は、小型タクシーの方だったのか。それで合点がいった。若いわたしは恐縮してしまった。
 そのときのタクシー運転手さんは、普通に安い料金を受け取り、また駅へ引き返していった。なんとも、もうしわけないことをしてしまったなぁ、と、反省したものだ。

 あいや、苦い思い出ばかりではない。
 あれは高校の頃、駅から高校までのバスがストライキで止まっていたことがあった。そのとき、高校から駅まで、みなで割り勘でタクシーに乗ることにしたのである。
 そのときの運転手さんが(昭和的に)良い方で「もうみんな、乗れるだけ乗っちゃっていいよ」と言ったのであった。助手席に二人、後部座席に五人くらい乗っただろうか。さすがにトランク乗車はなかった。
「パトカーきたら、みんな頭隠してよ」とタクシー運転手さん。
 駅について、割り勘で支払い。バス代と変わらないくらいで済んだ。ああいうタクシー運転手さんは、現代ではいないだろう(し、そういう運転手さんが平成的に良い運転手かどうかは疑問だろう)。

 わたしが駅から帰る道の途中にタクシー会社があり、そこにこんな看板がある。
「無事故 30日目」
 数字のところだけ、張り替えられるようになっていて、毎日少しずつ新しくしているのである。
 これが数年前は――
「無事故217日目」
「無事故257日目」
 とかであった。営業車を何台も抱えていて、百日代も無事故ですごいな、と思っていたら――
「無事故238日目」
 ありゃ? 逆行している。と思ったら、なんのことはない、200日目の札を外していなかったのである。
 200日目の札を外したら、100ケタ代になることはまずなくなった。たいてい「無事故 20日」とか、その前後である。営業車が無事故でやっていくのは大変なんだろうなあ、と思う。

 今回、老父が病院から病院へ急いで移動するのに、久しぶりに病院にタクシーを呼ばれて使った、という話を聞いたので、つらつらとタクシー話を思い出して書いてみた。
 すべてのタクシー運転手さんの安全運転とご無事を祈って――。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録