2018年05月29日

【回想録】論戦の思い出

 この「いまさら日記」では、毎日、言いたい放題好き放題を書いているが、ほぼ二年間やってきて「それは違う!」「あんたは間違ってる!」「お前の主張はおかしい」とメールを送ってきた人は皆無である。
 コメント欄とSNSへの連携を切っているのは、カジュアルにできる反論を最初から排除するため。きちんと長文メールを送るだけの知能がある人の反論のみ、まともに相手しよう、と決めているから。

 でも同時にわたしはビビリでもあるから、そういうメールがきたら、おそらく「そんなに素晴らしいご意見を、わたし個人へのメールにしてしまうのはもったいなく存じます。ぜひとも、ご自分のブログやSNSで展開すればよろしいのではないでしょうか」と返信して、あとはスルーするのではないかしら。

 卑劣ですな(笑)。

 そう、わたし、論戦、苦手なんですよ。嫌いなの。誰だっていろいろ経験を積めば、どんなことでも白黒キッチリつけがたいことがあるということがわかるでしょう? それを「俺が黒と言えば黒なんだ」と主張し続けるのは幼すぎる。「人それぞれ」でいいんじゃないでしょうか。

 そんなわたしが若い頃、ある方と論戦になったことがある。メディアはちょうどパソコン通信の黎明期で、X68000のディスクマガジン「電脳倶楽部」が発端だったと思う。
「電脳倶楽部」の編集長、故・祝一平氏については、以前、ちょっと別の記事で触れた。実際会ってみるとシャイな方だが、同誌の上では雄弁で、多少、偏ったご意見をお持ちの方だった。

 この記事自体、もし祝氏がご存命なら、Twitterでよく炎上していただろうな、という連想から書き始めたものだったり。

 その祝氏が、ある雑誌の「コンパクトカメラのある俗称≠ヘ差別用語なので使わない」と書いてある記事にかみついたのだ。「あれは差別用語ではない」と。
 それに乗ってきたのが読者のA君(名前失念。失礼)であった。A君は熱心な祝氏フォロワーで「ある俗称≠ヘ差別用語ではない」という論を、さらに展開して「電脳倶楽部」に投稿し、掲載された、のではなかったかな。

 このあたり、もう、ものすごく記憶が曖昧なので、前後関係とかは全然違っているかもしれない。もう半分、フィクションとして読んでくだされば幸い。

 さて、わたしはその雑誌に書き手として縁があり、また、わたし自身、コンパクトカメラのある俗称≠ヘ差別用語だと思っていたので、祝氏とA君に反論を送った。今だったらそんなことはしない。二人とも莫迦だなぁと心中思って済ませてしまう。わたしも若かったのだ。
 祝氏からは言語明瞭意味不明なFAXが届き、これはまともな相手にならん、と思った。

 A君はパソコン通信をやっていなかったので、お手紙をお送りして反論したと思う。確か、数通やりとりしたのではなかったかな。こちらも議論が成り立たなかったと思う。覚えているのは「結城恭介って誰って感じ」、「飛び道具を使用しますが」などというような挑発的で攻撃的な言葉ばかり。
 そんな彼の主張は「どんな言葉でも差別用語になりうる(だから差別用語は存在しない、というトンデモ理論)」だったと思う。

 おそらく、わたしは一言、こう言えばよかったのだ「どんな言葉でも差別用語になるのなら、コンパクトカメラのある俗称≠煌m実に差別用語になるのではないですか?」と。

 A君とは結局、手紙のやりとりのみで、お互い納得もせずに終わったと思う。まだ、パソコン通信すら黎明期だった時代の、論戦の思い出である。

 今でもときどき、A君のことを思う。彼は絵が抜群にうまく、よく電脳倶楽部に掲載されていた。
 今でも元気にしていらっしゃるだろうか。立場は違えど、あのときうやむやになってしまった論戦≠――それを始めてしまったことを含め――とても残念に思っていることを伝えたい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録