2018年08月11日

【日記】口内炎

 細君が「口内炎ができたー」と嘆いているので、そんなことについてひとくさり。

 口内炎は確かに憂鬱である。最初、ちょびっと穴が開いたかな? 程度で済んでいればよいが、それが広がって数ミリ台になると、もういけない。ものを食べるのがとてもつらくなってくるのは、みなさまもご経験あるとおり。

 ひどいときには、ひとつだけではなく、ふたつ、みっつできて、しかもそれがひとつに合体したりすると、もう憂鬱の極みである。おまえらはコンバトラーVか! バンダイの回し者か!?

 言うまでもなく、口内炎は食生活のバランスが崩れているときにできやすい。野菜中心でビタミンBを摂っていれば、ちょっと傷ついてもすぐ治る。このあたり、ダニエル書の第一章を思い出すところだ。

 ダニエルは宮廷の肉類と酒で自分を汚すまいと決心し、自分を汚すようなことはさせないでほしいと侍従長に願い出た。
(中略)
「どうかわたしたちを十日間試してください。その間、食べる物は野菜だけ、飲む物は水だけにさせてください。その後、わたしたちの顔色と、宮廷の肉類をいただいた少年の顔色をよくお比べになり、その上でお考えどおりにしてください。」
 世話係はこの願いを聞き入れ、十日間彼らを試した。
 十日たってみると、彼らの顔色と健康は宮廷の食べ物を受けているどの少年よりも良かった。
 それ以来、世話係は彼らに支給される肉類と酒を除いて、野菜だけ与えることにした。


 わたしは子どもの頃、食が細かったので栄養バランスが悪く、口内炎だけでなく、口角炎もよくつくっていた。唇の端がパカッと割れて、これが痛い痛い。
 当時は口内炎も口角炎も特に治療法はなく、ビタミン錠を飲んで、ただ治るのを待つしかなかった。

 その後「アフタパッチ」や塗り薬もでてきているから、多少の治療はできるが、経験則として、「あんまり効果はないなぁ」というところ。
 今はもっと効果のある「パッチ」や塗り薬がでてきているのかもしれない。

 やったことはないが、あまりに口内炎がひどいときは、歯医者に行って、「焼いてもらう(?)」とすぐに治るらしい。

 個人的に、口内炎ができたときに一番効くのは、塩水でのうがいと、ちょっと痛いが、綿棒にエタノールを湿らせて、それで消毒することである。特に後者はお勧め。ただし、その瞬間は飛び上がるほど痛い。

 と、ここまで書きつつ、そういえば――と振り返り、自分自身はここ数年、あまりひどい口内炎になったことがないことに気がついた。
 歯並びは決してよくはないので、それで口内が傷つくことはよくあるが、すぐに治ってしまう。
 わたしは酒もタバコもやらないが、細君もそうだし、同じものを食べて生きているので、栄養バランス云々の差ではないようだ。
 ひょっとしたら、わたしが服用している持病のクスリいくつかのうちに、免疫力を高めるなにかがあるのかもしれない。

 そういえば、主治医の指示であるクスリを変えたとき、足の親指の爪が、そのクスリを服用し始めた頃から、あきらかに状態が違うのである。自覚はできていないが、クスリひとつで体質そのものに変化が起きているのだなぁ、と、びっくりした出来事であった。

 細君が口内炎をつくってしまうひとつの要因としては、睡眠不足が大きいと思う。わたしとの違いはそこだ。細君は忙しければ忙しいほど、生きている実感を味わえるタイプなので(これはそのうち別記事で書こう)、睡眠不足を厭わない人。ベッドにもわたしより後に入り、わたしより先に出て行く。おーう、さだまさしの「関白宣言」みたいじゃん。実態は違(検閲済)。

 わたしは主治医に「たっぷり睡眠をとること」と厳命されているのをいいことに、おかげさまで一日八時間以上は眠っている(が、入眠潜時――睡眠に入るまでの時間――はかかり、眠り自体も浅い。草食動物の眠り方ですな)。

 話をもとにもどして、口内炎。これはやっぱりね、野菜中心の食生活と、十分な休息が必要なんですよ。これができたときは、体が悲鳴を上げているのだと思って、休むのが一番。

 まあ、それがわかっていても、なかなかできないのが現代人なのだけれどもね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年08月08日

【日記】「なんだっていい」には要注意

 クライアントの要望を聞いていくと「○○できるならなんだっていいよ」という言葉を聞くことがある。たとえば、あたらしいPCを導入したいとき「ネットできるならなんだっていいよ」とかね。
 しかし、この「なんだっていい」は要注意である。この言葉を聞いたら、わたしの中のサイレンは黄色くクルクル鳴り響く。こりゃあ、ちょっとてこずるな、と。

 私事の例だが、わたしの細君もそうだった。彼女は「クルマにこだわりはないよ。移動できればなんだっていい」と言っていた。
 ところが、いざ、乗り換えとなると、「Aはどう?」、「大きすぎて立体駐車場に入らないのは嫌だな」、「Bはどう?」、「ハンドルが平らなタイプはちょっとなー」、「Cはどう?」、「荷物があんまり載らないんじゃない?」、「じゃDは?」、「軽は怖いよ」、「E?」、「うーん……」。
 こんな感じ。「こだわりはない」どころか、こだわりだらけなのである。結局、彼女の要望を満たすクルマは一車種しかなかった。
 こうやってインタビューでスクリーニングして絞り込めるならまだマシなのである。一応、細君は「ダメな理由」を買う前に列挙してくれるから。むしろ、一車種しか満足できるクルマがなかったということで納得も早い。

 一番やっかいなのは、買ってから「そうじゃなかった」と言い出すお客さま。
「ハイビジョン編集しようとしたらさぁ、このパソコン、ブルーレイ積んでないじゃない」
「それは――お客さまがネットができればいいとおっしゃったので」
「スマホでもハイビジョンはもう常識なんでしょ? 子どもがそう言ってたよ。ブルーレイドライブに換えてくれないかなぁ」
 仕方ない。部品代だけは差額をいただいて、工賃はタダで作業することに。
「このパソコンでエクセルのファイルが開けないんだけど」
「それは――お客さまがネットができればいいとおっしゃったので、そういったアプリケーションはインストールしていませんよ」
「それじゃ困るんだよ。え、アプリは別料金なの? なんだボリやがるなぁ」
 そんなんマイクロソフトに言ってくれ! 結局、インストール代はロハでMS Officeをインストール。一瞬、キングソフトにしてやろうかとも思ったよ。キングソフト良いよね。

 結局「○○ができればなんだっていい」というクライアントは、実は自分がなにを必要としているかをわかっていないのである。
 下痢で慌てているときは「どんなトイレだっていい」と言って人を頼るが、ホッと一息つくと「なんだ洋式じゃないじゃないか」「いまどきウォシュレットじゃないなんて」と文句を言い出すのである(シモの例えでゴメンね)。

 某パソコンチェーン店のボリ様が話題になったことがあったが、なにしろ、多くのお客さまは驚くほど「無知」なのだと、ネット民はちょっと気に掛けていただきたい。MS Officeのインストール代を取るのだって、そういう項目を作らないと、「箱はあるのにインストールされてないじゃないか」と言い出す客がいるからである。自分一人ではなにもインストールできないお客さまは珍しくないのである。

 そんなわけで、「なんだっていい」には要注意、という話。
 ま、なんだっていいんだけど、ね(あっ、要注意!)。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2018年08月04日

【回想録】パンダの思い出・その2

「その1」は2017/09/30、シャンシャンちゃんの名前を当てたときに書いている(「【回想録】パンダの思い出」

 わたしは、日中国交回復の記念として贈られた、上野動物園の初代パンダ、ランラン、カンカンを生で見た世代である。

 といっても、子どもの頃だったので、本当におぼろな記憶しかない。
 なんとなく、暑い季節ではなく、小雨が降っていたような覚えがある。

 とにかく、列は長かった! 子どもだからそう感じたのかもしれないが、感覚としては、古い時代の東京ディズニーランドでスペースマウンテンに並ぶほどの時間である。
 ディズニーランドのように、並ぶ人の目を楽しませるような工夫はしていない、昭和の上野動物園である。つまりはただの列であるから、これがまた暇で暇でしかたない。

 もちろん、一人で行ったのではない、両親に連れられての見物であった。
 パンダ舎は、今は入り口のすぐそばにあるが、当時、どこにあったのかはぜんぜん覚えていない。実は、パンダ以外に動物を見たかどうかすら、記憶に残っていないのだ。

 さて、並んで並んで並んでならんらんかんかんリュウエン、リンリンランランリュウエン、リュウエン行って幸せ食べるほど並んで見たパンダは――一頭は舎内の部屋に引きこもっていて見ることができず、もう一頭は、こちらに尻を向けて微動だにせず眠っていた。なんとも大物である。


(玖保キリコ「バケツでごはん」1巻より引用)

 並んで並んでやっとガラス越しに見たパンダは、こちらにケツを向けてぴくりともしない。これには、一緒に並んでいた大人たちも、わたしの両親たちも、がっかりのなかに苦笑い。わたしはまあ「生パンダ(の尻)が見られた!」と、ちょっと興奮して嬉しかった。ま、子どもだからね。
 係員に急かされて、列はどんどん進み、パンダの尻は遠くなっていったのであった。

 これがわたしの「パンダ初体験」。それ以来、一回も生パンダは見たことがなかったと思う。

 今年はじめ、上野動物園で、赤ちゃんパンダ「シャンシャン」が抽選制で公開されたので、実は何度も何度もWeb応募していたのだが、ことごとくハズレ。

 シャンシャンが「ピンクピン太郎」のうちに見たかったのだが、そうこうしているうちにもう赤ちゃんパンダから子パンダになり、公開も抽選制から、並べば見られるようになったので、「ミラクル・エッシャー展」の帰りに、細君と寄ってきた。細君もランラン、カンカンの動かない尻を見てきた記憶があるという。

 さて、今回は炎天下のもとで並ぶことになった。申し訳のテントなどもあるが、テントが切れるところでは直射日光がきつい。前と違うのは、自分が大人になったので、まあおとなしく待てること。それと大玉レンズをつけたカメラを持った人が多いことにも驚いた。



 列は粛々と進み、やがて、まずはガラス越しのパンダ舎の中にいる、父親パンダのリーリーが見えてきた。

 わたし「あっ、いた。パンダだ」
 細君「寝てる!」
 わたし・細君「お尻向けて寝てる!」



 なんということであろうか、数十年を経て見た生パンダは、またしてもケツをこちらに向けて寝ていやがったのであった。

 わたし「まだお母さんパンダとシャンシャンちゃんがいるよ」
 細君「モニターに写ってるね」
 わたし・細君「……」



 パンダ舎の上の方にモニターが設置してあって、母親パンダ、シンシンとシャンシャンの様子が写っているのだが……。
 列はさらに進み、生シンシンと生シャンシャンをガラス越しに見られるようになった。

 わたし・細君「……」
 わたし「寝てるね」
 細君「向こう向いて寝てるね」
 わたし「こっちにお尻むけて寝てるねぇ……」



 なんと、なんということであろうか。シンシンとシャンシャンちゃんまで、こちらに尻を向けて寝ていて、しかも微動だにしないのであった。

 係員にせかされて、列はどんどん進み、シャンシャンの尻も小さくなっていった。

 というわけで、わたしの人生でみた生パンダは、今のところ――

「尻だけ」

 という思い出なのである。


(玖保キリコ「バケツでごはん」1巻より引用)

 くっそう。いつかはリベンジ、動いているかわいいところを見てやるからなー、と思いつつ、細君と二人、熱射病手前になりつつパンダ舎を後にしたのであった。
 どっとはらい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2018年08月01日

【日記】瓦がズレてるっすよ

 台風一過なのでこんな話題を。

 数年前、自宅に突然の訪問客。ニッカボッカにねじりはちまき。いかにも職人さんという感じである。

 職人さん「いま、近くの屋根直してンすけど、お宅の屋根の瓦、ズレてるっすよ」

 わたしはピーンときた。
 おそらく、読者の想像とは違うピーンである。
 天然系のピーンであった。

 というのも、わたしの自宅のすぐ近くには親戚の家があり、そこの瓦が本当にズレてしまっていて、直さなければいけないんだよ、という話を聞いていたからなのだ。
 わたしのピーンは――

 わたし「あっ、○○さんとこ(親戚)やってる業者さんですか」
 職人さん「っや、えっ、まぁ――」
 わたし「うちの瓦もズレちゃってますかぁ。○○さんとこから見えますか?」
 職人さん「あ、うーん、まぁ――」
 わたし「ちょっとわたしも見てみたいので、○○さんとこの屋根に一緒に登って見てみてもいいですか?」
 職人さん「っつ。いや、それはちょっとできないんで」
 わたし「そうですか――。まぁ、瓦については、ウチはいつもやってもらってる業者さんがいるので、そちらに一度見てもらうことにしますよ」
 職人さん「っれがいっすねー」
 わたし「○○さんとこの瓦、お願いしますね」
 職人さん「っすー」
 わたし「くれぐれもご安全にー」

 職人さんは、首をポキポキさせながら、帰って行った。

 みなさんはもうおわかりでしょう。これ、瓦直しの悪徳商法だったのである。それがたまたま、近所の親戚の○○家の瓦直しと重なったため、わたしが勝手に天然な勘違いをして、いきなり「見たい」などと言い出したものだから、焦らせてしまった、と。こういう経緯。
 最後に「ご安全にー」とまで言って送ってしまったのだから、自分のボケさに笑ってしまう。

 オレオレ詐欺などは逆なのである。いつもは電車で出かける家人が、その日に限ってクルマで出勤する。そこに折り悪く「クルマで事故って」という電話がかかってくる。かける詐欺師の方は全員に同じ事を言っているわけだが、かけられる側は「たまたま今日に限ってクルマででかけた」というアタマがあるものだから、パニクって詐欺にひっかかってしまうのである。

 実を言うと、わたしが上記の瓦詐欺に気づいたのは、夕食の時、「○○さんとこ直してる瓦屋さんがきてさー」と家人に話し、○○さんがまだ瓦を直していないということを知ってからであった。あぁ大間抜け(笑)。

 間抜け――そう、間が悪い瞬間というものがある。どうしてあんなオレオレ詐欺に引っかかっちゃうんだろう、と、多くの人は言うが、みな「間が悪い瞬間」に「たまたま」かかってきた詐欺の電話に騙されてしまうわけだ。
 間が悪いから、冷静さを保てない。憎むべきは、その「間」にたまたま割り込んだ詐欺師たちであり、冷静さを失ってお金をだまし取られてしまった被害者を責めることはできないのである。

 あれから数年、ウチの瓦はまだ大丈夫のようである(笑)。
 あのときの職人さんの、首を傾げ傾げ帰って行った後ろ姿を思い出すと、いまでもクスッとしてしまう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記