2019年03月30日

【昭和の遺伝子】駄菓子屋の思い出

 わたしが小学生だった頃、家から一分のところに駄菓子屋があった。
 今の子たちにも「駄菓子屋」は通じるのだろうか。わたしが通っていた駄菓子屋とは別だが、今でもそれっぽい店舗が別のところにあり、夕方は子どもたちでにぎわっているようだから、「駄菓子屋」はまだ残っているのかもしれない。
 ただ、遠目に店内を眺めてみると、狭い店内にスタンドアップ型のゲーム機なども置かれているようで、確かに時代は変わっている。駄菓子屋の雰囲気は同じだが。

 わたしが子どもの頃は、当然、コンピュータゲームなどはなかったから、駄菓子屋はそのまま、狭く小さなおもちゃ屋であった。
 思いつくままに、買ったり、食べたりしたものをあげていってみる。

 プラスチックの竹トンボマシン――丸いプロペラ状の羽を糸で回して空中に飛ばす。羽をなくす(飛んで行って屋根に乗ってしまったり)たびにガッカリ。それでも何度も買ったような記憶。

 コンピュータの記憶テープ――当時は、コンピュータの記憶媒体であるパンチングされた紙テープを巻いて、子どものオモチャとして売っていたのである。今なら情報漏出で大変な事態になりそうなものだ。これを持っていると、なんとなく、自分が科学者になったような気分であった。

 指につけて煙がでるネバネバしたもの――これはなんと言ったらいいのか……。人さし指と親指につけて、両指をつけたり離したりすると煙状の糸くずが出てくるという、ただそれだけのもの。こんなものをおもしろいと感じるのだから、子どもというのは自由である。

 銀玉鉄砲――定番。射程距離はどのくらいだったろう。それほどの威力はなかった。今だったら「銀玉が目に入ったら危ない」と、即刻販売中止になるだろう代物。拳銃の方もすぐに壊れて、何度も買いかえた覚えがある。
 消耗品の銀玉だが、四角い小さな箱に入れて売られていたような記憶。

 かんしゃく玉――地面にたたきつけると、バーン! という破裂音ととも(小さく)爆裂する。これを徐行しているクルマのタイヤの前に投げて爆発させるのが定番の遊び方。ドライバーもなれたもので、それで怒られるということはなかった。鷹揚な時代であった。
 空に投げて落ちてくるとかんしゃく玉がなるオモチャ――名前がわからないのでそのまんま。手に乗るロケットのような造形で、先端部にはかんしゃく玉をつぶす仕組みがつけられている。
 これを空に投げると、先端部を下に落ちてくるので、落下してバーン、と、こういう仕様。

 爆竹――まんま爆竹。これについては別記事でも書いたかな(〓)。昭和の時代は、夕方になると駄菓子屋の前で悪ガキどもがパンパン鳴らしていたものだが、今、そんな情景がないところを見ると、現在の駄菓子屋では売られていないのかも。

 リリアン――これは女子の定番ではないかな。毛糸を編み込む小さなオモチャである。わたしも興味本位にやってみたことがあるが、すぐに飽きてしまった。

 ふがし――食べるもの定番。今でも「二木の菓子」とかで売られていると、懐かしさに買ってしまう。大きさのわりに腹にたまらないのは、みなさまご存じのとおり。

 オレンジガム――箱に四個入りで売られていた。というか、今でも売っているが、当時より粒が小さくなったのは、自分が大きくなったからではないと思う。後期にはイチゴガムも出てきたが、わたしはオレンジガムの世代。

 トコロテン――実はわたしは食べたことがなかった。というのも、その駄菓子屋は土間で、トイレのすぐ横でトコロテンを作っており、そういうのを気にする母から「あそこのトコロテンは食べちゃダメ」と言われていたのを守っていたからである。食べたことはないのに、この言葉の印象で強く心に残っているという一品。

 ガチャガチャ――当時にもガチャガチャはあった。20円だったかなぁ。中に入っていたのはなんだっだろう。覚えがない。キンケシはわたしより後の世代。ああそうだ。スーパーカーケシゴムは入っていたな。

 わたしは学区の違う小学校へ通っていたので、近所の子どもたちと駄菓子屋で遊ぶということはなかった。この頃から、おひとりさま大丈夫な精神が養われていたのだな。

 中学になるとこの駄菓子屋へも行かなくなり、そのうち気づいたら閉店して、ふつうの民家になってしまっていた。

 これは平成になって、別の店の話として聞いたうわさだが、老後に、純粋な子どもたちのためにと駄菓子屋を開いたはいいが、万引の多さに子どもたちの悪さを思いしり、ショックでやめてしまった店主がいたとのこと。

 時代の流れとともに、子どもたちの悪さも、かんしゃく玉を破裂させる悪ガキ的イタズラから、現実的なものに変わっていってしまったのだろうか。

 昭和がいい時代だとは思わないが、当時の駄菓子屋に流れていた鷹揚な時間を思うと、ふと、あの土間の香りに脳裏の嗅覚をくすぐられ、懐かしさにせつなくなる。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子

2019年03月27日

【回想録】映画を立ち見

 このところ、毎朝のフィットネスジム通いで、毎日トレッドミルでウォーキングしながら、DVDビデオを見ている。
 だいたい三時間くらいウォーキングしているので(早朝でガラガラだから、誰の迷惑にもならない)、一本映画を見て、タブレットで読書をして、NHKの連ドラを見て、Youtubeで動画を見て、その日のワークアウトをおしまいに。

 この映画のチョイスが難しい。歩きながら見ているものだから、つまらない映画だとかなり苦痛である。逆にアタリ映画だったりすると、歩いている時間も忘れて熱中できる。
 一度見て面白かった映画は、再度見ても面白いのがわかっているが、なるべくなら、まだ見ていない作品を見たいという気持ちは強い。ハズレ作品を引いてしまったときは、見ながら同時にタブレットで検索して、みなさんの感想を読み「そうそう、そうなんだよなー」などと「歩き」ながら「映画を見」つつ「ネットサーフ」という「三重ながら」で時間をつぶすはめになる。

 そんな「三重ながら」で過ごしているとき、「そういえば、昔は映画の立ち見をしたなぁ」と思い出して、そんな昔語りをひとくさり。
「昭和の遺伝子」カテゴリにしようかと思ったのだが、最後に立ち見で見た記憶がある映画は「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」だったことを思い出し、調べてみるとBTF2の日本公開は1989年12月9日となっている。バリバリ平成元年である。そうか、平成初期の頃は、まだ劇場もシネコン形式ではなく、「シアターにお客が入れるだけ詰め込む」方式であったのだなぁ。

 そう、BTF2は細君と立ち見で見た。1990年1月2日のことだ。この頃の映画館は元日営業もしていたがその日はガラガラ(なので映画好きの父は元日に映画を見に行くことを楽しみにしていた)、反面、1月2日はぎゅうぎゅう詰めになるほど混んでいたのである。
 この頃の映画館は途中入場ができたので、上映中でもそっと劇場内に入り、立ち見をしつつ、席が空いたら座る、というようなこともあった。
 BTF2は人気作であったので、席もなかなか空かず、けっこう長い時間、席の一番後ろの手すりに寄りかかってみていたような記憶がある。
 また、人気作であっても、当時は「一本だけロードショー」ということはなく、必ず併映があった。BTF2もそうだったはずだが、併映がなんだったかはとんと思い出せない。

 トレッドミルで歩きながら映画を見る話に通じるが、面白い映画は立ち見していても熱中できるので、「この映画は丸々一本立ち見していたなぁ」という記憶は刻まれることがないのであった。
 BTF2も、結局、途中から細君と座って見られたのかどうか覚えがない。

 とんでもないところで、映画の後半を最後まで立ち見してしまったことはある。電気屋の量販店の一角で、レーザーディスクを流していたのだ。
 映画のタイトルは「遊星からの物体X」。言わずと知れた名作だが、これは劇場で見ることができず、当時、見たいと思っていた一本だったのだ。
 著作権のうるさい今、店頭で映画を流す、などということは絶対にできないだろうが、当時はそういうこともなくおおらかで、売り物の映画のディスクをそのままデモで流していたりしたのであった。
 レーザーディスクだから、A面、B面があり、流れていたのはB面。なかなかに佳境に入ったところであり、後半を全部、店頭で立ち見してしまったのであった。
 見ていたわたしもわたしだが、ハタキでポンポンもせず(今の世代にはわからないマンガ的表現か?)、エンドテロップまで見させてくれたお店も実に鷹揚であった。

 十数年経ってから、オフでこの話をしたら妙に受けてしまい、だんだん尾ひれがついて「結城さんは店頭のレーザーディスクで『遊星からの物体X』を見た」、「A面とB面を店員にひっくり返させて見た」、「いや自分で勝手にひっくり返して再生した」、「とにかく一本店頭で見た」となってしまい、なんとなく自分も過去のことなので「そうだったかなぁ?」と思いこむようになってしまった。

 しかしこうやって思い出しつつ書いてみると、やはりA面B面のひっくり返しを店員さんに頼んだり自分でやったりはしなかったと思うので、これは話半分である(笑)。

 本当に面白く作品に熱中できた小説やマンガは、その媒体が冊子体か電子書籍だったか、後で思い出せないことがある。
 映画の立ち見も同じで、昭和の時代、丸々一本立ち見した映画もあったはずだが、その状況は思い出せない。

 今はシネコンで完全入れ替え制の代わりに、座れることは約束されている。さらには遊園地のアトラクションのように椅子が動いたり、水しぶきや匂いまで漂うプログラムもある。
 併映がなくなってしまったのは寂しいが、映画好きとしては昭和の時代より楽しくなったな、と感じている。

 でもね、3Dは何度やっても流行らないから。これは先生との約束だぞ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録

2019年03月23日

【日記】わたしは防水を信じない

 昔の電子ガジェットに、水は禁忌であった。せいぜい腕時計が「日常生活防水」を謳っているくらいで、たいていの電子機器を水しぶきにあてたり、ましてや水中にドッポンすることなどは考えられないことなのであった。

 翻って二十一世紀。世の中の「防水」についての意識はずいぶん変わったと感じる。今、わたしが身につけている腕時計は「十気圧防水」だし、フィットネストラッカーMiBand03も「つけたままプールで泳げる」防水性能を持っているという。
 さらにスマホもMILスペックで浸漬防水。もう十年選手のコンデジ、オリンパスμ1030SWなどは防水の上、落としても壊れない耐ショック性能を持っているのでいまだ現役である。

 しかし、わたしはそういうスペック上の「防水」を、まったく信じていないのであった。風呂に入るとき、防水スマホを持っていったりはしないし、シャワーを浴びるとき、MiBand3は外している。μ1030SWも水に暴露させたことは一度もない。

 つまりわたしは、「防水」を信じていないのであった。

 これは本能的なもの、あるいは強迫的な信念なので、曲げようがない。
 わたしと同じように、昭和の時代から電子ガジェットを使ってきた方なら、同じような感覚ではないか、と思っていたが、古くからの盟友たちは「え、風呂にスマホ持ち込みますよ」「遅れてますよ結城さん」と言う。どうやらわたしだけの思い込みのようだ。

 それでも、やっぱり「防水」は信じられないのである。

 その昔、個人ホームページ華やかなりし頃、ひとりの時計職人の方のサイトで、防水について語っていたコーナーがあり、それにとても説得力があったのだ。
 それは腕時計の防水についてのページだった。十気圧防水の時計と言うと、素人は十メートルの潜水に耐えると思いがちだが、実際にはそんなことはなく、水深十メートルのところで腕を振ればすぐにプラス数気圧され、耐圧防水性能を越えてしまう、というのだ。なるほど、と思ったものだ。
 その方によれば、十気圧防水の時計が実際に使えるのはせいぜい水深四、五メートル。また、数字通りの性能を期待できるのは、きちんとメンテがされている状態であり、防水シーリングが経年変化していれば、水深数十センチでも浸水の可能性があるのだという。
 さらに、「回数」の問題がある。十気圧防水の時計でも、一度水に浸してしまえば、防水シーリングは必ず劣化する。買ってからずっと変わらず「十気圧防水」を保てるわけではない。こまめなメンテ(防水シーリングの交換)をしなければ、潜るたびにどんどん性能は落ちていくのだという。

 つまり、電子ガジェットの「耐水」機能は、時間とともに自然に減っていくヒットポイントで、耐水機能を一度使うと、そのヒットポイントはさらに減ると思っていたほうがいい。そういうものなのだな――というのが、そのとき得たわたしの感想であり、以降、強迫的観念になってしまったのであった。

 実際、防水を謳っているガジェット機器でも、シャワーや風呂のお供にしていて「画面が結露した!」「動かなくなって修理にだしたら浸水していると言われた!」というレポート例を、あなたも一回くらいは読んだことがないだろうか。

 そのようなわけで、わたしは無用なトラブルを避けるため、たとえ「つけたままプールで泳げる」と謳われているMiBand3であっても、ちゃんと外してシャワーを浴びるのである。

 それはわたしだって、風呂の中でスマホを使いたい。タブレットで読書しながら長風呂できたら幸せだろうと思う。それでもやはり、怖くてできない、というのが正直なところ。

 ちなみに、もとから風呂場で使う仕様のCDプレイヤーは使っている。これも十年選手である。耐水シーリングもまだ無事で浸水したことはない。というか浴槽につけたり、シャワーをかけたりはしないよう、ていねいに使っている。
 あと、フィリップスの水で洗えるシェーバーは遠慮なく水で洗っている。
 このあたりは、「もともとそういう環境下で使うことを考えて作られているものだから、使わないと意味がない」ということで、自分の中で矛盾はない。

 %title%は、古い映画「モスクワは涙を信じない」のパクりである。これは「泣いたところで助けはこない」という意味のロシアのことわざなのである。
 お風呂にスマホを持ち込んでいる諸氏諸嬢。ディスプレイ内が結露して泣いたところで、助けはこないのですぞ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年03月20日

【日記】トレッドミルハック

 通っているフィットネス・ジムのトレッドミルが、全機入れ替えになってしまった。

 それまでの素っ気ないデジタル表示コンソールから、ディスプレイのついた最新型に変わってしまったのだ。

 全機入れ替えの予告はあったのだが、心配だったのが、トレッドミルにタブレットを置いてウォーキングできるかということ。
 タブレットを置けないと、それまで楽しみにしていた「歩きながら読書」ができなくなってしまう。

 不安を抱えながら全機入れ替えの翌日、ジムへ向かい、新しいトレッドミルを体験。タブレットは幸いなことに、「緊急停止ボタン」のところに凸面があったので、そこに立てかけることで使えることをかくにん。よかった。ありまぁす(古いネタだな)。

 残念だったのが、乳バンドからの心拍計信号を受信してくれなかったこと。これは業界的にはポラールのそれが標準信号となっているらしいが、それを受信することが根本的にできないらしい。心拍自体は、トレッドミルの前部にハンドル部分があり、そこの電極を握ることで計測が可能だが。
 しかしウォーキングならまだしも、ランでこのハンドル部を握って走る人はいないだろう。この心拍計にはガッカリだ。

 ただ、トレッドミルの付加機能自体は確かにアップしている。
 今回はそれの利用方法などを。といっても、役に立つ人などそういないだろうが……。
ハック≠ニタイトルにはつけたが、用意されている機能をいろいろ使ってみているだけである。ただ、さすがにフィットネスジムだけあって体育会系の会員が多く、わたしのように使っている人を見かけたことがない。そういう意味でのハック≠ナある。

 初期画面はこんな感じ。



 ディスプレイ下部に、こんなくぼみがあるが――



 タブレットはもちろん、スマホも差し込めない。なんのためのくぼみだかよくわからない。薄いパンフレット程度しか差し込めない。

 初期画面の真ん中をタップすると、トレッドミルの標準画面がでる。



 右側のメーターがスピード、左側のメーターが角度を表している。
 下のマイナス、プラスのボタンをタップすることでパラメータの上下が可能だが、大まかな調整はこのメーターを直接タップすることでも可能。中には鬼のようにボタンを連打している人もいるが、上記の直接指定機能を知らないようだ。

 タブレットはこんなふうに置いて使うことが可能。これができるかどうかを心配していたので良かった。



 さて、このトレッドミルの端末だが、どうやらAndroid(KitKat)で動いている。無線LANでルータとつながっているようで、ブラウザを使ってネットにアクセスすることが可能である。
 トレッドミルを使いながら、下部真ん中のアイコンをタップすると、各種機能が使える。





 この機能を使って、Youtubeを観ながらランしている会員は見かけたことがある。というかわたしもやっている。
 ブラウザはAndroid(KitKat)の標準ブラウザとチョロメがインスコされている。しかし、使い勝手はあまりよくない。スクロールが思うようにいかないので、常用はつらい。チョロメはよく落ちる。
 一応、日本語は打ち込めるので、ちょっとしたWeb検索なども使える。



 この端末にはUSB端子がついている。



 ここにUSBメモリを挿すと、中の画像(jpeg)、動画(mp4)、音楽(mp3)の再生が可能だ。



 ただし、ファイルの並びがバラッバラである。ファイル名順では表示されない。となるとディレクトリエントリ順かと思ったが、それをいじって直してもダメ。このあたりの表示の順番はいまだ謎である。

 USBメモリのルート直下ファイルは「usb_strage」ディレクトリの下にあると表示され、USBメモリにディレクトリを切ると、usb_strageと並んでディレクトリ名が表示される。
 これを利用して、続き物の動画などは、一話目をディレクトリ1、二話目をディレクトリ2……というように収容し、一応、順番を把握することは可能だ。というか、ほかに今のところ、いい手がみつからない。

 なお、使えるUSBメモリには上限があるようで、128ギガのそれは認識できなかった。
 わたし以外の会員で、このUSB端子になにか挿している人はいないだろうと思っていたら、先日、このUSB端子からスマホの充電をしている女性会員がいた。これはけっこう目からウロコであった。

 mp4の動画が再生できるので、著作権法上、適法にエンコードされた映画などなら再生できる。



 ちなみにこのトレッドミルには、ステディカムで撮影された実際の風景を眺めながら走る機能がついているが、それはただ単に内蔵メモリに入っているmp4動画を再生しているだけで、三種類しかなく、しかも5分だけという短さ。すぐに飽きてしまった。

 謎の機能として――





 Bluetoothが使える。しかし怖いので、これはONにはしなかった。
 ほかに中国語らしきログイン画面も見える。



 このシステムの製作元は中国なのかもしれない。というか、そうだろう、きっと(標準ブラウザの挙動がそんな感じ)。

 ランを終えると、この画面が表示される。



 使用時間や距離、消費カロリー、角度等、今回のアクティビティの諸データを表示してくれるわけだ。この画面を自分のデータとしてスマホで撮影している会員がいたが、実は右上のQRコードを読みとると、これらのデータはASCIIデータとして取り込むことができる。

 今のところ、これくらい。旧型機と違って、ポラール標準心拍計の心拍数を拾えなくなくなったのは痛いが、動画再生ができるのでプラマイゼロか。
 なにより、自分的には、タブレットが置けることにホッとした。
 ある会員さんは、このディスプレイの上にスマホをバンデージテープでしっかり張りつけて、スポーツ中継を見ながらトレーニングしていた。感心しつつ、毎回張りつけるのは大変だろうなぁ、とも思ってしまった。

 これからの時代、トレッドミルやエアロバイクのコンソールのデザイナーは、ユーザーがタブレットやスマホを置く、ということを意識してデザインしてほしいと思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年03月16日

【日記】ノースフェイス「BCヒューズボックス2」

 日常使いのカバンとして、Kananaの3wayバッグを愛用していることは以前書いた(「【日記】愛用カバン」参照)。
 とても気に入っているし、今でも心強い外出のおともなのだが、フィットネスジムに通うようになって、ちょっと力不足が否めないようになってしまった。

 ジム自体は「靴の履き替えなしでもOK。身ひとつでくればすぐにトレーニングできる」系のマシン特化ジムなのだが、実際にはワイシャツにスラックス、革靴でトレッドミルに乗るようなことは「空気読め」である。どうしても着替えやタオル、シャワーを浴びるときのアメニティグッズ、プロテインドリンクのボトルなどは持って行かねばならない。

 シューズなど毎日使うものは、ジムの貸しロッカーに納めるようにしたため、多少身軽になったが、それでもジムに通うためには、Kananaバッグ、プラス、トートバッグひとつ、という装備になってしまう。

 そこで、ジムに通うため、プラスアルファで街歩きにも使える系の大きめリュックはないものかな、と思案していたのだった。

 こういうときは、ジムにくる他のメンバーの持ち物をさりげなく観察するに限る。みなそれぞれバラエティ溢れたリュックやバッグでいらしているが、その中でも、縦長の四角いリュックを持ってきているほうが目をひいた。うん、あれいいな……。
 後日、ファミリーレストランで食事をしていると、ラクロス部と思わしき女子学生のにぎやかな集団が入ってきた。元気でいいな、と思っていると、おっ、あの縦長の四角いリュック率が高い。若者、しかも女子の間でも流行っているのか。ううむ。やはりいい……。

 リュックに書いてある大きなロゴから、それが「ノースフェイス」のものであることはすぐにわかった。
 早速Amazonで検索してみると、ありゃ、けっこうパチモンが多い、という情報も。メインラゲッジの容積は30リットルだという。そりゃすごい。いいなぁ、と思ったが、ネット通販で買うのはちょっと怖いかな、という気も。

 そこでわたしにしては珍しく、スポーツ量販店で、定価で買ったのであった。ノースフェイスの「BCヒューズボックス2」である。色は黄色がキャッチーで心惹かれたのだが、細君の「その色、教会に背負っていく度胸あるの?」という一言に打たれ、無難な黒にすることにした。

 購入してウキウキ気分。家に戻って「このリュックの定評はどうなのかなー」と「BCヒューズボックス」で検索してみると――

 ホモランドセル!


 という別名があることを知った。ちょおま。なんだよそれ。なんでもテレビで――

 新宿2丁目でジムに通うゲイが、ジム胴着を入れてジムに行っていたことから流行、ホモランドセル≠ニ呼ばれるようになった。


 とのこと。しかもそのテレビ番組のキャプチャに写っているのは、わたしがほしかった「黄色」のものであった……。

 そうか、本当の俺はホモだったんだぁーっ! と、月夜に叫びそうになったが、細君の手前やめておいた。

 ……というのは、半分フィクション。実は、買う前から十分に知っていたのだ。このリュックが「ホモランドセル」と呼ばれていることを。
 むしろ逆。ネットで「ホモランドセル」が評判となったから、ノースフェイス「BCヒューズボックス」を知ったのである(笑)。
 なので、この別称は別にショックにはならないのであった。黄色がほしかったのも本当。ただやっぱり、店頭で見るとインパクト強すぎて黒にひよってしまった。防犯などを考えると、黄色のほうが良かったとは思うのだが。

 実際に使ってみると、30リットルというメイン収納部の容量が大きすぎて、逆にモノが入れづらいというところがあった。なんでもゴチャゴチャ入れておくのは性に合わないのである。

 そこで、このヒューズボックスに合わせてつくられたバッグinバッグを購入してみた。
 それを入れると、今度は収納部がその分、狭くなってしまう。30リットルの空間が、決して「大きい」とは感じなくなってしまった。欲張ってあれもこれもとポケットに入れると、けっこうすぐ埋まってしまう。結局、ここでも入れておくものの取捨選択は必要だ。

 こうして、Kananaバッグに加えてトートバッグを持ち歩くという装備から解放され、リュックひとつで歩けるようになった。とりあえず三ヶ月、毎日使っていて、今のところ大きな不満はない。
 あえて弱点を探せば、完全防水ではないところ。雨の日に備えて、ノースフェイスの30リットルリュック用レインカバーも購入。店員さんは「BCヒューズボックス専用のものはカタログ上ないですよ」とお勧めはしてくれなかったが、買って試してみると(これはネット通販した)ちゃんとカバーがかけられた。ぼうすいかくにん、よかった。
 だいたい入れているのは、小物ガジェットは別にして、大型タブレット一枚に、着替え、タオル二枚、プロテインドリンクボトルふたつ、マグボトルふたつ、それにポメラDM30。それでもまだ隙間がある。
 結局のところ、リュックの正義は容量の大きさだな、と思ったりも。

 難点は、背負って歩いていると、もしかしたら「あ、ホモランドセルだ」、「ホモランだ」、「ホモだ」と道行く人に思われているかもしれないくらいかw
 別にそう思われても、全然かまわないけどね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記