2019年03月02日

【日記】歯ブラシテスト

 と言っても「暮らしの手帖」のように、いろいろな会社の歯ブラシを実際に使って、磨きの良さや、保ちなどをテストしたというわけではない。

 以前、確かわたしが結婚前に読んだという記憶があるから、昭和の時代の本だ。若い男女に向けた、結婚指南書で、著者は女性だったと思う。

 その本の中に、「歯ブラシテスト」と称して、こんなことが書かれていたのだ(要旨)。

 若い男女が結婚して、新しい家庭をつくっていくのは、簡単に見えて、容易なことではありません。ただ言えるのは、結婚とはやはり、深い愛情で結ばれた男女によってのみ営み続けられることだということです。
 ただ、熱に浮かされたような恋心で突き動かされて結婚してもうまくはいきません。逆に、相手の年収や、容姿に惹かれ、計算づくで結婚しても、いつかは別れてしまうでしょう。
 簡単に「愛している」と言っても、それがどのくらいのものかはわかりません。口先だけなら、いくらでも甘い言葉は言えるもの。それでは、実際にお互いの愛情を測るには、どうしたらいいでしょうか?
 わたしがお勧めしたいのは「歯ブラシテスト」です。
 簡単な話です。お互いが使っている歯ブラシを交換して歯を磨くのです。それができないようでは、とうてい相手を「愛している」とは言えないでしょう。


 最初に一読したとき、うーん、と思った。これはいくら愛しあっていても「生理的にできない」というカップル、あるいは個人はいるのではないか、と。

 念のため書いておくと、わたしたち夫婦は「歯ブラシテスト」は合格である。
 ただ実際問題としてミュータンス菌をやりとりするのは不衛生であるから、やはりそこは、自分専用の歯ブラシを用いている。

 聞いた話では、子どもがある程度大きくなるまで、虫歯菌を持った大人から口移しなどで食物をもらわない方が良いという説もあるらしい。大人の歯ブラシと子どもの歯ブラシが接触し、虫歯を伝染されるケースもままあるそうだ。
 そういったことを考えると、この「歯ブラシテスト」は実に昭和時代のテイストだなぁ、と思う。

 というわけで、わたしら夫婦自身は、この「歯ブラシテスト」合格派なわけだが、人に勧める気にはならない。できないからと言えって、「君たちの愛は本物ではないね」と決めつけたりはしない。
 ただ逆に、やはりそこまでできるのなら、ある程度の愛の担保にはなるのかなぁ、とは感じたりもする。

 PCの初心者に、パスワードというものの重要性を知ってもらうために、わたしが言えう常套句がある。
「パスワードというものは、下着の中身のようなものです。下着の中身を見せあってもいい相手にしか教えないでくださいね」
 このたとえはいかがだろう。納得していただけるだろうか。

「歯ブラシテスト」は昭和テイストだが、現代流にするなら、そうだな、本当に愛しあっている恋人同士なら、ケータイやスマホも互いにオープンにできるはず。「スマホ交換テスト」というのはいかがだろうか?

 これも賛否両論あるようだが、やはりケータイ、スマホを互いに交換できないような浅い関係性では、結婚という生活は維持できないように思う。

 と、ここまで書いて、一服いれて考え直したのだが、上記のわたしの「結婚という生活は維持できない」という考えそのものが昭和テイストなのかもしれない。
 現代の若い人は、互いのケータイ、スマホの中身は個人的なこととして隠しあい、互いに薄い愛情で結婚して、維持できずに離婚する。それでも良いのかもしれない。

 多様性を認める社会というのは、つきつめれば個人主義にならざるを得ない。結婚せず、ひとりで生きていくという人生設計も悪くない時代だ。
 それでも統計をとれば「いつかは結婚したい」という若者が多いということを、少し可哀想に感じる。そう思わせているのは、われわれ「歯ブラシテスト合格」世代の圧力かもしれないから。

 少子高齢化が問題になっているが、本当に問題なのは非婚化と、非婚で子どもをつくることを白眼視する社会性にあるのである。
 わたしはカトリックなので、少子化については「堕胎禁止」でだいぶ解決できると考えているラジカル派だが、こと非婚化についてはなかなか考えがまとまらない。

 たまにブログで細君とののろけ話を書いて、若い方に「結婚も悪くないな」と匂わせることができていたら、まあ少しは非婚化抑止の力になれているのかな、などと思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記