2019年10月09日

【日記】腎臓バンク

 細君のおともで、献血センターに来てこれを書いている。昔はわたしも、スケジュールを組んで献血可能回数の限界ギリギリまで献血をした「献血マニア」だったのだが、病気をして、献血ご遠慮のクスリを毎日飲むようになってしまったため、ここにくるのは、細君が献血をするときのおともばかりになってしまった。

 本当は早く病気を寛解させてクスリをやめ、また献血ができればと願っているのだが、こればかりはなかなか思うようにならない。
 献血センターでは、おともでついてくる人を邪険にしたりはせず、暖かく「お待ちくださいね」と言ってくれるが(なにしろ、献血一回であちらは数万円? のもうけになるとかの話。キイハナ)、やはり肩身は狭いので、隅っこの方でチビチビと無料コーラを嘗めながら、こうやって書き物をしている。

 そんなこんなでツラツラと過去を振り返っていたら、自分は高校生の頃、腎臓バンクに登録していたことを思い出した。
 今でこそ、免許証の裏に「臓器提供の意志」を記入する欄がある時代だが、当時は今のように医療全体の移植システムが統一されておらず、腎臓バンク、角膜バンクのように、組織がバラバラになっていた。
 腎臓バンクの仕組みも簡単で、特に医療機関で適合型などを調べることもなく、ただ、「死後、腎臓を提供する意志がある」というカードを発行するだけだった。

 わたしは、別に自分の死後、カラダがどうされても構わないと思っていたので、少しでも人の役に立てるならと、この腎臓バンクに登録し、カードをいただいたのである。
 このカードは硬質カードで、安っぽいものではなく、まだなにもしていないのに、若いわたしはなんとなく、人の役に立てたような気がしてうれしかったものだ。

 さて、細君とおつきあいを始め、結婚を意識しはじめた頃、「自分はこんなものに入ってるんだよ」と、腎臓バンクのカードを見せたところ、彼女が、「えっ」という表情を見せたのである。
 聞いてみると、わたしが死んだあとに、カラダを解剖されて臓器を見知らぬ誰かに提供される、ということに、説明できない不安を感じる、ということらしい。
 そんなことに頓着しないわたしはびっくりしてしまった。当時はカトリックではなかったが、死後の世界があるとしても、それに死んだ肉体が関係してくるとは思っていなかったし、なによりこれは善行であるという確信があったから、褒められこそすれ、否定的な思いを抱かれると思っていなかったからである。

 ただ、このことでなにか言い争ったり、姿勢の違いでケンカになったという覚えはない。
 わたしは、愛する細君が「いやだなぁ」と思うのなら、と、素直にカードにハサミを入れて、それを捨てたのであった(登録、と言っても、こうすれば無効になる程度のシステムであった)。

 まだ、脳死判定や、それに付随しての臓器移植の問題がマスコミの俎上に乗る前の出来事であった。
 それが、上にも書いたが、今や免許証の裏に臓器移植の意志を記せる時代になったのだから、ずいぶんとわれわれの意識も変わったのだと思う。

 わたしは、脳死は人間の死であると思っているし、それにともなって臓器移植のドナーとなることに、賛成の立場である。
 逆に細君は、今でもちょっと(かなり?)抵抗があるという考え。
 わたしは、もし自分が死んだとして、その臓器のひとつでもが、どこかの誰かの中で生きているとしたら、それは細君の生きる希望にもなると思うのだが(逆もまた同じで、細君が死んだ場合に、誰かの中で細君の臓器が生きていたら、わたしの希望になると思う)、細君はそうは感じないのだという。

 これはどこまで行っても平行線になると思う意見の相違なので、互いに相手を説得しようとはしていない。わたしも細君の意見を無視してまで自分の臓器移植をと願っているわけではないので、現状、免許証の裏に、なにもチェックを入れていない状態だ。

 カトリック的にはどうなのだろうな、と、ザッと調べたことがあるが、脳死による臓器移植を、良い、と断言している文献も、悪い、と一刀両断している教義もなかった。
 信仰宣言の中には「からだの復活を信じます」という一文があり、日本の火葬文化も特別に赦されているものだと聞いたことがあるのだが、そのあたりで、あまり触れられたくはない事象なのかもしれない。

 ちなみに、献血、輸血に関して、カトリックはなんら禁忌はない。
 昔はJW(エホバの証人)をからかって「エホバの商人」などというショートショートを書いていたわたしだが(最後に「ただし、一滴の血も輸血してはならぬ」というオチw)、今は、JWはJWでそれなりに見識があると思っているので、いちがいに揶揄したりはしない。
 わたしもそれだけ、オトナになったのである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記