2019年12月28日

【日記】2019年をふりかえる

 今日、12月28日は、カトリックの典礼暦で「幼子殉教者の祝日」である。これについては「【日記】幼子殉教者」をご参照ヨロ。

 上のリンクの記事をお読みいただければわかるとおり、今日はわたしの誕生日でもある。もうこの歳になると、めでたいと思うことも、なにかにあせることもなくなってくる。というか、誕生日くらいしか、自分の正確な年齢を把握できなくなっている。
 実は今年一年、自分は四捨五入したらもう還暦だと思っていたのだが、改めて今日計算しなおしたら、この誕生日で(四捨五入で)還暦なのであった。一年、若返った気分だが、確実に赤いチャンチャンコは迫ってきているのであるw

 わたしは十八歳で賞をいただいて文章書きとして世に出たので、十代から二十代前半は、歳を取るたびに、けっこう気分があせったものだった。「まだこんなものか」、「もっとなにかできたはずだ」、「自分にはさらに大きな仕事ができる」と、力む気持ちが大きかった。

 そういう力みがなくなってきたのは、結婚をし(愛してはいるが)他人と生活をするようになって数年経った、三十代に入ってからくらいだ。年齢と成果物のバランスが取れてきたのだろう。
 それでも、「むかし、自分が見上げていた三十代に比べて、実際に三十代になった今の自分は幼いなぁ」と嘆く気持ちがジワジワと滲んできたものだ。この感覚、わりと持つ方は多いのではないかな。

 四十代は物書き業から離れて、事業の立ち上げや、寛解すれども完治はない病をいくつか得、実にめまぐるしい十年だった。五十代との境目くらいで愛息の帰天を経験し、それでも、いろいろな方々に励まされ、こうして(四捨五入で)還暦を迎えて、スタバでポメラを打っている。

 自分が今まで出会ってきた人々の、その出会ったときの年齢を越えてみると「なんだ、思っていたより、みな幼かったんだな」という振り返りができるようになった。

 おっと、今年をふりかえるはずが、誕生日ということもあって、人生をふりかえっているではないか。

 今年はもう、あっという間であった。最初は確か、クルマ対クルマの事故から始まったと思う。むかしだったらけっこうなストレスになるトラブルだったが、今は「まあブログのネタになるからいいや」程度の受け取り方ができるほどにはオトナになった。
 その気のぬけ方がよかったのか、あまり大事にならず解決したのは、このブログにも書いたとおり。

 このブログは、たとえ【日記】カテゴリであっても、読者の時間を頂戴する読み物として面白いものをと心がけているので、一方的なグチや、悲しい出来事は書かないと決めている。
 そして今年は、そういう不幸が、実はとても多かったのだった。
 文章が乱れていたり、typoが多かったりする記事は、そういうときに書いていたりする。

 何度か「ブログ、やめないにしても、週いち更新にしようかなぁ」と思ったこともあった。しかしこういうのは、毎日更新から週二更新にしたら、かえってネタが出なくなって苦しくなったように、週いち更新にしたらもっとつらくなるものだ、と考え直し、こうしてなんとか、今年も一年、続けてこられた。応援してくださるみなさんと神に感謝である。

 よいこともあった。台風で大変だったときには、いただいた励ましのお言葉が胸に響いたし、パパ様の東京ドームミサにあずかることもできた。近所のスーパーマーケットの福引二等にあたり、500円のクーポンをもらうこともできた(せっこw)。

 飽きていたキューブも、最近はsub70くらいはできるようになってきた。まだまだ覚えることは多く、気が遠くなりそうだが、逆に「まだこんなに覚えなきゃいけないのか。楽しみだ」という気持ちにもなっている。

 わたしはこのブログを、ある意味、わたしの人生における灯台のつもりで書いている。わたしの人生で今まで出会った方々へ、反応は返ってこなくとも、結城恭介はまだ元気だよ、という光が届くように、と。

 あー、そうそう。小説なぁ……。更新できなくて本当にスマン。これは弁解の余地がない。来年こそは「わたしたち罪人のために」か「二枚のパン」を書こう。

 というわけで、「いまさら日記」も2019年の更新を終える。次回は水曜日なので、あっ、もう令和二年の元日だ。
 では、みなさん、よいお年を!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年12月25日

【日記】パパ様東京ドームミサ・その8

 さて、2019/11/25の出来事を、朝から夜まで日記風に、7本の記事にしてきたわけだが、この8本目の記事では、振り返って、今回のパパ様訪日の私感など含めまとめとしたい。

 まず、パパ様東京ドームミサに与った感想としては「すばらしい体験だった」としか言いようがない。
 ここで、落選した方々を思いやって「いやぁ、パブリックビューイングで見ている方が、パパ様はアップになるし、お近くに感じられたんじゃないかなぁ」などというようなおためごかしを言って慰めるのは、むしろ失礼にあたる。
 あの日、あのとき、あの場所にいて、たとえ遠くでも、パパ様と自分を隔てるものがなにもないという体験、あの会場の熱気、空気感は、今、同じものを録画したはずのYoutubeを見ても伝わってこない。
 五万人で与ったミサも、その迫力、動から静へ、そして聖へ至るダイナミズムは、同じ時間、同じ空間にいなければわからないものだ。
 自分はカトリック信者で良かった。そう、何度も思った。この日のこのごミサは、一生忘れられないものとなるだろう。

 次に、世間話に移ると――

1)東京ドームミサの抽選の実際はどうだったのか

 である。現実として、東京ドームミサに与ってみて、「【日記】パパ様ミサ当落のアルゴリズムを考察する」の印象とは少しベクトルが違って見えてきた。
 見落としていたのは、「バスツアー」の存在である。
 その2の記事でも書いているが、まさか本州最西端の県からもバスツアーで東京ドームを目指してきていたとは思わなかった。

 ここに、なくしたと思っていた、カトリック東京大司教区からの「教皇ミサ(会場:東京ドーム)申し込みについて」とタイトルしたFAXが見つかったので、それを見てみる。



 疲れからか、黒塗りのあやしい文書になってしまったが、追突はしていない。これが「教会コード」が記されていたFAXである。この下部にある枠に、「旅行代理店を通しての申し込み(ミサの座席指定チケットつきのツアーの企画提供)」という項目があり、4社が名乗りを上げているのがわかる。
 日帰りできる東京大司教区(東京都と千葉県)だけでこれなのだから、ほかの教区は、もっと多くのバスツアーが、同じように企画されていたのだろう。

 実際、千葉県内のある教会ではバスツアーが組まれて、たくさんの方が東京ドームミサに与ったというお話を聞いた。
 はっきり言ってこれは、主任司祭や教会委員会の、パパ様東京ドームミサにかける情熱のあるなしにかかっていたと思われる。だれか旗振り役がいなければ、「旅行代理店を通してのツアー企画申し込み」はできないものだ。
 逆に、インターネット申し込みだけでいけると判断し、その当選者用にバスをチャーターした教会は「当選者が少なくガラガラでした」という悲しい声も聞く。

 現実にどれくらいの落選者がいたのかという具体的な数字が、12月8日付けのカトリック新聞に掲載された。それによると――
「東京のミサは申し込みに対して厳正な抽選が行われたが、カトリック中央協議会の訪日準備室によれば、抽選に外れた人は約三万人いたという」
 だそうだ。

 五万人を収容できる東京ドームへ最初の頃に入場し、席が埋まっていく様子を眺めていたわたしの肌感覚として、バスツアー入場者は、二万人はいたのではないかと感じられる(バスツアー枠はいきなり四角く席エリアが埋まるのでわかる)。
 その他、「教会コード」を持たない招待客や非信者、プロテスタントに用意された枠がが一万人で、残るは三万人。
 この三万人の枠が、「教会コード」を持った信徒のインターネット申し込みで抽選になったのだろう。
「抽選に外れた人は三万人」だから、「教会コード」応募者数は六万人。よって当選率は50パーセント。これも、巷間ささやかれている当選率とほぼピッタリである。

 しかもおそらく、「【日記】パパ様ミサ当落のアルゴリズムを考察する」のような複雑なプログラムではなかった。同記事では「当選者は各教会にバラけるようにしてある」のではないかと推察しているが、そんなことはしていなかったようだ。

 抽選のアルゴリズムに関しては、いくら考えても確証がないため、このくらいにする。カトリック中央協議会が述べているとおり「厳正な抽選」だったことは信じるが、抽選枠ではない「招待客枠」はあったわけだから、いくらでも忖度はきいたはず(エキュメニカルに、東方正教会の方々とか、仏教の僧侶枠とかがあったのは、ご存じの方も多いと思う)。

2)テーマについて

 今回のパパ様訪日には「すべてのいのちを守るため〜PROTECT ALL LIFE〜」というテーマが掲げられていた。


(カトリック中央協議会「POPE IN JAPAN 2019」ウェブサイトよりロゴを引用)

 ちょっと情報の出所が(要出典)なのだが、このテーマはパパ様側が提唱したのではなく、日本の司教団が決めたと聞いた。
 なんにしろ、これはけっこう「攻めている」テーマだと思ったのはわたしだけだろうか。

 というのも、日本はいまだ、命の値段が安い国、殺人が容易に行われている国、LIFEがPROTECTされていない国なのである。
 えっ、戦争も内戦も飢えもない、この平和な日本で? と思われたあなたは幸福ボケをしている。

 わたしが言っているのは「人工妊娠中絶」のことである。

 この日本では2018年に約16万件の人工妊娠中絶が行われ、今もなお、出生前診断で胎児に障害があるとわかったとき「経済的理由」で易々と中絶が行われている。

 カトリック的には、いかなる理由があれども、これははっきりと「殺人」なのである。

 もちろんそのことで、教会は堕胎をした父母を執拗に責めたりはしないが、「してはいけないことをした」大罪の状態であることは指摘しておきたい。

 今回のこのPROTECT ALL LIFEというテーマに、胎児の命を重ねて見ている意見は、ネットでも見聞きしたことがないが(それだけ日本では人工妊娠中絶が普通のことになってしまっているということなのか……)、パパ様の説教で、少しでもそういったことに触れてくださるかな、とほんのちょっと期待はしていた。
 が、まったくそういったことがなかったのは残念であった。

 マザーテレサは、「大切なことは、身近な小さなことに誠実であること」と説いた。PROTECT ALL LIFEというテーマも、壮大な絵空事ではない。実はとても身近な問題に回帰するのである。

3)物販について

 その2の記事にも書いたが、日本のカトリック教会の多くには「売店」があり、主日のミサ前後に店を開けている。
「売店」といっても、収益を目的とする場所ではないく、そこで儲けは出ていないので、実態は「書籍等引継場所」なのだが、まあちょっと見には商品を並べて売っているわけで「売店」である。
(なお、東京マリア大聖堂などに付属している売店は、きちんと税務申告している、名実ともに「売店」だと聞いた)
 売られているものは、書籍やロザリオ、カード、ハガキ、メダイ、ベール、ガレットというお菓子など。他にシーズン物として、カレンダーやカトリック手帳などが置かれる。

 今回、パパ様ミサのニュースで物販が行われていることについて、世間より「まるで芸能人のライブとおんなしで草」という声があがっていたが、その反応には、むしろこっちが草であったw
 上記の通り、日本のカトリック教会には「売店」という文化があり、そこでいつも、パパ様のカレンダーやらマザーテレサのメダイとかが売られているのである。だから今回、パパ様グッズがドーム前で物販されているのも、驚くに値しない「普通のこと」だったのである。

 ちなみにこのパパ様グッズ、今でも「POPE IN JAPAN 2019」のサイトで通販できる(「ローマ教皇来日記念オフィシャルグッズ」)。
 わたしは当選を知る前に、このネット通販で、トートバッグを色違いで二つ、マグカップを二つ、アクリルキーホルダー二つを購入していた。
 カトリック信者でないあなたも、なにかおひとつ、どうですか? でもちょっとお値段お高めだよね。

4)パパ様、ぜひともいつか、再来日を!

 これは天の神様への、わたしからの祈りである。
 パパ・フランシスコ様のご体調が万全ではないことは承知しているし、長旅がお身体に触ることは承知している。しかし、次回の教皇訪日も「38年ぶり」とかではなく、もうちょっとスパンを短くして、訪日してくださることはできないものだろうか。
 そのときは、カトリック中央協議会は「前回の東京ドームミサに与れなかった信者を優先する」という条件で募集をかけていただきたいと思う。
 わたしが味わった感動を、落選してしまった多くのカトリック信者にも体験していただきたいと、切に願う。

 訪日の回数を多くする理由はある。この日本は、カトリック宣教において後進国なのである。まだまだ宣教地として有望な地なのである。さらには、これほどカトリックが誤解されている国もない(拙記事「新興宗教カットリク!の研究」参照)。
 信者を増やすためにも、ぜひ、教皇様には(現であれ次であれ)、短いスパンでの再来日をお願いしたい。

5)その他

●ツイッターで読んだのだが、カトリック信者で有名な棋士が後ろの席にいたので挨拶したら「無礼者」と怒られた、というつぶやきがあった。いやぁ、ご愁傷様。あの人はいろいろ、カトリック以前にも逸話の多い方ですから……。

●パパ様ミサ後から、メルカリには「式次第」や「ペルガメーナ」、さらには売り切れたドン・ボスコ社の「オフィシャルメダイ」が一挙に並びだした。
「式次第」や祝福前の「メダイ」はともかく「ペルガメーナ」は聖品である。これを売るという神経は、もうカトリック信者のものではない。これだけを見ても、けっこう「非信者枠」で当たった不届き者は多かったということがわかる。

●上記の状態を憂いてか、カトリック中央協議会は「ペルガメーナ」を増刷して、パパ様ミサへ行けなかった信徒へも配布することを決めた。また、ドン・ボスコ社も「オフィシャルメダイ」を増産したが、これは早々に売りきれてしまったようだ。

●我が家では「ペルガメーナ」を額装して、部屋に飾った。



     *     *

 というわけで、8記事に及んだパパ様東京ドームミサに関する日記とあれこれは、この記事で終わりである。またなにか思い出したら、後ほど付け足すかもしれない。

 気づけば今日は12月25日、「主の降誕」である。
 主のご降誕、おめでとうございます! 皆様に神様の豊かな祝福がありますように!!
 メリー・クリスマス!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年12月21日

【日記】パパ様東京ドームミサ・その7

 カトリック信者にとって、ミサに与ってご聖体をいただくことは不可分なものなのである(大罪の状態である信徒は除く)。このままご聖体をいただくことなしで「お帰りください」ではミサにならない。「み言葉の祭儀」か「祝福式」である。

 以前にも書いたが、カトリックの結婚式に憧れるカップルは多くとも、未信者同士の場合は単なる「結婚の祝福式」であって「婚姻の秘跡ミサ」ではないのである。

 かなり前にビデオで見た大規模ミサ(確か長崎の列福式だったと思う)では、大量のホスチアが巨大な器に入れられて聖変化後、信徒に配られており、その量のすごさに「ご聖体のバイキングかこれはw」と驚いたことがあったが、今回はそんなこともなく、遠目に見ていても、パパ様の前に大量のホスチアがあった様子はなかった。

「バルコニー席の皆さま、準備ができましたので、順番にお帰りください」とアナウンス。え、帰れっていうの!? いったいご聖体はどこでいただけるの? と恐るおそる帰り支度をして、席を立つ。

 人の流れに乗って、行きも通った回転扉が見えるところまで行くと、あっ、司祭たちが扉の外で、チボリウムを持って待ってくださっている!



 これで安心して外に出られる。回転扉を出ると、神父様がたが並んでいらっしゃるので、信徒はそれぞれそこへ行って――

 神父様「キリストの御体(おんからだ)」
 わたし「アーメン」

 無事、ご聖体をいただいた。薄く、舌の上で溶けるタイプだった。
 細君とともに、ホッとして、30番ゲートの階段を下りる。



 知っている司祭はいないかなー、と人混みの中、キョロキョロしてみると――



 おっ、あれは、うちの教会の助任司祭様ではないですか。挨拶したいが、すでにバリケードの外に出てしまっているので、会いにいくことはできない。
 後日、「東京ドームの出口でご聖体を配っているお姿を拝見しましたよ」と伝えたところ、「いやー、暑くて大変でしたよ」とのこと。初冬だというのに、司祭服にあのカズラ、けっこう厚着だったらしい。

 さて、水道橋駅へ向かう人の波に乗って歩いていくと、朝も寄った物販売り場の横を通る。ここで再び物欲がムクムクと。

 わたし「(家族への)今日のお土産に、ドンボスコが出してるパパ様メダイでも買っていこうか」
 細君「そだねー」

 というわけで、物販コーナーへ。



 人混みはそれほどない。と思ったら――道理で、もうほとんどのグッズが売り切れ。買えるものがないのであった。
 ドンボスコのパパ様メダイも売り切れ。あー、もう入手できないのか。限定品だとは知っていたが、朝のうちに家族の分も買っておけばよかったと、ちょっと後悔。

 わたし「じゃ、帰りは東京駅経由で帰ることにして、そこで東京ばな奈≠ナも買っていくか」
 細君「らじゃ」



 外はもう真っ暗だ。TOKYO DOMEの明かりが名残惜しい。

 水道橋駅へ向かう歩道は、規制がかかっているほど大量の人混みになっていた。警察官が信号が変わるたびに交通整理を行っている。と、ポチ、ポチ、と雨が。流れない人混みで待っているうちに、雨はだんだんと本降り模様に。

 わたし「あちゃー。これは通り雨だからすぐやむよ。急ぐ旅ではないし、あそこのマックで雨宿りしていこう」

 ブランチをとったのとは違うマックに入り、そこで一服。ふぅー。
 隣席には、これもカトリックと思わしき年配のご夫婦が。お二人が、あまり話しかけられる雰囲気ではなかったので、特に雑談はせず。

 パパ様はすでに東京ドームを去り、安倍首相と会談のため首相官邸へ向かっているのだろう。
 実際に見たパパ様は、おつきの者がいつも周囲に気を配っており、だいぶ足がお悪くなっているような感じがした。82歳というお年にして、このハードなスケジュール。カトリックの頂点とは言え、神様と人間との間に立つお方。無理がたたらねばよいが、と神様に祈る(「【映画評】ローマ法王になる日まで」参照)。

 雨もだいぶ小降りになったので、マックを出て水道橋駅へ。予定どおり東京駅へ寄り、エキナカで「東京ばな奈」を買い、帰路に着く。

 家に帰って、服を着替えていると、あ、ない!

 細君「どうしたん?」
 わたし「ガーン。イクソスのネクタイピンなくしちゃった。あのときだ!」



 そう、入り口の金属検査でひっかかるかと、ビニール袋の中に入れた(右上に見える)イクソスのネクタイピン、あれがないのだ。今日はネクタイをして、その上にカーディガンを着ていたので、ピンがなくともネクタイがブラブラせず、帰るまで気がつかなかった。
 あのとき――指定された席について、あたふたと身支度を整えているとき、席の周りに落としてしまったのだろう。

 わたし「あー、ショック。あれは洗礼を受けたときからずっと使ってたタイピンだったのに」
 細君「思い出はともかく、なくしたのはまた買えばいいよ」
 わたし「……んだな。せっかくパパ様ミサに与れたんだから、明日から新しい日々を送りなさいという神様のお計らいかもしれないと思おう」

 というわけで、けっこう前から引っ張っていた伏線の回収はコレ。
 実際、タイピンをなくしたのは残念だったが、それほどショックを感じてはいないのは、やはりパパ様ミサに与れた喜びがとても大きかったからだろう。

 その余韻にひたりつつ、夜は早く就寝することにした。明日は火曜日。普通に仕事があるのである。

 日記形式はここで終わり。
 次回は、パパ様東京ドームミサの総まとめと、いろいろ後日に伝えたいメモなどを記したい。

 つづく!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年12月18日

【日記】パパ様東京ドームミサ・その6

 さて、ミサ中は録音および撮影は禁止。今まで怒涛のフラッシュがそこかしこで明滅していたドーム内も、シンと静まった。というわけで、今回は写真成分なしでいく。
 記憶を頼りに書いているので、実際とは違っているかもしれないが、そこは勘弁。

 今回の「教皇ミサ」のミサ式次第は、あらかじめ「POPE IN JAPAN 2019」のウェブサイトで公開されていたので、ざっと目は通していた。
 まず、教皇フランシスコ回勅『ラウダート・シ――ともに暮らす家を大切に』より「わたしたちの地球のための祈り」を、ドーム内の信徒全員で唱える。

 祭壇には六本のろうそく。それに火が灯される。
 そして入祭の歌は、このミサのためにつくられたオリジナル、教皇フランシスコ訪日公式聖歌「すべてのいのちを守るため」だ。
 ちなみに、今日、祭壇に高々と掲げられている十字架に、主イエスの磔刑姿はない。これはカトリックとしては珍しいわけだが、招待したプロテスタント諸教派や、その他宗教の宗派に忖度したのかもしれない。

 パパ様の「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti.(父と子と聖霊のみ名によって)」
 に呼応して、われわれ会衆も胸に十字を切り「アーメン」と返す。

 パパ様「Pax vobis.(平和が皆さんとともに)」
 会衆「またあなたとともに」

 そう、「あなた」なのである。ここは日本のミサでは、通常「また司祭とともに」と返すところ。ここが「あなた」になっているのが面白い。
 ラテン語ミサの原文では「et cum spiritu tuo.(またあなたの霊とともに) 」なので、こちらの方が「また司祭とともに」より原文に意味が近いのである。さすが教皇ミサ。

 そして回心の祈り。

 パパ様「全能の神と――」

 おぉお、日本語だ! パパ様が日本語で呼びかけてくださった!!
 あとはいつもの慣れた式文を我々が日本語で。

 会衆「兄弟の皆さんに告白します。わたしは思い、ことば、行い――」

 あわれみの賛歌は典礼聖歌203。カトリック信徒ならばみな慣れ親しんだメロディである。
 そして栄光の賛歌。これは英語。わたしは聞きなれない曲だ。ミサ式次第はザッと見していたのだが「栄光の賛歌」があるのだから、まだアドベントに入っていないのは当然だった。気づかなかった自分がうかつすぎる。

 パパ様の英語の集会祈願の後、一同着席。ことばの典礼に入る。

 第一朗読は創世記1:1,26-31a。ラテン語での朗読だ。
 続いて答唱詩編。典礼聖歌46番。これもみな、歌いなれた曲だ。独唱のシスターの歌声が素晴らしい。
 第二朗読は週日ミサなのでない。よってすぐにアレルヤ唱。全員起立。典礼聖歌271。これも何度も歌ったことがある。
 この五万人を収容した東京ドームで、歌いなれた聖歌をみなで響かせるという、なんという感動。

 福音朗読はマタイ6:24-34。「空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ(これは文語訳だが)」で有名な箇所だ。
 これは日本語で。パパ様ではなく、野口邦大神父様の朗読。よどみなく、明確で、淡々と、心に染みる、素晴らしい朗読だ。

 そしてパパ様の説教に入る。スペイン語だ。

 わたしはスペイン語はまったくわからない。所属教会に以前いらっしゃった神父様は母国語がスペイン語だったので、スペイン語圏の方と会話しているところに何度も居合わせたが、本当にスペイン語はなにを言っているかわからない。ところどころで「USBメモリ」という単語が聞き取れて、それだけがわかるので面白かった経験がある。

 というわけで、パパ様がなにをおっしゃっているのかわからないので、遠くにある大型モニターに流れる字幕が頼りである。しかしこれが(わたしの席からは)小さく、しかもなんとなく、字幕を入れ替えるタイミングが悪いのである。
 正直なところ、いただいたお説教は、後で公開されるだろう解説をゆっくり読もう、と思って、神妙にお言葉を拝聴することにした。

 説教のあとは共同祈願である。英語、ベトナム語、日本語、韓国語、タガログ語、スペイン語と、次々に述べられる共同祈願は、まるで聖金曜日の盛式共同祈願を連想させる豊かさだ。
 応唱は日本語で「神よ、わたしたちの祈りを聞き入れてください」だ。あそこのイタチは死によるでw(「【日記】あそこのイタチは死によるで!」参照)。

 一同着席して、感謝の典礼に移る。
 奉納の歌は聞きなれない曲。タガログ語だろうか? ちなみに、献金袋や献金籠の類は回ってこなかった。まぁ、五万人の会衆に献金袋を回したら大変なことになるだろうからね。

 一同再び起立。パパ様のラテン語の招きの言葉に続いて、会衆が答える。

 会衆「神の栄光と賛美のため、また全教会とわたしたち自身のために、
司祭の手を通しておささげするいけにえをお受けください」
 この式文は応えない教会もある。しかし、こうやって教皇ミサでも唱えるということは、会衆が応えるのが正しいということなのだろう。

 奉納祈願、奉献文の呼応と続き、感謝の賛歌。これはスペイン語だ。聞いたこともない曲。
 そして聖変化。鐘が鳴らされ、一同、頭を垂れる。東京ドームにひざまずき台はない(あたりまえ)。というか、カトリック協議会からの通達で、今、聖変化でひざまずくミサはほとんどないのかもしれない。

 菊池大司教様「信仰の神秘」
 会衆「死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで」

 奉献文の中で、菊池大司教様が「わたしたちの教父フランシスコ、しもべわたくし」とおっしゃるのが、いつもと違って面白い(いつもは司祭が「わたしたちの教父フランシスコ、わたしたちの司教タルチシオ菊池功」と述べるのである)。

 主の祈りは、わたしが「暗いバージョン」と個人的に呼んでいる、伝統的に歌われている方。暗いというからには明るいバージョンもあって(おそらくカトリック信徒ならこういう呼び方でわかるはず)、最近はこの「明るいバージョン」を歌う教会も多いが、今日は伝統的な「暗いバージョン」であった。

 平和のあいさつは、日本人らしく親指十字クロスの合掌で、周囲に頭を下げる。パパ様はハグしていらっしゃったようだ。

 平和の賛歌は韓国語。全然聞いたことがない。
 その間、司祭たちがご聖体をそれぞれチボリウムに入れてアリーナ席の中央通路へ離散していく。
 聖体拝領は――アリーナ席の信徒だけ。ほかの人々はいいなぁと指を加えながら拝領の歌を歌う。聞いたことのないタガログ語の歌、そしてけっこうメジャーな「あなたの平和の」。シメはかなり有名な「マラナタ」である。「マラナタ」はカトリック発の曲だが、最初あまり評価されず、プロテスタントの方で評判が高まり、カトリックに戻ってきたという、いわくのある曲だ。教皇ミサにふさわしい、エキュメニカルな曲である。

 菊地勲大司教様の感謝の言葉に続き、一同起立。派遣の祝福をパパ様からいただいて、胸に十字を切り、閉祭。あー、ご聖体をいただいていないと、どこか中途半端だなぁ。
 閉祭の歌は、これまたカトリック信徒なら当然知っている「ごらんよ空の鳥」だ。
 さらにダメ押しのように、オフィシャルテーマソング「PROTECT ALL LIFE〜時のしるし〜」。これがけっこう頭に常駐する。♪WE PROTECT ALL LIFE〜♪
 最後に、オルガニストや指揮者、聖歌隊、オーケストラの紹介がある。みな素晴らしかったです。ありがとうございました。

「以上をもちまして、本日のミサは終了となります」との女声アナウンス。「スタンドの皆さまへの聖体拝領は、この後、準備が整い次第行います。聖体拝領を受けられる方は、お席にて今しばらくお待ちください。なお、出口の混雑解消のため、規制退場を行います。案内があるまでお席にてお待ちください」

 とのこと。洗礼を受けた信者としては、ご聖体をいただかないと、ミサに与ったという気がしない。いったいどこでどうやってご聖体をいただけるのか、この先よくわからない。
 とりあえず、細君と椅子に座って待つことに。

     *     *

 この記事、読み返すと、ミサ全体を通して淡々と書いてきたような感じだが、実際にはずっと心が躍っていた。五万人の会衆と一緒に、慣れた聖歌を歌う喜び、多国語で唱えられる共同祈願、多くの人々との平和のあいさつ。そして「マラナタ」から「ごらんよ空の鳥」への流れ。ずっと感動しっぱなしである。

 つづく!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年12月14日

【日記】パパ様東京ドームミサ・その5

 解説しよう。「パパモビル」とはデビルマンとは関係なく、またパパ様が操縦するモビルスーツでもない。パパ様が一般拝謁時にお乗りになる自動車の愛称で、信徒からパパ様がよく見えるよう、多くはオープンカータイプで、パパ様が立ったまま進むため、手すりなどがついている。「パパモビーレ」と呼ばれることも。



 パパ様だ!
 デジタルズームでもう一度!



 ボケボケ(>_<) 一塁側バルコニー席で、コンデジではこれが限界だ。
 それでも、嬉しい! 嬉しい!! 写真を撮ってから、オペラグラスでパパ様のお顔を拝見する。
 今、わたしとパパ様を遮る物はなにもない。同じ空間、同じ時間にパパ様がいらっしゃる。なんという至福。なんという愉悦。

 東京ドーム内5万人のカトリック信徒が総立ちである。皆、受け取ったバチカン国旗、日本国旗、今回の訪日記念ロゴの旗を振り、大歓声だ。この熱気、この声援!

 アリーナ一塁側に信徒たちが集まっていた理由がわかった。みな我勝ちに、子ども(赤ちゃん)に祝福をお願いしに行っていたのだ。
(ちなみに、大人が抱っこして入れる赤ちゃんは、席はあてがわれないが、当選ハガキなしでも入場が可能であった)。



 パパ様が赤ちゃんを親御さんから抱きあげ、頬ずりしたり、キスしたりするたびに、東京ドーム内に「うぉおおおー」と歓声があがる。
 おっ、パパ様の後ろに、菊池功東京大司教区司教様がいらっしゃる。菊池大司教様もとても気さくな方で、わたしも何度か、細君と一緒に写真を撮らせていただいた。



 パパモビルはゆっくりと一塁側からホームベースあたりへと向かい、そこで鋭角に曲がって、祭壇へ向かう赤カーペットの道を進む。パパモビルと席が近いだけあって、この通りの人々は狂喜乱舞、みなスマホを持ち上げて撮影撮影また撮影。赤ちゃん連れはもう必死でパパモビルへ近づいて祝福をお願いし、大人は握手を求める。いいなぁアリーナ席。



 タイ、長崎、広島と、長旅でお疲れだろうに、パパ様は笑みを絶やすことがない。大型ビジョンに映るパパ様の笑顔、そして信徒たちの笑顔、大歓声、泣く赤ちゃん(笑) 5万人を収容したドームが、ひとつの生き物のように一体化している。
 この時、この場におり、この空気感を感じることができて本当に良かったと、本心から喜びがわき上がることを抑えられない。気づけば自分も、パパ様が赤ちゃんにキスするたびに「おおおーっ」っと言っている。
 オペラグラスで見つめていると、パパ様の左腕に黒いバンドがチラチラと。やっぱりチプカシMQ-24-7BLLJFをお使いなのかな?



 パパモビルは祭壇前で左折し、今度は三塁側のルートをとって回っていく。もちろんそちらでも、大歓声と祝福を求める信徒たちの嵐。そしてホームベースあたりまで行って、再び赤カーペットの道へ。アリーナの人たちは二回もパパ様と接近するチャンスがあったのだ。本当にうらやましい。

 やがてパパモビルは祭壇袖に消えて駐車(わたしの席からは祭壇裏がちょうど見える位置だった)。
 パパ様がゆっくりと祭壇に現れる。階段ではなく、スロープを使用していたと思う。さて、ミサの始まりだ。
 司式の神父様が、凛とした声でアナウンスする。
「これからごミサです。旗を振ったりせず、信仰を持って与りましょう」

 すーっと、5万人を収容した東京ドームから喧噪が消えた。
 教皇ミサの開始である。
 つづく!
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記