2016年07月28日

【昭和の遺伝子】映画館

今となっては信じられないが、昭和の映画館は、一日中、中にいられた。
中と行っても、劇場の建物の中に、という意味ではない、キップを買ってモギリを切って、その中に入るシアターの中に、一日中いられたのである。

なぜって、映画は入れ替え制ではなかったのだ。一度入ってしまえば、閉館時間までずっといられた。こういう仕組みであったから、指定席などはなかった(いや正確には、人気作にはそういうのを設けたシアターもあった。カップル席、とかね。わたしは利用した覚えはなかったが)。
カップル席、という言葉が出たように、当時は家族で人気作を見に行っても、混んでいて、みんな席はバラバラ、なんてことも珍しくなかったのだ。
それどころか、椅子に座れなくて立ち見とか、通路に新聞紙を敷いて座ってみる、なんてこともよくあった。

わたしが最初に意識して覚えている映画体験は、父につれられて行った「日本沈没」である。これは混んでいた。父が新聞紙を敷いてくれたので床に座ってみることができたのだ。
しかし、これは裏技であった。というのも、父は映画の最後のほうで劇場に入り、そうやって映画が終わるのを待つのである(そういうことがマナー違反とかにはならず、ふつうに出来た時代であった)。
映画が終わってエンドロールが流れ始めれば、席を立つ人々も出てくる、そこで、サッと席に座るわけである。
こういうのは、よくやられていたことで、特に誰に見咎められることもない昭和の風習であった。

これはもちろん、人気作の話。そうでもない映画の場合はガラガラで、中にはガラの悪いサボリの営業サラリーマンがタバコをふかしていたりしていた。

そうだ、大切なことを書き忘れていた! 当時は映画は「一本いくら」ではなかった。同時併映というのがあって、だいたいは一本分の値段で二本、人気作でもなければ三本も一緒に見ることが出来たのである。
だから、一本見ると順番に席を立つ人がいたりしたので、うまく席に座れたりできたのだ。

映画が一本分の値段で三本見られたり、入れ替えなしで何回でも見られた風習は、まだ平成の時代にも残っていたようにも記憶している。シネコン形式が次第にふつうになるにしたがって、なくなっていったような感じだ。
わたしの記憶だと「マトリックス」はあまりに面白かったので、細君と二回連続でみたという記憶がある。あれが昭和というわけはなかろうて。

そうそう、細君で思い出したが、前述、昭和の風習で、父につれられて映画館へ行くと、ラストのほうで劇場に入って待機し、また最初から観る、という裏技の話をした。
父は器用な人間で、なんと、その方法で最初から観て、途中からみたラストの方の部分まで観ると、もう帰るのである! 最後まで通して観ないのだ。「こっからさきはもう観たからいいね」なのである。これをこの稿では「父メソッド」と命名する。

わたしもそんな父につれられて映画を観に行くようになったものだから、実際、「父メソッド」が平気なのだ。頭の中でストーリーがつながって「ああ面白かったね」ができてしまうのである。

映画がこんなくらいだから、テレビの連続ドラマの間があいていたりしても全然平気。途中の回から観て、機会があったら最初の回から観て、それで頭の中でつなげて「ああそういう話なのね」というのが自由自在。途中が抜けていても補完されるからまったく問題ない。

血筋というのもあるのだろうか。わたしの姉も「父メソッド」を体得している、映画とまではいかないが、先に推理小説の犯人とかがわかっていても全然平気なタチ。むしろ、犯人がわかっているのに面白くない推理小説なんてダメだと言うくらい。まあコロンボなんかはもともとそうですけどね。ただそういうのではない、普通のミステリでもそう。横溝正史なんかも最後から読んじゃって平気。
あと、ホラー物で誰が先に死ぬとかわかっていても問題なし。

さて、細君は、そういうのがダメなたち。もう全然ダメ。最初のデートあたりで「父メソッド」をやろうとして激しく抵抗されてしまった。まあ、わたしも「父メソッド」が普通ではないと了解はしていたので、おとなしく細君に合わせるようしたのは文系男子として正解だったと思う。

まあやっぱり「父メソッド」が異常なんですな。実は今まで、ほかにこれができるという人に出会ったことがない。
ただ、あまりこういった話をしないからわからないだけで、けっこう物語作家にはこういうことができる人は少なくないのではないかとも思ってはいる。

おそらく細君(をはじめとする普通の人は)、物語をタイムラインの中で進行する川の流れのようなものだととらえているのだろう。
対してわたしやわたしの父のようなタイプは、物語をタイムラインでとらえていない。むしろ三次元的な構造体として考えているのである。

いろいろなパターンがあるから、必ずしもそうだとは言えないが、わたしが小説を書くときの定番パターンは、最初に冒頭部を書き、エンディング部を書き、最後に中間部分を書いて完成させる。これができるから、枚数の指定がある場合はピッタリに合わせことができる。ストーリーを流れでイメージしていない。限られた立地の中にどういう三次元の構造体を構築するかを考えている。そんな感じなのだ。

昭和の映画の話から、妙な小説論に話が進んでしまった。まあどちらの話も面白いから、そのうち、また、どちらかの話をやるかもしれない。
というところで今日はここまで。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子