2016年08月13日

【昭和の遺伝子】VAIOのMPEGはなぜ駄目だったか

「深夜のお茶会」に来たクレームの話の前座として、この話――VAIOのMPEGはなぜ駄目だったか――を書き始めたら、意外に長くなってしまったのだった。

しかし、この「VAIOのMPEGはなぜ駄目だったか」を前座としてまず読者にきちんと理解していただかないで斜め読みなどされると、むしろわたしの方がソニーに対してクレーマーになった話になってしまうのではという危惧も抱いたりもし、また、書いているうちに、これはネットにちゃんと(当時の)ソニーの体質というものを明示し残しておくべきだ、と考えが変わり、ひとつの記事にまとめることにしたのだった。

今時、MPEG1など扱う人もいないだろうし、該当機種のVAIO S610もすでに入手は不可能。被害に遭う人もいないだろうと、元記事を消したときは思っていたが、ソニーが(当時)そういう会社になっていた、ということを記録に残すことは意味があると考えを変えたのだ。

カテゴリは迷ったが、わたしが好きだったソニーは昭和のそれだったという意味から回想録ではなく「昭和の遺伝子」にした。

そう、わたしは以前、誰もが知るソニー党だった。ソニー製品が大好きで、プロフィールプロもベータプロもビデオカメラもレーザーディスクもみんなソニー。オーディオもウォークマンも、それに電話だってソニーだった。

なお、この記事は「深夜のお茶会」の1999年3月24日に掲載したものを元記事にしてリライトしたものである。

時代背景に触れておくと、問題にしているのはソニーが販売したVAIO S610という、MPEG1が録画できるPC。わたしはそれを購入して、売り物のMPEG1がとんでもない仕様であることを知って驚愕したのである。

まず、たとえ話を――
あなたはS社のDVDレコーダーで、コンサート番組の録画をしました。番組はもちろんステレオ放送で、臨場感のあるものでした。あなたはそのDVDディスクをS社のDVDレコーダーで再生しては、すばらしいステレオコンサートを楽しんでいました。

ある日、ふと、そのDVDディスクをS社以外のDVDレコーダーにかけてみると、なんということでしょう! 左チャンネルの音だけが、真中から聞こえてくるのです。
つまり、せっかくのステレオが、左チャンネルだけのモノラルになってしまっているのです。これでは臨場感のかけらもありませんし、右チャンネルに入っている音はまったく聞こえません。

あなたは慌てて、S社のDVDレコーダーで録画したDVDディスクを、S社以外のDVDレコーダー数機種で再生してみました。するとすべてのディスクが、見事に左チャンネルだけのモノラル再生になってしまいます。
何人かの友人に事情を話して、S社のDVDレコーダーで録画したディスクを他社のDVDレコーダーでチェックしてもらった結果、なんと、S社のディスクがステレオで再生できるのは、S社自身のDVDレコーダーだけだということが判明しました。

あなたは驚いて、S社のサポートに電話してみました。すると、S社のサポートは、一言――「ウチのDVDレコーダーではステレオで聞けるのだからいいじゃないですか。他社のDVDレコーダーの面倒まではみられません」

受話器からその答えを聞いたあなたは、頭の中が真っ白になっていくのを感じていました。


ソニーのPC、VAIO S610でキャプチャできるMPEG1 は、上のたとえ話とまったく同じ状況になっていた。VAIOだけを使っているユーザは気づかないがVAIOでキャプチャしたMPEG1を、他のマシンの標準的な Windows95・98 のメディアプレイヤで再生すると、標準状態では、左チャンネルの音が真中からモノラルで聞こえるという、間抜けなMPEG1になってしまうのだ。

この状態で、ステレオ再生することができないわけではない。メディアプレイヤのプロパティ、「詳細」タブから「MPEG Audio Decoder」を選び、そこで「1番」になっている「チャンネル」ラジオボタンを「両方」にすれば、そのときはステレオで聞くことができる。
しかし、この状態を「標準に設定」することができないために、いったんメディアプレイヤを閉じ、再び同じファイルを再生すると、また、左チャンネルの音だけが真中から聞こえるという、間抜けな状態に戻ってしまうのだ。

この、間抜けなMPEG1の正体は、VAIOがつくるMPEG1のオーディオモードが、「ステレオ」や「ジョイントステレオ」ではなく、「デュアルチャンネル」になっていることに起因している。これは本来、VIDEO CDのバイリンガルを実現するためのモードであって、つまりはニヶ国語モードであり、純正のステレオモードではないのだ。

ちなみに、VAIO自身がオリジナルで持っているMPEG Audio Codecは、このニヶ国語モードの両チャンネルを同時に流すことを「ステレオ」モードと呼んでいるが、MPEG1の規格から言えば、これが真の「ステレオ」モードではないことは、再度、記すまでもない。
「デュアルチャンネル」は VIDEO CDの二ヶ国語モードのために――と言ったように、MPEGファイルを VIDEO CDに変換する場合は「ステレオ」でも「デュアルチャンネル」でも VIDEO CDをつくることができる(これは規格でも許されている)。
そしてVIDEO CDの再生時は、同じようにステレオで再生されるが、それはあくまで結果的に同じになっただけに過ぎず、MPEG1の段階では、VAIOのMPEG1はあくまで「ニヶ国語同時再生」であって、ステレオではないのだ。

わたしはこのようなことを、ソニーのサポートに連絡して、バグフィクスしてくださるようお願いした。ちなみにその前にも、MPEG1キャプチャがコピーガード信号を誤検出する件を伝えドライバを直してもらっていたから、サポートへの連絡自体が無駄だとは考えていなかった。

わたしがサポートに伝えたいのは、「デュアルチャンネルはやめてステレオにしてください」の一言だけだった。技術的にはAAUのたった1ビットを寝かせるだけ。簡単な話だ。
しかし、これだけのことを理解してもらうのが、こんなに大変だったとは。
サポートの電話に出てくるお嬢さんたちは、まず、MPEG1がなんだかよくわかっていない。「デュアルチャンネル」と言ってもチンプンカンプン。「ステレオになってない」と伝えると、自分の耳で確かめもせず、「でも、MPEG Audio Decoderのプロパティにはステレオにチェックが入っていますから」という。
こちらが丁寧に「その機種で録画できるMPEG1はもともと二ヶ国語モードですので、ステレオ・モノラルチェックは無関係なのです」と説明しても(あちらが)納得しない。

何回も似たようなやりとりを繰り返し「ステレオだといったらステレオですから」と言い張る担当者から他の人間に変わると、今度は――

「VAIOでステレオで聞けるならいいじゃないですか」

正直、ここで一挙に、やる気が失せた。
サポートはこちらが伝えたい技術的なあちらのミスを、コンセントが抜けた程度のナンセンスクレームだと考えているのだ。技術の人間に伝える気もないらしい。

パソコン初心者ユーザに、マウスやキーボード、Windowsの使い方を優しく教えることだけがサポートだと考えているのなら、そんなサポートはすでにサポートの意味がない。わたしはなにより、ソニーに脈々と流れてきた、不器用なほどの「技術のソニー」こそが好きだったというのに。

ああ、ソニーはこういう会社になってしまったのだ。わたしの好きだった技術のソニーは、大会社病になってしまい、いちユーザーの技術的なまともな指摘を無視するようになってしまったのだな。

わたしはこの時点で、ソニーに改善を要求することをあきらめ、VAIOでキャプチャしたMPEG1をデュアルチャンネルからステレオに矯正するソフトウェアを制作して発表した。
自作をシェアウェアにすることはもともと好きなタイプではなかったが、これはソニーの無責任を肩がわりしたものであるので、そのリソース分としてわずかな額だがシェアウェアとさせていただいた。

これが当時の経緯である。元記事にはもっと技術的な話が書いてあったが、本記事では割愛させていただいいた。

さて、平成もこれだけ経った今になって思うのだが、実は「技術のソニー」というのが、昭和の遺伝子の誤解だったのではないか、と、わたしは思うようになった。
「正確には【独自】技術のソニー」。だからこそ、比較するものがなかったから、一見、優れているように見えるだけなのである。

ところがネット時代はそうではない。MPEGだって、ちゃんと規格があるのである。そういうのを無視して【独自】技術で突っ走ろうとしたってボロがでるばかりなのだ。

MPEGのいいところは、NTSC、PAL、SECAMの差をポーンと越えて、世界中のPCで再生できる動画というところなのだ。規格には制限があるが、それにはそれなりの意味があるのである。ソニー一社が「ステレオとデュアルチャンネルの差がよくわかんないからデュアルチャンネルでいいや」とやってしまっていい話ではないのである。

音楽再生フォーマットにしてもそう。結局はmp3が覇権をとった。ATRACぷ。ソニーの【独自】技術が通用しない世界、それがネットなのである。

振り返れば、わたしの身の回りから、ソニー製品はガクンと減ってしまった。この件が原因ではない。わたしはいいものはいいものとしてこだわりなく購入するタイプ。
今は本当にヘッドフォンくらいしかない。ま、一応ステレオで聞こえますしね。

真面目な話、これからソニーがまた以前のようなブランドに戻りたいと考えているのなら、「このネット時代に【独自】は裏目にでる、規格を守り、規格の中で最良の製品を作る」ことを一義にすることを心するべきだ。

もちろん、これはソニーだけの話ではなく。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子