2016年09月02日

【カットリク!】新・警視庁捜査一課9係「殺意のロザリオ」・その1

「新興宗教カットリク!の研究」カテゴリの第一回目は、わたしが「カットリク!」の存在を確信したある刑事ドラマの一本から。

新・警視庁捜査一課9係 第3話
2009年7月15日21:00〜にテレビ朝日系で放映
サブタイトル「殺意のロザリオ」

当日の新聞のラテ欄にもこんな紹介記事が載り、否が応でもガチカトとしては観なくてはという気分が高まる。当然録画もしなくては。


(画像は当日の朝日新聞ラテ欄「試写室」より引用(著作権法第32条))。

あらすじ1――
ドラマはまず、教会の門の入り口から始まる。大雨の中、どこか禍々しい雰囲気だ。もう夜である。
門には次の看板が貼られている。「聖マリエル教会」




なお、以降、画面キャプチャは同日放送の本ドラマからの引用(著作権法第32条)である。

まず「聖マリエル」という聖人は(わたしの調べた範疇では)存在しない。それは迷惑がかからないようにということで、架空の設定ということでいいと思う。

ただ、カトリックの教会名は、通常、その地域の名前を取ってつけられる。たとえば架空の地名「角鵜市」という街に建てられた教会なら「カトリック角鵜教会」とか「角鵜カトリック教会」がふつう。

とはいえ聖人と無関係ではない。カトリック教会の聖堂は特定の聖人に捧げられて献堂されるものだからである。
なので「カトリック角鵜教会・聖ヨセフ」となることもある。
祭壇にはその聖人の聖遺物が埋められる。これはどのカトリック教会でもそう。昔はその聖人が帰天した方向に向けて祭壇を設計したというが、この規定は今はだいぶゆるくなったとのことだ。

それでも、通常、看板に「聖ヨセフ教会」と【だけ/傍点】書くことは「絶対にない」。

となると、これはカトリック教会ではなく、プロテスタント教会?

と、その前に、日本人は本当にキリスト教にうとい。カトリックとプロテスタントの区別がつかない方も多いのではないかと推察されるので、その説明をほんのちょっとだけ。

 カトリック:キリスト教界の自民党(だいたい与党)。
 プロテスタント:キリスト教界の野党。

だと思っていれば、まあ間違いはない。

さて、プロテスタントは(通常)聖人というものの存在を認めていないので、聖マリアとか、聖ヨセフとか呼んだりしない。聖人名をつけたプロテスタント教会など存在しないと言っていい。

カトリック教会でもなく、プロテスタント教会でもない。では、この「聖マリエル教会」とはどんな存在なのだろう?

日本にはあるのである、教会ではないのになのに聖人名をつけた不思議な施設が。
それが「結婚式用のなんちゃって教会」!

なるほど、このドラマは、そういう「結婚式用のなんちゃって教会」で進む話なのだな――と、ガチカトは教会名だけで0.5秒でここまでの考察にいたる。

あらすじ2――
大雨の中、教会の鐘がなる。そして聖堂の十字架にカメラがアップしていく中、サブタイトル「殺意のロザリオ」。
「ある夜、暗い森に迷い込んだダンテは、師、ウェルギリウスの案内によって地獄へと足を踏み入れます」
この声を背景に、シーンは聖堂の中へ。司祭が説教の最中であった。
「そこで彼は見たのです。神聖を金で売った聖職者たちが炎で焼かれるのを」


なんと、製作者は「結婚式用のなんちゃって教会」ではなく、本物の「教会」という設定で話を進めようとしているらしい。「カットリク!」キター!



聖堂の中には、信徒が数人。この時間のミサということで、これは日曜日(主日と呼ばれる)の前日、土曜日の主日ミサだということがわかる。
教会の一日は、日没に始まり、日没に終わるので、信者数の多いカトリック教会では、土曜日の日没後に主日ミサを行っているところがあるのだ。なのでこの教会はそこそこ信者数が多い設定で、祭服は緑だから典礼暦は「年間」。つまり年の明けた冬のわずかな期間か、あるいは春から初冬までの物語だな(詳細略)、と、ガチカトはそこまで瞬時に察する。

ベールをかけた信徒も数人見られる。ので、これはプロテスタント教会の設定ではない。
それは、司祭の後ろの十字架でもわかる。カトリック教会の十字架はイエスの磔刑像だが、プロテスタント教会はシンプルな十字架である。

お聖堂(おみどうと読む)の中では、司祭が説教の真っ最中である。それもなんと、祭壇の真ん中で。ありえない! 普通は朗読台へ移動する。しかも前にしているのはミサ典礼書。



内容もダンテの「神曲」。ない、ない、絶対ない(笑)。どうしてダンテが自分のストーカー欲を満たすために書いた小説が、説教に、笑い話のツカミ用でもなく大真面目に使われるのか。いやここは笑うところ?

おそらくこの司祭の司牧能力はかなり低いと思われる。その証拠に、説教の途中に信徒が耳を傾けることなく、みんななにか読んでいる。ダンテの神曲などという説教の内容が「聖書と典礼」とリンクしているわけもないので、おそらく話がくだらないので、教会広報誌とかを眺めているのだ。

ちなみに「聖書と典礼」とは、毎週、カトリック教会のミサで配られる、ミサ進行のためのパンフレット。
事件が放映日の2009年7月15日直前に起こったと考えるのだとしたら、2009年7月12日のコレがそう。


(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」より引用(著作権法第32条))

この日の第一朗読はアモス7:12-15、第二朗読はエフェソ1:3-14、福音朗読はマルコ6:7-13。ダンテの「神曲」なんぞが入る余地は微塵もありませんな。
それでも、せめて信徒がこれを手にしてれば「らしかった」のにねぇ。

カメラの角度のせいで正確なところはわからないが、祭壇後ろ左側にマリア像、右側はヨセフ像だろうか。聖櫃および聖体ランプは確認できない。

ここまでで、カットリク!のポイントがいくつか見えてきた。まとめてみよう。

カットリク!ポイント1――
カットリク!では教会に「聖ナントカ教会」と名づける。


カットリク!ポイント2――
カットリク!では司祭が祭壇の真ん中で説教する。


カットリク!ポイント3――
カットリク!では、司祭がミサの説教でダンテの「神曲」を真面目に解説したりする。


少しだけカットリク!のつかみが見えてきたような気がしつつ、その2に続く。

ところで――わたしは、道で暴漢に襲われ殺されでもしたら、新聞に「結城さんは毎週教会に通う敬虔なカトリック信者だった」と書かれる程度にはガチのカトリック信者だと思っているのだが、カトリックも一枚岩ではなく、わたしが経験で知った知識が、他のカトリック信者のそれと違っていることもまま考えられるということは一筆書いておく。

なるべく、ひとりのカトリック信者として最大公約数的に「これはおかしいでしょ」というツッコミをしているつもりだが、あくまで【ひとりのカトリック信者の感想/傍点】ということで、カトリック信者全体からの指摘ではないということを承知の上でお読みいただければ幸いである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究