2016年09月14日

【回想録】パソコン通信の思い出・その1

1990年代、「パソコン通信の雄」と言えば、NECが運営している「PC-VAN」と、富士通と日商岩井が運営している「ニフティサーブ」の二社だった。そのあたりの思い出を掘り返していく。

まず「ニフティサーブ」だが、自分が会員になったのは、1992年か1993年。ニフティサーブ暦の中で早い時期なのか遅い時期なのかわからない。

前々からパソコン通信はやりたいとは思っていたが、ちょうどニイヨンモデムをいただいたので、それじゃあいっちょ始めてみるか、と腰を上げたのだった。

会員になる方法がもう記憶の泥沼の奥なのだが、確かなにかの雑誌や書籍に袋とじのトライアル番号みたいなものがあって、それで最初にログインして会員になるとかだったと思う。それでひとつ、アカウントを取った覚えが確かにあるのだ。

が、わたしは、どうせだからとニフティサーブのクレジットカードを作成して、それで会員になり、そちらのIDをメインで使っていたはず。というのも、そうやってIDを作成すると、細君と連番でIDが取れたからである。

取ったIDはK******5とK*******6。細君のIDはとっくに退会済みだが、自分のIDはまだ生きている(このIDをご存知の方、これに@nifty.comをつければわたし宛に直接メールも送れますヨ。最初はスパムフォルダに入ってしまうかもしれませんが)。

使ったソフトはX68000のフリーの通信ソフトだった。これの名前を忘れてしまった。毎日毎日使っていたのに……。TMN、だったかなぁ。そうだ、西表山猫さん作のソフトTMNだ。間違いない。マクロが使えて、オートパイロットを自分で組める通信ソフトである。

初日にしたことは、もうニフティサーブの会員だった知人に「入りましたー」とメールすることだった。
なんでそんなことを覚えているかと言うと、このとき、翻訳家の大森望先生にもメールしたのだが、結局、お返事をいただけなかったから。大森先生にだけは、華麗にスルーされてしまった。

実は大森先生は、S社時代わたしの担当編集者だったのだが、その頃から、なぜかあまり好かれているという印象はなかった。が、若く病前のわたしは鈍感力が強かったので、それに気づいていなかったのである。若いっていいよね。

さて、ニフティサーブにはいろいろなテーマを扱う「フォーラム」があって、みな、それを目的にアクセスしているようなものである。
「フォーラム」のシステムを、今の人にどうやって解説しよう。2ちゃんねるに対比するとわかりやすいかもしれない。
各フォーラムは、2ちゃんねるでいう「板」である。

ニフティサーブにログインして、目的のフォーラムへは、GOコマンドで行く。

>GO FIMASARA
<いまさらフォーラム> FIMASARA
1:お知らせ 2:掲示板 3:電子会議
4:データライブラリ 5:会員情報 6:リアルタイム会議
7:SYSOP 宛メール 8:オプション 9:保守 E:終了


すると↑の感じのメニューが表示される(微妙に違うのは、これはスタッフ用メニューだから)。

「掲示板」とあるが、これはフツー、まともに機能していない。ただの書き捨ての場所だったと思う。

フォーラムの華は「電子会議」と呼ばれる20の掲示板だ。これはいわば2ちゃんでいう「スレッド」である。

「電子会議」にはストック型とサイクリック型の二種類がある。どちらも999発言を保持できるが、サイクリック型は999発言を過ぎると古いものから削除され(FIFO)、マックス65535発言までできる仕組み。
2ちゃんねるでは999発言でひとつのスレッドが終わってしまい、次のスレッドを立てるので、ニフティサーブでいうなら「ストック型」となる。

ストック型にしろサイクリック型にしろ、上限が来てしまったら、スタッフが新しく会議室を刷新しなけばいけない。

そう、スタッフ――フォーラムスタッフはニフティサーブの社員ではない。志願して、そのフォーラムを作成したボランティアである。
そのフォーラムの責任者である「シスオペ(SYSOP)」と「サブシス(SUBSYS)」がいる。
スタッフはそのフォーラムのアクセス料金を免除されるという特典があった(通称、フリーフラグ)。
が、細かいことには守秘義務があり、そのあたりのことは闇の中となっている。

えっ? フォーラムのアクセス料金? と思った方がいらっしゃるかもしれない。そう、ニフティサーブは従量課金、一分いくらでお金がかかるのである。
そのあたり、書き込みすると課金される2ちゃんねる料金とはちょっと違いますな(信じないように)。

つまり、「パソコン通信」をやるには「電話代の従量課金+ニフティの従量課金」がかかったわけである。今のネットとは違い、ある程度、経済的に安定した大人でないと使えないメディアでもあったわけだ。

今のように常時接続が当然の時代からは信じられないだろうが、アクセスしたら必要なフォーラムのログをダウンロードしてすぐ切断。それを読んで、レスしたくなったらオフラインで書き、またログインして書き込みすぐ切断。という時代であった。
オンラインのまま書く場合は「オン書き」といわれ、多少の誤字やコントロールコードの混入などは多めに見てね、という言い訳に使われた。

「フォーラム」には、二つの「リアルタイム会議」がついている。これは今で言うチャットである。

それと「データライブラリ」。これは過去ログやフリーソフトを置いておく場所である。2ちゃんねると違うのは、過去ログがとても大切にされていたこと。理系にしろ人文系にしろ、フォーラムにとって、過去ログは大きな財産であった。

従量制のアクセス料金がかかるので、「電子会議」では、つまらない短文のレスは大変嫌われた。通常は、中身があり読み応えのある長文のレスが望まれ、また、発言には必ずIDが紐付けされていたものだから、良い書き込みをする人は、その蓄積がその発言の信頼性の担保にもなっていた。

実際、子どもでも書き込め長文が嫌われる2ちゃんねると違って、ニフティサーブの書き込みは、それなりにみな情報価値が高かったし、そうであろうと多くのユーザが努めていた。

また、大人同士がやっているものだから、礼儀はみな正しすぎるほど正しかった。インターネット黎明期の「現代用語の基礎知識」に「ニフティの人」という項目があったほどだ。「やたら丁寧な人」という意味。
確かに、初めて2ちゃんねるにアクセスしたときは、そのタメグチの応酬にクラクラしたものだ。まだfjの方がましだと。fjについては、また機会があるときに

だいたい自分の興味があるフォーラムをいくつか回ってログを落とし、読んで、自分に答えられる内容や興味がある内容にはレスし、たまにチャットをやって、というのが、普通のニフティサーブライフだったのではないだろうか。

わたしはダボハゼのように興味があればすぐフォーラムに本入会し(フォーラム自体にも仮入会というのがあった)いくつも回っていたし、フォーラム自体も廃止されたり統合されたりがあったので、ココが常駐場所、といえるのはFSHARPだけだった。というか、FSHARP以外ではほとんどROMで、発言はほとんどしなかったと思う。
生ログが128M MO数枚に入っているので、それが読めればよいのだが……。

あと、パッと思いつくのは、FPANAPC、FDELPHI、FPCVA、FRENAI、SBORLAND、最初の一文字がFなのは通常のフォーラム、Sなのは企業の公式フォーラムを表す。

常駐場所はFSHARP、だったのは、やはりX68000をメインに使っていたからである。

が、わたしがニフティサーブに入会したとき、このFSHARPは問題を抱えていた。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録