2017年06月26日

【日記】ヅラ疑惑

その昔、「深夜のお茶会」という個人サイトを開いているとき、妙にアクセスが多いページがあったのである。

そのページは、プレイステーション版「同級生2」というゲームの付録についてくるフィギュアについて触れていたものであり、そのキャラクターの髪がカポッと取れる仕様になっていたため(いや正確には、カポッとつけて完成させる仕様なわけだが)、「ヅラ疑惑」というタイトルをつけて、確か週刊誌風に面白おかしく書いたページであった。

そのページのページビューがけっこう多かったのである。そんなに評判がいい理由はなんだろうとアクセスログを精査してみると、なんと「ヅラ疑惑」という検索ワードでいらっしゃる方が大勢いた、というのが真相なのであった。

世の中のみなさん、そんなに「ヅラ疑惑」を検索しなければいけない日々を送られているのだろうか……。見破る立場の方なのだろうか。それを阻止する立場の方なのだろうか。興味はつきない。

そのときのページがHDDから発掘できたので貼ってみる。


(クリックで拡大できます)

いやぁ、しょうもないページを作ってましたなぁ(笑)。

自分がハゲるかどうかは、「母の叔父」を見ればわかる、と聞いたことがある。「母方の叔父」ではない。「母の叔父」である。
本当かどうかはわからないが、わたしの父も両祖父も髪が寂しい状況であったにも関わらず、母の叔父がフサフサであったわたしはフサフサである。
いや、年齢並に後退はしていると思うが、ベジータではあってもナッパではない。今のところはね。

父も両祖父も、そういう状況だったから、若い頃から覚悟だけはしていた。細君にも「薄くなったらヅラなんて使わず逆にスキンヘッドにするからね」と宣言していた。

指の手術後、衝動的にQBハウスで丸坊主にした話はすでに書いたが、そのとき、スキンヘッドも試してみなかったことを後悔している。
髪の長さが戻っていったら、教会でなじみの信徒に「お、若返ったねぇ」と言われた。自分ではそんなに感じていなかったのだが、やはり髪があると若く見られるのだろうか。

わたしは年相応に老けて見られる方が好きなので、髪の量はともかく、白髪が増えるのは歓迎である。白髪でフサフサの年輩の方を見ると、とてもうらやましい。

ハゲと言えば、聖書にはこんな記述がある。

エリシャはそこからベテルに上った。彼が道を上って行くと、町から小さい子供たちが出て来て彼を嘲り、「はげ頭、上って行け。はげ頭、上って行け」と言った。エリシャが振り向いてにらみつけ、主の名によって彼らを呪うと、森の中から二頭の熊が現れ、子供たちのうちの四十二人を引き裂いた。(列王記下 2:23-24)


率直に言って、あまりにひどい内容であるので、いろいろな解釈がなされている箇所であるが、まあ教訓として言えるのは「ハゲを莫迦にしてはいけない!」ということである。

カトリック教会では、主日ミサのたびに「聖書と典礼」というパンフレットを配布する。その表紙には、折々の美しい聖画などが描かれているのだが、ある日のパンフレットにはこのようなものが印刷されていた。



これだけではわからないと思うので、左端の柱の文言をアップに――



おぅ、「カール禿頭王」!

自分「おっ、今日の表紙はカールハゲアタマ王か」
細君「(苦笑)トクトウ王って読むんじゃないの?」
自分「いいんだよ細かいことは!」
細君「熊がくるよ!」
自分「やばい、熊くるか。主よお許しを(十字を切る)」

諸説あるが、カール禿頭王は、カトリックへの敬虔を自ら表すために剃髪をしていたのだという(説もある)。わたしのような不敬の輩にどうこう言われる筋合いはない。ごめんなさい。

熊こないでぇーッ!

追記:この記事は字下げしていないことからおわかりいただけるとおり、ずいぶん前に書いていたものなのだが、時事ネタのたびにラストに回されていたものなのであった。
が、このところ、豊田真由子議員の「このハゲーッ!」という暴言が話題になっているので、急遽ラストから今日の記事に回してきたのである。
二頭の熊は急遽、豊田議員の元へ向かっている最中……かもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記