2017年07月16日

【書評】春の呪い

 小西明日翔「春の呪い」1〜2巻(完結)

 初読だが、よいマンガであった。おそらくわたしの人生で、これからも、二度、三度と読むようになる気がする。

 と、上の行を書いてから、残りは寝て起きて書こうと思ったら、どうにもたびたび早朝覚醒してしまう。そのたびに本作のことを思い出して、いろいろ考え、また眠りにつくという繰り返しである。
 自分でもそこまでと気づいていなかったが、かなり感動していたのだろう。

 あらすじに触れる前に――
「妹が病気で他界し、その姉が、妹の婚約者とつきあうようになる。妹の婚約者は、妹が他界する前から、姉に心魅かれている自分を感じていた」
 こう書いたら、「なんて不品行な姉だ!」「なんて不誠実な婚約者だ!」と拳を振り上げたくなるだろう。
 このお話は、そういうストーリーだ。だが、ことはそう単純ではないのである。

 あらすじ――
 やんごとなき血筋を持つ柊冬吾と立花夏美は、秘かに交際している。夏美の妹、春と冬吾は、血筋の関係で婚約者であった。しかし春は19のときに病で他界してしまい、葬儀場で冬吾は、春が他界したのなら夏美と付き合ってみることを淡々と彼女に言う。あまりにひどい提案。夏美はそれに対し、ひとつの条件をつけた。「春と二人で行った場所に、わたしを連れて行ってくれませんか?」
 そして二人は、春への罪悪感を持ちながら、冬吾と春が過去にデートしたという場所を巡っていく――。


 ここから先はネタバレも多いので、ネタバレなしで本作に触れたい方は、別ページへ移動していただきたく。しかし、良作である本作をとても紹介したいという自分の気持ちもまた、抑えられない。



「物静かで頭のいいショートカットの大和撫子」の春と比べ、夏美は「うるさく騒がしく前に出るタイプでロングヘア」である。しかし春と冬吾が交際中、夏美はそれを隠していたのである。
 しかし冬吾はそんな夏美の正体にいつしか気づき、惹かれるものを感じていた。それを一切おくびにだすこともなく。

 冬吾は家柄も才能もあるイケメンで、いわば少女マンガで言えばよくあるタイプ。わたしはたいてい、こういうタイプに好感を覚えないのだが、不思議と彼にはそれを感じなかった。
 それは彼が「誠実」であったからだろうと思う。
 春と婚約していながら、姉の夏美に惹かれている男を誠実か? と疑問に思うのなら、それは考え方が間違っている。彼はそれをまったく表に出さなかった、それが誠実というものなのだ。

 たとえば、女の結婚詐欺師が、資産家の男をだまして遺産を奪ってやろうと思い結婚する。が、彼女はその資産家の男が死ぬまで誠実な妻を努め、資産家の男は彼女に看取られて幸せに息を引き取り、女は遺産を受け取った。この女を、誰が「結婚詐欺師」だという事ができるだろうか。これが「誠実」というものである。
 別の話。たとえば、ある女が男を好きになった。とても心から愛して結婚した。ところがその後、街で、昔好きだった男に出会ってしまう。女は心変わりをして、「自分に誠実でいたい」と夫と離婚する。いったいこの女のどこが「誠実」か?

 冬吾は、夏美に惹かれている。それは事実だった。春はそれに気づいていた。それは春が本当に彼のことを愛していたからだ。



 冬吾モノローグ「そうして病院を訪れるたび、いつでも春の陽気を纏っているような女と交際を続けながらも、実際はその女の姉を無意識に探っていた」


 冬吾と夏美は、かつて春と冬吾が回った場所を訪れていく。旧相馬庭園、バッティングセンター、美術館。
 妹「春」にかけられた呪いを感じながら、もともと明るい性格であった夏美も冬吾に心を開いていく。
 そしてついに、無意識に冬吾を「夏祭り」に誘ってしまうのだ。それは、「春」の知らないデート場所であった。それは彼女が冬吾に出した「春と二人で行った場所」という制限を破ってしまうことであることにも気づかず。

 もう二人の交際は終わりにしなければならない、と、冬吾は言い、淡々と、誠実に、かついきなり、夏美に告白をする。



 冬吾「俺がお前に好意を抱いていると、孰れお前も気づいていたんだろう。隠していたつもりもないが、到底お前の情が俺に傾くとも思えなかったので、話す必要性を感じなかった」


 二人は別れを選択する。夏美はやっと気づく、春と一緒に彼が行った場所を巡るという条件は、尋常ではない罪悪感を彼に感じさせていたはず、と。しかし、彼はそれを一言の恨み言も言わずやりとげてくれた。



 妹「春」の足跡をネットに追って、夏美は春が書いていたブログを見つける。そして――



 話は進み、夏美は罪悪感に苛まれながらも、やはり冬吾を好きでいる自分を抑えられない。冬吾もまたそれは同じであった。

 事情があり運び込まれた病院で、夏美が冬吾と再会するシーンが圧巻だ。



 二人は決して、「春の呪い」を乗り越えたのではない。「春の呪い」をあえて甘受して、そのつらさの中、苦しみの中でも、二人の愛を成就することを決意するのである。

 夏美は家を出て、冬吾も家柄を捨て、二人の男女として生きていくことを決める。「春の呪い」を思う夏美は、後ろを振り向いてみる、そこには、誰もいない。そこで初めて、夏美は「春が死んでしまった」という事実を受け入れる。





 そして冬吾も、最後まで誠実だ。決して「春も我々を見守ってくれる」「春も喜んでくれているよ」などというような、少女マンガにありがちな自己中心的なことは言わない。

 冬吾「俺もお前も、本当は呪われてなどいないのかもしれない。…だが、それが解ける瞬間は恐らく一生来ることはない。俺にも、おまえにもな」


 二人は、「春の呪い」とともに、前を向いて生きていく。しかしその「春の呪い」は、二人にかけられていた、もっともっと大きな「生家の呪い」を解いてくれてもいたのだ。

 単行本に初出の「番外編1」「番外編2」が短いながらも良い。これで読後感が実に爽やかに。
「春の呪い」を解くことはできないだろうが、この二人の暖かい、ラブラブな話をもう少し読みたいとは思いつつ、二冊というボリュームで美しくまとめたストーリーテリング力に感服する。これが一冊でも、三冊でも、どこかアラがでていただろう。

 マンガでも、小説でも、その作家の力量が一番試されるのは中編だと思う。長編だと冗長で編集者に無理矢理ストーリーを伸ばされた駄作になり、短編だと名作というより佳作になる。
 本作はその点でも素晴らしいと思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評