2018年05月05日

【回想録】冨田勲の思い出

 今日、5月5日は、2年前に他界された、冨田勲氏の命日である。なので、その思い出をひとくさり。

 最初に冨田勲のアルバムで聞いたのは「惑星」であった。そのときの衝撃は、ちょっと言葉にできない。あれは、中学一年の時だったと思う。
 もちろん、それ以前にもオーケストラ版ホルスト「惑星」は聞いたことがあったが、編曲を越えた翻曲とでも言うべき冨田勲の「惑星」は、まだ若く柔らかかったわたしの脳を一挙にトミタ色に染めたのであった。
 だいたい、出だしからしてショッキングである。オルゴールで奏でられる「木星」のテーマからどうやら宇宙飛行士同士の無線通話になり、一挙にロケットで打ち上げられ、おどろおどろしい「火星」が始まる。まるで映像が目に浮かぶようであった。

 それからトミタ・サウンドにハマり、中学、高校と冨田氏のアルバムはすべて買っていたはずだ。

 過去作の「月の光」――美しいドビュッシーの表題作はもちろん、ゴリウォークのケークウォークのようなコメディタッチの曲も楽しかった。
「展覧会の絵」――サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレの音色が逆転していて、労働組合が強かった時代背景を写しており面白い。冨田版のこれも好きな一枚だが、やはり「展覧会の絵」はホロビッツの1951年のカーネギー・ホール版が好きかなぁ。
「冨田勲の世界」――シンセサイザーでの曲の制作過程をレコード二枚分にしたものも購入。これは完全にファン向け。音を重ねるにつれ、「ダフニスとクロエ」の冒頭部がどんどん重厚になっていくのに驚いた。

 冨田勲がモーグシンセサイザをお使いになられていたのは有名な話だが、氏はシンセのみでの音作りにこだわっていらっしゃってはいなかった。「惑星」冒頭のオルゴールも、テープに穴を開けて演奏する本物のオルゴールを用いて、浴室で演奏して録音した、と聞いた覚えがある。
 そのあたりの柔軟さが、お年をめされて「初音ミク」などが出てきたとき、シンセの大御所として否定的どころか大歓迎されていた姿勢につながっているのだと思う。

 そして「宇宙幻想」――ちょうどスターウォーズブームで、そのテーマ曲が入っている。楽しい一枚。良く聞いたが、正直、それほど好きなアルバムではない。
「宇宙幻想」からCDへと変わり、わたしが一番好きなトミタ・サウンドがその頃の「Dawn Chorus」だ。


(レコードからCDに買い換えたものも多数。背景に見えているグラフのようなものが「第一ストリングセクション」の獅子座AD星′度曲線)

「Dawn Chorus」は、それまでのトミタ・サウンドとは違い、ずいぶんシンセのケレン味が薄くなったという感じである。
 冨田氏はこのアルバムの作成にあたって、それまでの単純な波形をシンセでいじるのではなく、いろいろな天体の波形≠音声として使う、ということにチャレンジしていらっしゃった。
 たとえば第一ストリングスには、獅子座AD星≠フ光度曲線を、ハープシコードにははくちょう座SS星の光度曲線≠、という具合。そのチャレンジ精神に脱帽である。
 このアルバムの「三星のカノン」は、もう、何度聞いたかわからない。
 それまでのアルバムの中で、音色などが一番「シンセらしくない」出来栄えだというのに、一番宇宙を感じさせる一枚になっているのが面白い、と、当時、友人にお勧めした記憶を思い出す。

 これほどの大御所となると、自分が作り上げてきたものに固執して、新しい技術やサウンドに否定的になってもおかしくない。いわゆる「老害」である。しかし冨田氏はそういったものとは無縁であった。
 前述したとおりボーカロイド「初音ミク」が登場してきたとき、冨田氏は否定どころか大歓迎で、すぐに自分の音楽に取り入れられたのだった。

「イーハトーヴ交響曲」ではトミタ・サウンドと初音ミクの共演が果たされている。


(『ISAO TOMITA feat. HATSUNE MIKU 世界初演生中継・富田勲「イーハトーヴ交響曲」東京オペラシティコンサートホール』より引用)

 冨田勲の本当に凄いところは、この「気持ちがいつまでも若いところ」なのだろうなあ、と思う。2016年5月5日に亡くなられるまで、穏やかそうなお顔の下に、好奇心という「攻め」の姿勢が常に変わらなかったのだ。

「老害」というのは、要するに「守り」である。「守り」に入ったものが「攻め」てくる相手へつくる城壁が「今の若い者は――」なのだろうと思う。
 わたし自身、そういうところが多々あることを自覚している。これは良くない。

 今夜は久しぶりにトミタ・サウンドの「惑星」を聞いて眠りにつこう。冨田氏の「攻め」の人生を、せめて少しでも我が身にも、と。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録