2017年11月28日

【回想録】科学と学習の思い出

「♪まだかなまだかなー、学研の、おばちゃんまだかなー」というCMソングは、どのくらいの世代にまでわかるのだろう。最近はこのCMもとんと見なくなった(というか、テレビ自体を見なくなったわたしに、こんなことを言う資格もないわけだが)。

 実はわたしは、このCMより「前の」世代。Before Madakanaである。しかもおそらく、BM20年〜BM30年。わたしが「学研のおばちゃん」を楽しみにしていた頃に、テレビCMなどはやっていなかったと思う。

 ここから先はググることなく、自分の記憶のみで語ってみたい。ので、大間違いがあるかもしれないが、それは記憶の変質である。

「学研の科学と学習」というのは、学習研究社が小学生向けに発行していた雑誌である。「科学と学習」とひとくくりにして言われることが多かったが、実際には「二年生の科学」「二年生の学習」というように、二冊が毎月発行されていた。
 店頭販売はしていなかったように思う。毎月決まった日に、「学研のおばさん」が学校にやってきて、授業後、靴箱のフロアで皆に販売するのである。
 なにか、毎月払いの封筒のようなものがあって、それにおうちの人にお金を入れてもらって、学研のおばさんに渡して交換する、というプロトコルだったような、おぼろげな記憶がある。このあたりの【記憶/コア】はダンプしても0x00が続くくらい怪しいが……。

 わたしの通っていた小学校では「科学」、「学習」の両方を取る子が大半だったが、興味のありようによって、あるいはその子の家の方針で、「科学」だけ、あるいは「学習」だけ、という子もいたように思う。

 実は、両誌とも、誌面はほとんど覚えていない。「学習」の方に、当時流行していた「刑事コロンボ」のマンガが載っていたと思う。
「科学」の方は、やはり当時話題だったBCL関係のマンガ(それもミステリー仕立て)が掲載されていたことを思い出す。

 いや、なんということか。この記事を書き出してから、一所懸命に記憶をたどっているのだが、本当に、これくらいしか誌面の記憶がまったく蘇ってこない。まいったな……。

 そんな記憶にも残らない雑誌のなにが良くて、毎月取っていたのかと言えば、もちろん、知っている人は知っている、雑誌についてくる「付録」が欲しかったのである。
 学校で「科学と学習」をもらってから、我慢できず、放課後の教室で組み立ててしまう生徒が、必ず一人はいたものだ。

「学習」の方は、算数の教材が多かったように思う。思い出せるのは、円筒形の九九演算器だ。「ダヴィンチ・コード」に出てくるクリプテックス≠フような格好をしたもので、軸をクルクル回すとひとケタの掛け算ができる。そんな仕組みではなかったかなぁ。
「科学」はもちろん、理科系教材である。楽しかった記憶が残っているのは「スプリンクラー」。ご家庭の蛇口につないで、プシュッ、プシュッと水を蒔く。あとはゲルマニウムラジオや顕微鏡もあった。わたしは動くモノが好きだったので、鉱石標本のときはガッカリしてしまった。
 しかし両誌とも、限られた予算の中で、毎月良く種々いろいろの付録教材を作っていたものだと思う。
 とはいえやはり、子ども相手のオモチャであるので、すぐ壊れた。数日も遊べば、もう使えなくなる代物である。わたしは壊れたモノは思い入れなくすぐ捨ててしまうタチなので、小学校卒業時に残っている「付録」はひとつもなかった。

 記憶を頼りに書くと、これくらいしか思い出がない。
 ええい、ググってしまえ。

「科学と学習」は戦後1947年に創刊された。当時の学研はまだ創業したばかりで雑誌取り次ぎ業者が扱ってくれず、学校で売る、という形にしたのだそうだ。
 その「学校で売る」スタイルも、1971年に「特定の出版社の製品を学校で販売するというのはいかがか」というクレームが入り、以降、家庭への訪問販売を行うようになったのだという。
 この頃、例の「♪まだかなまだかなー」のCMが流れたのである。わたしは学校で受け取っていた世代だから、知らないわけだ。
 そして2010年、売り上げの低迷から、両誌ともひっそりと、休刊という名の廃刊となる。

 と、ちょっと検索すればこれだけの情報がわかる時代に、知識だけの蘊蓄を語っても仕方ない。

「科学と学習」が休刊した2010年あたりは、だいたいどの家でもインターネット常時接続が普通になってきた頃である。ネットの隆盛が両誌を駆逐した原因になっているとは思えないが、「科学と学習」の付録のようなオモチャでは、本物のガジェットを使いこなせる今の子どもたちを満足させられない時代になったのかもしれない。

 ただ今でも、「今日、学校へ行けば『科学と学習』が手に入る、今回の付録はなんだろう、楽しいモノだといいな」というワクワク、ウキウキした気分を、昨日のことのように思い出せるのだ。
 あの毎月のチープなウキウキ感を知らない今の子どもは、ちょっと可哀想かもしれない、とも思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録