2017年11月26日

【日記】王であるキリスト

 今日、11月26日は、教会暦で「王であるキリスト」という祝日である。この日は移動祝日であり、毎年同じ日ではないが、だいたい、十一月下旬の日曜日となる。
 この日から始まる年間第34週の後、一週間後の日曜日(12月3日)は「待降節第一主日」となる。
 教会暦の一年は、「待降節第一主日」から始まり、本日「王であるキリスト」(の週)で終わる。
 典礼暦は「A年」「B年」「C年」と、ミサ中で主に読まれる福音書によって三年周期になっており、来暦はマルコ福音書を読む「B年」である。

 要するに、「王であるキリスト」は、キリスト信者にとっての「大晦日」のようなものである。今年も一年、いろいろあったなあ、と思いを馳せる一日だ。

 それにしても、「王であるキリスト」とは、なんと素晴らしい呼び方であろうか。
 わたしはこの日を迎え、教会でキリスト磔刑像を見上げるたびに、これが本物の「王」というものなのだ、という思いを新たにする。

 普通、シューキョーの教祖というものは、華麗な服で身を飾り、数々の宝石を指につけ、重そうな冠をかぶり、高そうなマントを羽織って、豪華な椅子に座って、信徒を睥睨しているものだ。

 ところがわれわれキリスト信者が「王」とあがめるキリスト・イエスは、裸同然のサルマタ一丁で茨の冠をかぶせられ、豪華な椅子どころか木で作られた十字架を自分で運び、それに張りつけられ、人々から侮蔑と罵りを受けつつ、衆目の中、惨めな死を迎えたのだ。

 あなたは、イエス・キリストがサルマタ一丁で死んでいったことを知っていますか(知っていた/今知った)。

 ここが凡百の新興宗教と、二千年の歴史を誇るカトリックの違いであろうとも思う。


(去年の「王であるキリスト」の聖書と典礼より。左右の人物も主イエスのサルマタを拝んでおられます!?)

 もちろん、イエス・キリストが「王であるキリスト」となったのは、その後の「復活」ありきなのだが、やはりその前に、サルマタ一丁での惨めな磔刑死あればこそなのだ。

 プロテスタント教会の礼拝堂では、いろいろな理由から、十字架から磔刑死したキリスト像を外し十字架だけにしてしまっているが、これでは一番肝心な、サルマタ一丁で惨めに死んでいった我々の王を取り払ってしまったようなものだと思う。

 教会に入り、祭壇中央に飾られた十字架を見あげる。そこには、華麗でもない、美しくもない。むしろ醜悪な、サルマタ一丁で首をうなだれ、惨めに死を迎えた二千年前の男の像がある。その男こそが、確かに、まごうことなき、我々の王である。
 そのことを忘れたキリスト信者の心からは、すでにイエスがいないのだと思う。

わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。(マタイによる福音書 7:21)


 カトリック教会の聖堂でも、最近は十字架上のイエスを「復活のイエス」にして、両手を広げ、今まさに祝福を信徒に与えようとする姿のそれにしているものもある。
 正直言うと、わたしはこの「十字架上の復活のイエス」はいまいち――それどころか、いまに、いまさんだと思っている。

 十字架上のイエスに栄光は似合わない。惨めで、憎まれ、罵られ、裏切られ、軽んじられ、無視され、奪われ、疑われ、蔑まれ、侮られ、ひとり、詩編をつぶやきながら、苦痛に顔をゆがめ、死んでいく。

 この男がわたしの信じる宗教の教祖であることを、わたしは、誇りに思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記