2018年02月25日

【回想録】22年前(1996年)の2月

 1996年の2月10日、IBMのコンピュータディープ・ブルー≠ェチェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフと初対戦している。カスパロフは3勝1敗2引き分けで勝利を納めた。
 チェスで人間がコンピュータに勝てなくなる日が来る――そんな未来はまだまだ先だと人々が楽観視していた22年前の、個人的なできごと。



 写真はX68000に、東京システムリサーチ株式会社が出していたアクセラレータボード「Xellent30」を乗せたマシン。当時のオフの様子から。
 自作PCがふつうの今となっては珍しくはないが、当時、筐体を改造して前面に排気ファンをつけてしまうなどというのは驚異なのであった。
 タワーの左側についているのは「Intel Inside」シールではなく、有志が作った「Motorola Inside」シールである。



 当時はまだ、ゲーム会社の「コンパイル」が元気であった。そこの「ももも通販」からなにかを買ったときの箱。



 ゲーム会社なのになぜか売っていた「お好みソース」。「のーみそコネコネCOMPILE」がなつかしい。ほかにも「ぷよまん」がオフでは飛び交っていた。



 当時はサターンのゲームばかりやっていた。ラインアップはこんな感じ。特によくやっていたのは「DAYTONA USA」と「MYST」「闘神伝S」。デイトナは裏技で馬≠出したり、逆走するのが楽しかった。



 これはなにかというと、珍しい、サターン版「MYST」がハングったときに出すコアダンプ表示である。最初のバージョンにはこのミスがあって、特定の操作をするとこうやって謎の画面を出して停止してしまう。
 ゲームが「MYST」だけあって、これにも意味があるのか!? と、仲間内で話題になった。が、結局これはバグで、発売元のサンソフトに連絡すると、バグフィクスしたバージョンアップ版と交換してくれたのである。



 まだほとんどの人々が「インターネットなにそれ? おいしいの?」だった時代に、毎日新聞に請われて書いた拙稿。当時はまだ、検索エンジンすらなく(千里眼はあった)、「インターネットはまだまだ、ワールドワイド・コミケット≠ナある」というようなまとめ方をした記憶がある。
 そうそう、この頃はヒゲ面だった。



 当時買っていた本の記録「私はWINDOWSが嫌いだっ」「Windows上に異常ありません」
それに週刊だった「MURDER CASEBOOK」も見える。

 この年の2月は比較的寒い月で、18日にはわたしの住む南関東の地方都市でも積もるほどの雪が降っていた。

 22年が経って、人生半分を終えた今、2月と3月は一番苦手な季節である。とにかく春分の日までは頭を低くして、我慢我慢の毎日だ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録