2018年04月12日

【昭和の遺伝子】野良犬

 昔はそこかしこに野良犬がいた。
 野良犬はめずらしくなかった。公園には残飯をあさりにきていたし、犬は群れをつくる動物だから、何匹もでグループをつくって、敵対しあっていたりもした。

 あれはわたしが幼稚園生の頃。
 公園で子猫と遊んでいたら、大勢の野良犬に囲まれていた。その唸り声、殺意のこもったギラギラとした目、逆立った毛、今にも飛びかからんとする姿勢。
「殺されるー」と思った(幼稚園生ですから)わたしは、とっさに子猫を抱いて走り出した。
 と、なんということか、野良犬の集団も追いかけてくるのである。それも、もの凄い吼え声を上げながら。
 その数、十数匹はいたろうか(幼稚園生の感想ですから)。子猫を抱いたまま、家に飛び込み、扉を閉めた。
 しばらく、野良犬たちは家の周りを唸りながら回っていたと記憶している(幼稚園生の記憶です)。

 この一件から、わたしは野良犬がとても苦手になってしまった。
 そのときの子猫を飼ったかどうかは記憶にない。犬が、子猫を狙っていたのか、はたまた逃げるわたしを本能的に追っていたのかもわからない。

 野良犬は狂犬病の媒介者となりうる(犬だけではないが)。日本においては、1956年に犬、1957年に猫が感染したという報告以降、狂犬病の発生は確認されていないそうだ。
 わたしが犬に追われた当時は、もう狂犬病の心配はなかったようである。
 しかし、野良犬による咬傷事件は連続していたようで、保健所の対処により、野良犬はどんどんと減っていった。可哀想だが、咬傷事件が連続していたという現実の前には仕方ない。あのとき、わたしも野良犬たちに咬まれて大怪我をしていてもおかしくはなかったのだ。

 昭和バブルの頃には、野良犬はほとんど絶滅していた。
 中には、犬のサカリの時期になると、綱を外して外へ離してしまう無責任な飼い主もいたが、平成の今ではさすがにそういったこともなさそうだ。
 同時に、昔は「犬は外で飼うのが当然」だったのが、今では「大型犬でも室内で一緒に暮らすコンパニオン・アニマル」化したのが大きいと思う。

 野良犬は減ったが、野良猫はまだ見かける。わたしは猫好きなので、猫がクルマのボンネットに足跡をつけたりしていると和んでしまうタイプだが、嫌いな人がいることを否定することはできない。
 悲しい話だが、世の中には動物の命を奪ったり、傷つけたりするのを躊躇しないおかしい人がいて、猫が犠牲になる事件も耳にする。

 猫は犬以上に「室内で飼うのが当然」「不妊手術をするのが当然」という風潮をつくって、保健所の手を借りず、自然に野良猫も見かけなくなる時代が来ることを祈る。

 もし前述の事件で、わたしが犬に咬まれ重傷を負ったとしても、新聞ネタにはならないような時代が昭和であった(犬が人を咬んでも事件にはならないが――というでしょう?)。

 野良猫を見かけなくなるのは淋しい話かもしれないが、平成に続く新しい年号の時代には「そう言えば、野良猫って見かけなくなったねぇ」と言われるようになればよいな、と思う。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子