2018年05月08日

【日記】雑味

 なんども繰り返して書いているが、わたしは味音痴である。
 正直、味なんて二の次、おなかに入ればなんでもいい、と思っているタイプ。昆虫食も、姿そのままでは抵抗あるが、挽いてハンバーグにでもしてくれるなら、けっこう平気で食べることができるのではないだろうか。

 そんなわたしだが、コーヒーの味にはほんのちょっとだけうるさい。あくまで「ほんのちょっとだけ」である。テイスティングして「これはどこそこの豆をあれこれで焙煎したものですね」などはとうていわからない。
「5ちゃんねる」の該当板を読んでいると、みな知識も経験もすごい。わたしは彼ら猛者たちの足元にも及ばない。ただ、美味いか不味いか、それがわかる程度。しかもそれも、自分の好みに大きく左右されて、決して「本当に美味い」コーヒーがわかるわけではないと思う。

 それでも一時、美味いコーヒーを求めて、いろいろ工夫してみたことがあった。良い豆を買い、さらにソーティングして、手動ミルで丁寧に挽く(電動だと摩擦熱で味に悪影響があるという)。チャフを飛ばして、挽いたコーヒー粉を茶こしにかけ、微粉を取る。
 さらにその上で、水出しコーヒーにする。相応の器具を買って、冷蔵庫で一晩。ゆっくり、ゆっくり抽出させるのである。

 できあがったコーヒーは、本当に澄んでいた。それを電子レンジで温めて飲む。これは乱暴そうに見えてお勧めの方法らしい。
 味は清々としており、実に飲みやすい。雑味というものがほとんどない。わたしより味にうるさい細君にも好評で、ひと夏はこの方法でいつもコーヒーを淹れていた。

 それがそのうち、疑問に思ってきたのである。この味、なにかに似てるなぁ、と。
 そして気づいた、この味は、麦茶のそれだ! 一生懸命手間暇かけて、わたしは麦茶っぽいコーヒーをつくっていたのである。

 久し振りに、ただゴリゴリと豆を挽いて、チャフもろともコーヒーメーカーに放り込み、雑味たっぷりのコーヒーを淹れて飲んでみた。

 これはこれで美味い!

 たしかに雑味はある。味は清々としていない。後味もちょっと残る。いやしかし、それがコーヒーの醍醐味でもあるのではないか!? 麦茶コーヒーと並べて飲んでみて、わたしは、そんな考えに至ったのであった。

 思えば、水だってそういうものではないか? 純水は化学実験には使えても、料理で使えるようなものではない。含まれている雑味が、軟水、硬水の差をつくり、料理の味にバリエーションを生み出すのだ。

 そして、人間もそういうものではないか。なんの雑味もない人間はつまらない。なんでもこなす完璧に思える人がドジをするからこそ、そこに人間味を感じる。

 一昔前、「婚活」という言葉が出始めた頃、「自分磨き」という言葉が流行ったが、磨いて磨いて雑味をなくしてしまい、本当の自分らしさをなくしてしまっていたりしないだろうか。
 そういう人で、いまだ配偶者に巡り会えていない人は、今、自分が本当に自分らしく生きているのかどうか、振り返って省みてみる時期なのかもしれない。
 あなたが捨てた雑味が、実はあなたの一番の魅力だったのかもしれないのだから。

 雑味も味のうち、コーヒーがわたしに教えてくれた、人生の真実のひとつである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記