2018年05月14日

【日記】天気の話

 わたしが私淑しているカウンセリング心理学者の國分康孝先生は、新幹線の中で、見知らぬ人の隣に座り、天気の話だけで、東京、大阪間を楽しくお喋りして過ごしたそうである。そのコミュニケーション能力に感服するとともに、隣に座られた方が、実は迷惑ではなかったかなぁ、などと苦笑したりも。

 というわけで、わたしも天気の話だけでブログ記事一本くらい書けないと、國分先生に私淑しているなどとはとても言えないのである。

 わたしが小学校の頃は、今は信じられないだろうが、学校指定の傘やレインコートというものがあり、それに校章がきちんと印刷されていた。まあこれは、わたしが通っていた学校だけかもしれないが。
 全体がオレンジ色だったのは、子どもだから目立つように、だからだろうか。校章の部分だけは紺色で白抜きだったような憶えがある。この小学校は、別記事でも触れた、校歌が「黒い煙に街は栄え」というとんでもない高度成長期まっただ中の時代にあり、そんなところにもカネを回せるほど、イケイケドンドンの時代であった。
 ただ、制服はアルマーニではなかった。というか、制服はなかった(笑)。制帽はあったけれどね。

 もしかしたら、長靴も学校指定だったかもしれない。そんなこんなで、子どもの頃、みなでおそろいの傘、レインコート、長靴で登校できる雨の日はちょっと楽しみであった。

 この風習も、わたしが高学年になるにつれてなくなっていたような気がする。現在の、個人情報云々が原因ではなく、たんに学校側が面倒になったとか、そんな理由ではないかと。わたしはちょうど過渡期にいたわけだ。

 中学の時、二階の自室で、初めて買った聖書を読んで眠くなり、ウトウトしていると、額に、ピチョン、と水滴が落ちてきた。
 えっ? と思って手で拭うと、たしかに濡れている。しかし、天井に水滴などはない。
 階下に降りていって、家族に「雨漏りしているみたいなんだけど?」というと、「雨なんて降ってないよ」という。たしかに外は晴天だった。
 わたしは、本当に狐につままれたような気分で自室にもどり、すぐにグッスリと寝た。
 もう何十年前にもなるのに覚えている、不思議な思い出である。

 キリスト信者になった今になって思うと、あれが、本当の自分の、神からの洗礼≠ナはなかったかなぁ、と思うことがある。

 話は飛んで、未来の細君とのデートの話になる。未来の細君とデートをすると、いつも雨、雨、雨なのであった。
 その年の夏が、特に雨が多かった、というのもあるのかもしれないが、前日にいい天気でも、デートの日には雨なのである。
 お互い「雨男」「雨女」だと思っていたのが懐かしい。

 若いわたしたちは、お互いの友人を集めて、ディズニーランドで「私的な婚約式」をしたのだが、このときも大雨であった。どうしてこんなハレノヒまで雨にするかなあ、と神さまを恨んだものだ。
 あのとき、ずぶ濡れで「私的な婚約式」に参加してくださった皆様、本当にありがとう。おかげさまで、わたしたちも今年で結婚26年目を無事超えました。

 その間、雨の日も、風の日も、いい天気の日も、暑い日もあったけれども、よい半生を送れたと思っている。

 國分先生の弟子を気取って、天気の話など書き始めてしまったが、どうにも東京、大阪間はもちそうにない話題ばかりである。ま、そんなもんだ。

 わたしはやっぱり、晴れの日が好きだ。陽光さんさんで、ちょっと暑いくらいがいい。上段では細君のことを「雨女」と書いたが、振り返れば、陽光の下、ワンピースに麦わら帽の似合う細君の若い頃の笑顔を思い出せる。

 これからの天気がどんな荒天であろうとも、彼女の笑顔があれば、きっと耐えていけると――。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記