2018年06月02日

【日記】ルービックキューブに思う聖書記者の意地

 コツコツとルービックキューブに取り組んでいる。目標はまず、なにも見ないで思考と記憶だけで六面完成できるようになること。速さは二の次。

 覚えるのが簡単なツクダ法(高校生の頃はこれでやっていたはず)は、ネットにわかりやすい解法を記したドキュメントが見つからなかったのと、LBL法の方が「将来的にスピードキュービングにも移行できる」という話から、LBL法を体得しようとしている。
 側面二段ぞろえと、上十字までは、思考と記憶でできるようになった。今は上面全色ぞろえを覚えようとしているところだ。

 ところで、わたしが買った最新のルービックキューブには、LBL法の解法を記した紙片が入っていた。ネットでのLBL法の解法もいろいろ見てみたが、結局、その紙片の解説方法が一番すんなりと頭に入ったので、それをやっている。



 こんな感じで、図で描かれている。
 図というのは実に楽で確実な解説法である。この紙片を見つつ手を動かせば幼稚園児でも六面完成ができそうだ。
 しかし、この図をそのまま覚える、というのは、わたしにはできない。
 世の中には、一度見た画像をそのまま写真のように覚えてしまう特殊な能力を持つという方がいらっしゃるが、わたしには到底できない技だ。
 で、どうするかというと、これを文章化して、覚えるわけである。
 最初は日本語でやってみた。

STEP3 中段の色ぞろえ 青下
(逆)上逆 前逆 上時 前時 上時 右時 上逆 右逆
(時)上時 右時 上逆 右逆 上逆 前逆 上時 前時

STEP4 上面クロス 青下
前時 右時 上時 右逆 上逆 前逆

STEP5 上面ぞろえ 青下
右時 上逆逆 右逆 上逆 右時 上逆 右逆

STEP6 上面コーナー位置換え 緑前
右時 上逆 右時 下逆逆 右逆 上時 右時 下逆逆 右逆逆

STEP7 上面サブキューブ位置換え 青下
右時時 上時 右時 上時 右逆 上逆 右逆 上逆 右逆 上時 右逆


 こんな感じだ、ジョー!


(原作:高森朝雄/漫画:ちばてつや「あしたのジョー」20巻より引用)

「で……出たあーっ、伝家の宝刀!! こ……こんどはトリプル・クロス・カウンターッ」

 しかしこれはダメだ。ジョーならともかく、凡人のわたしには覚えられない。それに、独自性が高すぎて、未来への展望もなさそうだ。
 ルービックキューブの世界には、その動きに対して標準的な記名法があることを知り、そちらで変換してみた。

STEP3 中段の色ぞろえ 青下
(逆)U' F' U F U R U' R'
(時)U R U' R' U' F' U F
---
STEP4 上面クロス 青下
F R U R' U' F'
---
STEP5 上面ぞろえ 青下
R U'2 R' U' R U' R'
---
STEP6 上面コーナー 位置換え 緑前
R U' R D'2 R' U R D'2 R'2
---
STEP7 上面サブキューブ位置換え 青下
R2 U R U R' U' R' U' R' U R'


 審判「ホセ!!」


(原作:高森朝雄/漫画:ちばてつや「あしたのジョー」20巻より引用)

 というわけでアルファベット強し。Uは上(UP)、Rは右(RIGHT)、Fは前(FRONT)、そのまま書いてある場合は時計回り、「'」が付いている場合は反時計回りを表す。
 なるほど、これなら、日本語で略するより覚えやすそうだ。やはり、世界標準の記名法にはそれだけスタンダードな説得力があるのである。

 さて、聖書の話。聖書というのは奇妙な書物で、特に旧約は物語の最中に、突然、幕屋の設置法や、そこで祭務を行う司祭の服装などの詳細が記述されていたりするのである。けっこう読んでいて、あれ、なぜいきなりこんな記述が始まるの? とめんくらい、挫折しやすい場所でもある。

 幕屋というのは、つまり「移動式神殿」。シナイ半島の荒れ野を、神から約束された「乳と蜜の流れる地カナン」を目指し放浪するイスラエルの民が、イスラエル民族としての一体性を保つためには、そのような宗教的シンボルが必要だったのである。

 ちょっと一部を引用してみよう――。

 次に、幕屋を覆う十枚の幕を織りなさい。亜麻のより糸、青、紫、緋色の糸を使って意匠家の描いたケルビムの模様を織り上げなさい。
 一枚の幕は長さ二十八アンマ、幅四アンマで、すべての幕を同じ寸法にする。
 五枚の幕をつづり合わせ、他の五枚も同じようにする。
 青い糸の輪を作り、一方のつづり合わせたものの端に当たる幕の縁と、もう一方のつづり合わせたものの最後の幕の縁とにそれを並べる。
 一方の幕について五十の輪、他方のつづり合わせたものの幕にも五十の輪を作り、互いに合うように並べて付ける。
 そこに、五十の金の留め金を作り、両方の幕をそれらで留め合わせる。こうして幕屋を一つに仕上げる。
 次に、山羊の毛を使って十一枚の幕を作り、幕屋を覆う天幕としなさい。
 一枚の幕は長さ三十アンマ、幅四アンマで、十一枚の幕をすべて同じ寸法にする。
 そのうちの五枚をつづり合わせたものと、残りの六枚をつづり合わせたものを作る。六枚目の幕は天幕の前面で二重にする。
 五十の輪を作り、一方のつづり合わせたものの端に当たる幕の縁に付け、もう一方のつづり合わせたものの端に当たる幕の縁に五十の輪を付ける。
 そこに、五十の青銅の留め金を作り、それぞれの輪にはめ、天幕を留め合わせて一つに仕上げる。
 天幕の幕の長さの余る分、すなわち、余分の半幕分は幕屋の後ろに垂らす。
 また、天幕の幕の長さは一方に一アンマ、他方に一アンマ余るが、それは南北両側面を覆うために垂らす。
 最後に、赤く染めた雄羊の毛皮で天幕の覆いを作り、更にその上をじゅごんの皮の覆いでおおう。
(出エジプト記 26:1-14)


 いやはや、ちょっと、文章だけではアレですな。正直、わかりにくい。
 ちなみに、図にするとこうなる。


(NIV STUDY BIBLEより引用)

 図にすると実に簡単なのにね(笑)。
 余談だが、これ、日本の「お宮」に似ていると思わないだろうか。日ユ同祖説などの根拠のひとつにもなっていたりする。

 それはそれとして――。

 キリスト教系書店に行ったりすると、この幕屋の立体模型キットが売っていたりしていて、この実物を文章化するためにモーセ(が書いたということになっている)がどれほど苦心してペンを走らせたかを思うと苦笑してしまう。
 それでもモーセ(正確には旧約――タナハ――の聖書記者)は、幕屋の設計図や司祭の服を図にせず、文章で表現する、ということにこだわったのである。
 その執着心は、聖書を一読すればおわかりいただけると思う。本当に「図にしろよ!」と何度も激しくツッコみたくなるレベルである。ちょっと異常なくらいの文字への執着である。

 しかし、聖書記者が文字化にこだわったのは、それもこれも、ルービックキューブの解法と同じで「人間が記憶をするため」「未来への記録として残すため」という重要さを知っていたからではないかと思うのだ。
 同じ頃、文字を絵柄的に表現したエジプトのヒエログリフは、今や解読するのも難しい、ただのエジプトのお土産物チックな装飾図になってしまった。
 しかし聖書は、今現在でも、最新の訳で、世界の多くの国で、誰でもが読めるのである。そしてその文章から、上記のように模型をつくることさえできる。もちろんその気なら、本物と同じ大きさの幕屋、司祭の衣装をつくることも。

 一年後、十年後、数十年後はともかく、百年後、数百年後、千年後、数千年後に残るのは、図ではなく文字情報である、と、古代イスラエル人は知っていたのだ。

 数年前は、「一度ネットに流れた情報は永遠に消えない」と言われたものだ。今、わたしたちは、決してそんなことはない、ということを知っている。

 このネット社会で、話題になったり、いわゆるバズったりするのは、やはりマンガで描かれたものが多いように思う。マンガが描ける人がうらやましい、と正直、思うこともある。
 しかし、情報として長く残るのは文字情報だ、と、わたしは文章書きとして信じたい。

 そんなことを思いながらルービックキューブを回し、旧約の出エジプト記25章「幕屋建設の指示」あたりを読むのである。

 ああくそう、また間違えたー。


(原作:高森朝雄/漫画:ちばてつや「あしたのジョー」20巻より引用)

 いやいや、「完」じゃねっすから。まだがんばるから。「U' F' U F U……」


posted by 結城恭介 at 08:00| 日記