2018年08月04日

【回想録】パンダの思い出・その2

「その1」は2017/09/30、シャンシャンちゃんの名前を当てたときに書いている(「【回想録】パンダの思い出」

 わたしは、日中国交回復の記念として贈られた、上野動物園の初代パンダ、ランラン、カンカンを生で見た世代である。

 といっても、子どもの頃だったので、本当におぼろな記憶しかない。
 なんとなく、暑い季節ではなく、小雨が降っていたような覚えがある。

 とにかく、列は長かった! 子どもだからそう感じたのかもしれないが、感覚としては、古い時代の東京ディズニーランドでスペースマウンテンに並ぶほどの時間である。
 ディズニーランドのように、並ぶ人の目を楽しませるような工夫はしていない、昭和の上野動物園である。つまりはただの列であるから、これがまた暇で暇でしかたない。

 もちろん、一人で行ったのではない、両親に連れられての見物であった。
 パンダ舎は、今は入り口のすぐそばにあるが、当時、どこにあったのかはぜんぜん覚えていない。実は、パンダ以外に動物を見たかどうかすら、記憶に残っていないのだ。

 さて、並んで並んで並んでならんらんかんかんリュウエン、リンリンランランリュウエン、リュウエン行って幸せ食べるほど並んで見たパンダは――一頭は舎内の部屋に引きこもっていて見ることができず、もう一頭は、こちらに尻を向けて微動だにせず眠っていた。なんとも大物である。


(玖保キリコ「バケツでごはん」1巻より引用)

 並んで並んでやっとガラス越しに見たパンダは、こちらにケツを向けてぴくりともしない。これには、一緒に並んでいた大人たちも、わたしの両親たちも、がっかりのなかに苦笑い。わたしはまあ「生パンダ(の尻)が見られた!」と、ちょっと興奮して嬉しかった。ま、子どもだからね。
 係員に急かされて、列はどんどん進み、パンダの尻は遠くなっていったのであった。

 これがわたしの「パンダ初体験」。それ以来、一回も生パンダは見たことがなかったと思う。

 今年はじめ、上野動物園で、赤ちゃんパンダ「シャンシャン」が抽選制で公開されたので、実は何度も何度もWeb応募していたのだが、ことごとくハズレ。

 シャンシャンが「ピンクピン太郎」のうちに見たかったのだが、そうこうしているうちにもう赤ちゃんパンダから子パンダになり、公開も抽選制から、並べば見られるようになったので、「ミラクル・エッシャー展」の帰りに、細君と寄ってきた。細君もランラン、カンカンの動かない尻を見てきた記憶があるという。

 さて、今回は炎天下のもとで並ぶことになった。申し訳のテントなどもあるが、テントが切れるところでは直射日光がきつい。前と違うのは、自分が大人になったので、まあおとなしく待てること。それと大玉レンズをつけたカメラを持った人が多いことにも驚いた。



 列は粛々と進み、やがて、まずはガラス越しのパンダ舎の中にいる、父親パンダのリーリーが見えてきた。

 わたし「あっ、いた。パンダだ」
 細君「寝てる!」
 わたし・細君「お尻向けて寝てる!」



 なんということであろうか、数十年を経て見た生パンダは、またしてもケツをこちらに向けて寝ていやがったのであった。

 わたし「まだお母さんパンダとシャンシャンちゃんがいるよ」
 細君「モニターに写ってるね」
 わたし・細君「……」



 パンダ舎の上の方にモニターが設置してあって、母親パンダ、シンシンとシャンシャンの様子が写っているのだが……。
 列はさらに進み、生シンシンと生シャンシャンをガラス越しに見られるようになった。

 わたし・細君「……」
 わたし「寝てるね」
 細君「向こう向いて寝てるね」
 わたし「こっちにお尻むけて寝てるねぇ……」



 なんと、なんということであろうか。シンシンとシャンシャンちゃんまで、こちらに尻を向けて寝ていて、しかも微動だにしないのであった。

 係員にせかされて、列はどんどん進み、シャンシャンの尻も小さくなっていった。

 というわけで、わたしの人生でみた生パンダは、今のところ――

「尻だけ」

 という思い出なのである。


(玖保キリコ「バケツでごはん」1巻より引用)

 くっそう。いつかはリベンジ、動いているかわいいところを見てやるからなー、と思いつつ、細君と二人、熱射病手前になりつつパンダ舎を後にしたのであった。
 どっとはらい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録