2018年10月03日

【映画評】若おかみは小学生!

 先々週のこと――
 わたし「週末、一緒に映画観にいかない? 今なら、『スカイスクレイパー』か『死霊館のシスター』、『若おかみは小学生!』がお勧めなんだけど』
 細君「んー、それだったら『スカイスクレイパー』かな」
 わたしは虚を突かれた思いがした。
 わたし「えー、直子さんはてっきり、『若おかみは小学生!』を選ぶと思ってたよ。この前、劇場を出るとき、ポスターをじっくり見てたからさ」
 細君「あー、あれは単に、原作を読んだことがあるからってだけよ」
 わたし「そーなんだ」

 というわけで、先々週のデートでは「スカイスクレイパー」を鑑賞。スカッとしたアクション映画であった。

 しかし、である。うーん、なにか心残りなのだよな。というのも、このところtwitterでは、「若おかみは小学生!」のダイマがTLにちょくちょく入ってくるのだ。曰く「号泣しました」、「子ども向けと思っていたらやられた。もうハンカチがぐっしょり」、「今年一番の映画決定!」、「感動して×回目の鑑賞。もう最初から泣ける」、「涙腺崩壊、でも、さわやかな感動に身が震える」、エトセトラ、エトセトラ……。
 ここまでべた褒めの嵐だと、こりゃあ、劇場で観ておかないと後悔するかも、という気分になってくる。

 そこで先週末。教会の帰り、台風が近づいているというのに、細君を誘ってみた。
 わたし「『若おかみは小学生!』、観てみない?」
 細君「(苦笑して)観たいの?」
 わたし「いや、twitterであれだけダイマがすごいと、これはやはり、市井のいち映画ファンとしては観ておかないとというか、なんというか、モゴモゴモゴ」
 細君「観たいなら正直に言えばいいじゃない(笑)」
 そう、観たかったんだよぉー。俺は『若おかみは小学生!』を観たかったのだ。『若おかみは小学生!』の原作であるエロ青い鳥文庫は読んだことはないが、なにしろこちとら、「Comic LO」や――


(茜新社「Comic LO 2002年10月号」表紙を引用)

「湯けむりスナイパー」で――


(原作:ひじかた憂峰/作画;松森正「湯けむりスナイパーPART III」3巻より引用)

 その手のJSモノ、温泉モノの予習は完璧なのである。

 細君「ぜんっぜん違うけどね(冷笑)」

 というわけで、劇場へ。



 ヒロインのおっこちゃんがお勧めするので――



 いつもは買わないポップコーンなんかもLLサイズで買っちゃったりして。



 ハンカチも新調し、いつでも泣けるよう手に持って、フィルムスタートに挑んだのであった。

 あらすじ――ヒロインの関織子(おっこ)は小学六年生。父母と同乗していたクルマで、高速道路でもらい事故に遭遇。奇跡的に助かるが、その事故で大好きな父母を失ってしまった。
 「花の湯温泉」で温泉旅館「春の屋」を営む祖母、峰子に引き取られたおっこ。そこで、祖母をずっと見守ってきたという幽霊、ウリ坊に出会い、彼の巧みな誘導で、「春の屋」の若おかみ≠ニなると宣言してしまい、修行の道に。
 ライバルホテルの令嬢や、他の幽霊、子鬼などとの出会いもあり、おっこは毎日忙しい日々を送る中、お客さまのために働くという、旅館業の本質を理解していく。いつも父母が身近にいてくれている、おっこはそのような気がしていた。
 そしてある日、お泊まりになったお客さまの事情を知って、おっこは残酷な現実をつきつけられることになる――。


 結果――うーん、なんたることか、わたしのハンカチは濡れなかった。
 もちろん、ウルッときたシーンは何度かあった。しかし、号泣はしなかった。
 劇場が明るくなって、細君を見ると、同じような感じ。

 だが、改めて、誤解のないよう書いておく。
「若おかみは小学生!」は佳作である。良い作品だと思う。すばらしい映画だった。いやむしろ、すばらしすぎる。減点法でも加点法でも百点満点である。
 わたしはストーリーテラーなので、アニメとしての出来栄えを云々する知識はないが、ストーリーテリングのサイドから見れば、ここまで瑕疵のないお話にはそうそう出会えない。感服した。うまいなぁとシャッポを脱ぐ。
 まさしく珠玉。傷ひとつない、美しい宝石のような完成度。バックグラウンド、キャラクター設定、全体を貫くテーマ、息抜きのギャグ、そして基本の起承転結、なにひとつ、過不足がない。

 それゆえ、号泣できなかったのだなぁ……。わたしはひねくれものなのだな。きっと。

 みんな大好きファーストガンダムで、ランバ・ラルが新型モビルスーツグフ≠ノ乗って、アムロのビームライフル射撃を紙一重でよけまくるシーンがある。そのときの台詞を思い出していただきたい。「正確な射撃だ。それゆえ、コンピュータには予想しやすい」

 そう、「若おかみは小学生!」のストーリーは、完璧すぎて、先が読めてしまうのだ。これは「若おかみは小学生!」が悪いのではない。わたしが商売柄、そういう大人になってしまったからなのである。
 以前にも書いたが、わたしはストーリーを線や面ではなく、立体構造物として脳内で構築している。
 なので、連続ドラマの順番を入れ替えて観ても一向に平気。映画も、途中から観て、最初から見直して、その途中のところまできたら観やめるのも全然平気。
 こういうひねくれた人間の涙腺を崩壊させるには、ドラマツルギーの裏をかく必要があるのである。

 が、本来、対象の客層を小・中学生とする「若おかみは小学生!」にそんなことをする必要があるだろうか? 
 また、大人であっても、「感動して涙が止まらない」という感想を漏らす方をくさす気はまったくない。わたしも、ストーリーテラーのはしくれでなかったら、もっと素直に泣けたのだと思う。

 結城さんは「若おかみは小学生!」アンチなんだ、と思われては困る。真実まっとうに心をこめて作られた作品だと思っている。本当につまらない作品だったら、観てもわたしはなにも書きませんよ。
 ただなんだ、twitterで「泣ける」というワードがあまりに多すぎて、自分の中でハードルが上がってしまった部分があることも否めない。SNSの悪い面が少し出てしまったかな。

 とにかく、泣ける泣けないは別にして、「若おかみは小学生!」は良い作品なのである。
 いい作品なのに、やっているハコや回数が少なくなっているのが残念だ。今週末の連休、なにか映画を観たいと思うのなら「若おかみは小学生!」お勧めです。ぜひ、映画館へ足をお運びいただければ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評