2019年07月06日

【回想録】シャーペンの思い出

 今日はISOTでビッグサイトへ来ている。ISOTについては「【日記】ISOT」の記事ですでに書いている。「国際 文具・紙製品展」である。あれ? 去年はどうしたのかな? と思って日記を見てみたら、去年はなぜか(わたしが)お休みしていたのだった。
 30周年記念だという今年は、なのに西館一階でのみの開催。キングジムもコクヨも出展していない。うーむー。正直、ショボくなったなぁ(ごめんね開催社のリード・エグジビション・ジャパンさん。VIP招待券もらっておいて)。

 今回は呉竹のブースが大きかったのが印象に残った。「令和」の筆書きで毛筆ブームがきているのだろうか。毛筆の達筆にはあこがれるが、河合克敏先生の「とめはねっ」を読むと、基本から着実に身につけていかなければならないようで(当たり前だ)、ちょっとハードルが高い。とはいえ、自分が適当に毛筆で書いた文字はけっこう好きだったりする。

 毎年、日本文具大賞というイベントもやっていて、今年の大賞がシステム手帳だったのにはちょっと驚いた。わたしもシステム手帳愛用者だが、最近はスマホのメモやジョルテでスケジュール管理をすることの方が多くなってしまっている。
 しかもこの手帳は女性向けを意識してつくられていた。ライフログをつける女性が多くなっている傾向から、システム手帳も復権していくのだろうか。えっ「恭介くんとガンダム」w いや、わからない方はわからないままでいいから、大丈夫だから。安心して。約束するから。

 思い出に残る文房具は多々あるが、振り返ってみると性格がらか、わたしは実用本位、質実剛健な文具が好きで、「ロケットペンシル」とか「差し替え式色鉛筆」とか「多機能筆箱」とかは、それほど好きではなかった。でももちろん、ここに名が出るということは、一度は買ってみているのだな。

 今回はその中でも、シャーペンの思い出を追ってみた。
 ちなみに、わたしの行っていた学校は自由な校風だったので、小学生でもシャーペンの使用は特に禁じられていなかった。なので、うろ覚えだが、鉛筆を使っていたのは一年生のときくらいである。
 多くの小学校でシャーペン禁止なのは、生徒が分解整備をして授業に集中できないから、という理由らしいが、鉛筆の方がナマったら鉛筆削りを使わなければいけないし、授業に集中するならシャーペンの方がいいという合理的な考え方が、わたしの行っていた小学校にはあった。

 そんなわけで、最初はふつうのノック式の、安いシャーペンを使っていたが、これはいい、と最初に思ったのは、たしか小学校二年のときに売り出された、ノック部分が軸部についているシャーペンであった。
 たしかオレンジ色をしたこのシャーペンで、早朝の誰もいない教室で、何度も漢字の書き取りをしたことを覚えている。
 次に気に入ったのも、やはり小学生時代。四年だったかな? 軸を折り曲げると芯が出てくるシャーペンだった。これは画期的だと思った。書いていて実にテンポよく芯を出していける。
 前後して、ペンを上下に振ることで芯が出るシャーペンも出てきたが、こちらは試験中にカシャカシャやるのがはばかられ、自分はあまり使わなかった。

 中学に入ると、あまりギミックにはこだわらなくなり、シンプルなシャーペンが好きになる。
 時代もそういう波だったのか、一見六角形の鉛筆そっくりなシャーペンが売り出され、しばらくそれを愛用していた。

 当時の男の子なら誰でも一度はハマッた、製図で有名なロットリング社が出していたシャーペンや、これはシャーペンではないが、ステッドラーの芯ホルダーを使っていた頃もある。しかしロットリングのものはすぐに壊れてしまった。

 その後は長く、どこかの国産ブランドもののシャーペンを利用していた。さすが当時の国産ブランドものだけあって、故障することもなく、長く使っていられた。

 高校生当時から小説を書いていたのだが、原稿用紙に走らせるのは、下書きでも鉛筆は使わず、ぺんてるの水性ボールペンと決めていた。これは下書きを削除したり、訂正したり、段落を入れ替えたりと、そういう「悩んだ」痕跡を残しておきたかったから。
 その下書きの清書はモンブランの万年筆でやっていたのは、以前も書いた通り。

 今のわたしは、シャーペンをめっきり使わなくなってしまった。普段のメモ書きや手帳は万年筆だし、長文はポメラやPCを使ってしまう。
 わたしがシャーペンを離れているあいだに「クルトガ」という、常に先端がとがっているという製品が出て心惹かれたが、「でもシャーペン使わないしなぁ」ということで購入には至っていない。

 これからもシャーペンはまだまだ進化していくのだろう。
 振り返ってみて、シャーペンで漢字の書き取り練習を何度も何度もやっていたあの少年の日々を懐かしく思う。
 文房具がいつの時代も「わくわくするもの」なのは、みな、こういった経験をしているからではないだろうか。

 追記:今回、ISOTと同時開催の「国際 雑貨EXPO」も観ていったのだが、会場がビッグサイト西館二階と、新しくできたという「青海展示棟」に分かれていた。両会場には無料バスがひっきりなしに運行しているので、行き来は大変ではないが、距離がかなりあってびっくりしてしまった。青海展示棟はほとんどビーナスフォートの裏である。
 青海展示棟には、ルービック・キューブの商標を使える正規販売社の「メガハウス」が出展していたので、それを目的に行ったのだが、今回は「九谷焼ルービック・キューブ」のようなものはなく、「キャラクションキューブ」という、フィギュアの立体パズルの展示であった。ちょっと残念。



 あと、コーヒー用品で有名なハリオのところで、ジオン軍仕様のミルとドリッパーを見かけた。撮影禁止なのが残念である。まだテスト品らしいが、そのうち話題になるだろう。

 ところでこのブログ、去年ハマっていたルービック・キューブの話題がめっきりなくなったと思いませんか? か? か……? あのね、あのね……。それについては、また今度、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録