2019年07月24日

【日記】ペトリコール

 こう長い梅雨が続くと、雨のにおいに風情もなにもなくなってしまう。狭いバスの中でも、撥水衣類や傘のにおいに慣れて、俳句の季語にもなりはしない。
 やはり天気は晴れがいい。昔は暑い季節が苦手だったが、今は夏が好きだ。もちろん、冷夏の方が過ごしやすくていいけれど。

 わたしと細君が交際を始めた頃は、会うたびにいつも雨で、お互い、どちらが雨男、雨女なのかと苦笑したものだった。

 夏の暑い日などに、突然降ってくる雨には、独特のにおいがある。これを「ペトリコール」と呼ぶ。Wikipediaによると、1964年に作られた造語とのことだから、けっこう新しい言葉だ。ギリシャ語で「石のエッセンス」を意味するのだという。

 実は、カトリックの初代教皇である使徒、聖ペトロも、ギリシャ語で「岩」という意味である。ペトリコールは「ペトロの汗」でもあるわけだ。
 ペトロは古いクリスチャンだとペテロと言ったりもする。もとの名はシモン。イエスに「ケファ(石)」というニックネームをつけられ、それのギリシャ語訳で「ペトロ」と呼ばれるようになったのである。

 英語のピーター、フランス語のピエール、イタリア語のピエトロ、ドイツ語のペーター、スペイン語のペドロ、ロシア語のピョートル。これらもみな、もとは「ペトロ」に由来している。

 カトリックは洗礼を受けると洗礼名、堅信を受けると堅信名、そして修道者になると修道名をつける。これらは過去の数多くの聖人からとることが多いわけだが、修道者(司祭)レベルになると、わりとポピュラーな聖人から取ることが多くなってくる。特にペトロとパウロは二派に分かれるくらいの人気である。

 ペトロはパウロに比べると、ずいぶんと人間くさい。有名なのは、イエスに「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と予告され、そのとおりにしてしまったこと。
 このとき、ペトロは――

 ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。(マタイによる福音書 26:75)


 まるでそのシーンが目に浮かぶような場面である。
 先に「ペトリコール」を「ペトロの汗」と呼んだが、「ペトロの涙」としたほうが詩的かもしれない。

 イエスの磔刑死と復活後、ペトロは使徒のリーダーとして、力強くその福音を伝える者となったわけだが、それでも食事禁忌の件で、生けるイエスに会ったこともない使徒(ただし自称(笑))パウロに怒られたりして、実に人間くさい。

 さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。(ガラテヤの信徒への手紙 2:11)


 この主語(わたし)はパウロである。
 このときの様子を、レンブラントが描いたとされるのが「賢者の対話」という一枚だ。



 そんなペトロの人間的な弱さを好きな司祭が、これを修道名にしているような気がする。

 ちなみにパウロは「小さき者」を表すギリシャ語だが、パウロ本人は(手紙では)態度がでかいし、やたら小難しい理屈を並べるのが好きなタイプである。
 パウロについて書きたいことはまだまだあるが、それは別の機会に。

 夏の夕立ちで「ペトリコール」を感じたら、2000年前の人間くさい初代教皇のことを思い出していただければ幸いである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記