2019年08月21日

【昭和の遺伝子】夏祭りの思い出

 うちの町内では、夏になると、児童公園で「盆踊り」の夏祭りをするのであった。
 児童公園周りでやるからといって、これがなかなか莫迦にできない。子どもの頃は、それは盛大でにぎやかなものであった。公園周りの道路までずーっと屋台が軒を並べ、普段は夜、シャッターを閉めてしまう商店街も店を開けて、お客さんを呼ぶのである。

 出ている屋台は定番の、綿菓子、金魚すくい、かき氷、射的、やきそばなどのスナック、子どもが好きなお面などの雑貨売りなどなど。
 子どもも大人も、みな浴衣を着て、けっこう楽しんでいたという覚えがある。
 わたしも千円ばかりのお小遣いをもらって、なにを買おうか、なにをやろうかと、姉とぐるぐる児童公園を回って散在したものであった。
「盆踊り」の太鼓はドンドンドン! と迫力があり、周囲の家が振動するくらいである。
 流す曲は、東京音頭とオバQ音頭がエンドレスで、あれは著作権を払ってやっているのかなぁ?
 この頃の盆踊りの祭りは、三夜くらい連続でやっていたような覚えがある。

 もっとも、こんなに盛況だったのは、もう三十年くらい昔の話。時代が進むにつれて、少子化で子どもたちが少なくなったせいか、毎年、ちょっとづつグレードダウンしていくのであった。
 まず、屋台が道路に並ばなくなった。これは道路の使用許可を得るのが面倒ということと、テキ屋を呼ばなくなったせいと思われる。代わりに、町内会の面々がテントを並べて、子どもたちを迎える店を構えるように。しかしこれもやはりプロにくらべればショボい。綿菓子と金魚すくいは、お面売りなどは消えてしまった。

 依然として、祭りの太鼓だけは元気である。ドンドンドンカカカッカ、ドドンがドン! と鳴り続ける。これは町内会に太鼓を打つクラブがあって、年に一度の晴れ舞台、と頑張るから。

 これが町中に響き、前と違って、とてもうるさく感じる。正直、苦痛である。わたしだけが苦痛だったわけではないようで、前は午後六時から十時までドンドンドンとやっていたのが、今は七時から九時頃までで終わるようになった。

 三十年前は、こういう、町内の祭りもそこかしこで行われていて、賑やかなものだった。今は大きな神社やイベント会場でのみ大規模に行われ、町内の祭りは淘汰されていくのだろう。
 大規模ショッピングセンターと商店街のような関係のようだ。

 うちの町内の祭りも、一度、二年に一回にしようと決まったのだが、結局、町内会の飲み会の場にしたいのか、一年に一回は、ショボくても開かれ続けている。

 あああ、これを書いている今も、ドンドンドンカカカッカ、ドドンがドンとうるさいのだ。家が揺れるほどである。わたしは耳の病気をしてから、静寂な空間が好きなのである。
 これを書いたら、耳栓をした上にイヤーマフをして、横になることにする。
 ちょいと短いが、今回はこれにて御免。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子