2019年10月02日

【日記】早食い

 大食いではないが、早食いである。
 親族と会食すると、最後にオーダーが来ても、最初に食べ終わっているくらい早食い。
「もっと味わって食べなさいよ」と老父母には言われるが、逆だ逆。味わうために早食いしているのである(と、わけのわからない言い訳をしている)。

 わたしの偉いところは、自分で皆の食卓を用意しても、やはり早食いなところである。自分で作ったからといってゆっくり味わったりはしない。やっぱり最初に皿を片づけるのはわたしである。

 早食いならば、早食い大会の地方予選参加くらいならばできるのではないかな?
 でもきっと、そこで落ちる程度の早食い。なんとなれば、ネット仲間と外食をすると、みんな同じくらいの早食いなんだよねぇ……。

 つまり、結城家基準で言うと「早食い」なのだが、友人基準で言うと「標準」なのである。
 これは、結城家が食べるのが遅い……というより、世代的なものもあるのではないかな、と感じている。

 総じて、給食世代≠ヘ、早食いになってしまうのではないだろうか。
 今は違うのかもしれないが、わたしの時代、給食の時間は短かった。四時間目が終わって、給食があり、その後、平日は昼休み、土曜日は掃除(昔は土曜も半ドン登校だったのだよ、若者諸君)というタイムスケジュール。
 そこで、遅くまでゆっくり食べていると、片づけを待っている給食係に急かされたり、掃除が始まってもモグモグやっていることになってしまう。
 実際、わたしより食べるのが遅い細君は、いつも食べ終わる前に掃除が始まってしまい、気まずい思いをしていたそうだ。

 こういう訓練を小学校一年生からやっているのである。我々と同世代の給食世代≠ェ早食いになるのは仕方ない一面もあるのである。


(徳弘正也「狂四郎2030」5巻より引用。「遠慮するな。今までの分食え」)

 早食いだが大食いではないので、二郎のロットバトルには参加できそうにない。
 度を越した大食いはそれだけでタレント(才能)たりうるが、早食いはあまり評価されはしない。むしろ、それが原因で食道が気管を潰してしまい死亡事故に繋がるなど、世間的にも白い目で見られる悪癖のようである。

 わたし自身、早食いで得したことなど、振り返って考えてみてもなにもない。
 そこで一時期、ゆっくり食べ≠ノチャレンジしてみたことがあった。口に食べ物を含んだら、箸を置いて、三十回噛む。そして飲み込んで、次の一口を食べる。
 そこで得た結論は――こんなうざったいことをやっていると、メシがまずくなる! ということであった。最初に「わけのわからない言い訳」と書いたが、メシをうまく食うために早食いしているというのは、半ば真実なのだ。

 誰しも、生活のリズム、そのプロシジャをやるためのテンポというものがあるのである。コンピュータでいうクロックのようなものだ。そのテンポを崩されると、むしろ精神衛生上良くない。ひいてはライフスタイル自体が乱れてしまう。

 そんなわけで、わたしは早食いをやめない(というか、やめられない)。これはもう、しかたがないことなのである。

 ああしかし、しかしである。
 世の中には「速読法」などというものがあり、「わたし、本を読むの速いですよ」という人がいる。こういう人はねぇ、あのね、モノカキってのは、命削って文章を書いているのですよ。そういうことを承知の上で、もっとゆっくり、味わって読んでいただきたい!

 と、食事とは矛盾したことを思ったりするのも確かなのだ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記