2019年10月19日

【日記】父の迷言

 わたしの父はもう90歳を越えたが、まだ自分の足二本で旅行を楽しむくらい元気で助かっている。
 頭の方もけっこう明晰で、この歳で、Adobe Premiereを使って動画編集を楽しむコンピュータおじいちゃんだ。

 ただ、最近、耳が遠くなってきたのはいかんともしがたい。わたしも病気をして片耳が遠いので、さぞやつらいだろうなあと思っているのだが、あにはからんや、父は「聞こえないなら聞こえないでいい」というタイプのようで、むしろ周りの方が大声になって気を遣うという感じ。ただ、いい補聴器を作ったので、それをしている間は聴覚も快調のようだ。

 父がコンピュータを使い始めたのは、もともとが8ミリフィルムでムービー作品を作る映像作家だったから、という面が大きい。8ミリフィルムがビデオに駆逐される前に、父はビデオに軸足を移してリニア編集をするようになり、コンピュータでノンリニア編集ができるようになると、すぐさまそれに飛びついたのだった。
 こういうフットワークの良さはわたしにはないものなので(わたしは慣れ親しんだ環境にしがみつく性格)、その好奇心の強さ、新しいものを使おうという意志には、わが父ながら感心してしまう。

 そんなわけで、父のコンピュータ歴は、年齢に比してそこそこ長い。初めてのPCはソニーのキャプチャボードが載ったマシンで、Windows98だったと思う。OSR2ではなかったはずだ。
 それ以来、マシンを換えOSを換え、Windows2000、XP、Vista、7と使ってきている。ただ、自分でマシンを自作したり、OSを入れ替えたりすることはさすがにできないので、それをやるのはわたしだが。

 動画のノンリニア編集については、わたしが驚くほどPremiereを使いこなして、定期的にビデオサークルの作品会に映像作品を出している。県内のビデオコンテストにも応募して入賞し、森田健作知事から賞状をもらったこともあるので、その腕は本物だ。

 ただ、PC歴は長いが、PCやOSへの理解はそれほど深くはない。そのあたりのサポートは、前述のとおり、わたしが全面的にやっている。
 例えば、父のマシンはWindows98時代から、作業HDDとしてDドライブを切って、ひとつの作品を作り終わったらDドライブのファイルを消せばいいようにしているのだが、父はどのPCにもDドライブがあると思っていたらしく、友人のノートパソコンで動画編集の仕方を教えていて、「このパソコンにはDドライブがないんだ」と驚いていたりした。

 そう、父にはドライブとかルートとかディレクトリとかいう概念はない。いやフォルダはちょっとわかってるかな? とにかく、DOS時代から続くファイル構造というものの根本を理解していないので――

 父「恭介、セーブしたはずのファイルがないんだけど」
 わたし「またCドライブのどっかにセーブしちゃったんじゃないの?(マウスちゃっちゃ)。ほら、ここにある」
 父「ああそうか、またDドライブにセーブするの忘れちゃったんだ」

 ということが頻繁にある。

 数年前、もうガラケーも先が見えてきたし、父母にもスマホはどうだろう? と勧めてみたら、父は意欲満々でそれに臨んだのだった。自分で教室を見つけて通ったり、教本を見て勉強したりして、苦労はあったようだが、どうやら自家薬籠中のものにしたようである。わたし自身、父の薦めでLINEを使うようになり(わたしは既存の技術に固執するタイプなんですよw)、今は家族で便利にLINEを利用している。

 そんな父だが、やはり技術の根本のところは「なんとなく」で理解しているだけのようで、とんちんかんなことを言ってきて驚かせたりする。

 父「恭介、スマホのメールってのは、箱根の山を境に、送れる人と送れない人がいるんだな」
 わたし「えっ!? まさか」

 これは、メールの相手がガラケーで、PCメールを排除しているクソ設定のユーザーが(父にとって)きれいに東西に分かれていたから起きた誤解らしい。
 この誤解は、結局解けたのか解けなかったのか。SMSなら通るということがわかって一段落したのだが、SMSなんぞ早くこの世からなくなってほしいと願っているわたしにとっては苦々しい体験であった(最近はネットサービスの認証にSMSが使われるようになって、本当にいまいましい)。

 先日はこんなことを言ってきた。

 父「恭介。画像ファイルには著作権の観点から(ダウンロードしても)、パソコンから消えちゃうやつがあるんだな」
 わたし「はぁ?」

 詳しく聞いてみると、画面キャプチャした地図をペイントソフトでいじっているうちに、それが真っ白になってしまう体験を二度して、そう思いこんでしまったらしい。
 キャプチャした画像はbmpである。そんなトリックが仕込めるわけがない。が、そんなことはない、とわたしが何度言っても納得はしてくれない。

 どうやら、ペイントソフトでその画像いじっていて、「上書きする」を常に選んでいたものだから、なにかミスで初期画面を呼び出して、それを同じファイル名で「上書き」して「真っ白」になってしまったのを――

「おはようフェルプス君。(中略)なおこのファイルは、著作権上、自動的に消滅する」

 だと思いこんでしまったらしい。

 こんな微笑ましい迷言をのたまう父で、そのたびにわたしは呼び出されてああだこうだと教えたり、直したり、ファイルを探したりしているのだが、こういうことができるうちが幸せなのだなぁ、と思って、怒ることもなく、丁寧に優しく接しているつもりである。

 来年1月14日には、Windows7のサポートが終わる。正月休みに、父のマシンにSSDを入れ、Windows10をインスコする約束をしている。父はSSDのなんたるかを理解していないが「恭介がパソコンを速くしてくれるらしい」とわくわくしているようだ。いや、父よ、CPUは変わらないから、レンダリング時間は同じだよ……。

 願わくば神さま、この(面倒ながら)幸せな時間を、少しでも長く感じさせてください、と祈りながら――。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記