2019年10月26日

【日記】Show Must Go On.

 以前通っていた歯科医での体験。
 ここの先生は小学校の歯科検診の担当もしているということで、腕もいいのではないかという評判を聞いて通いはじめたのだった。なにより、家から歩いて三分という立地が良かった。

 治療の時、タオルで目隠しをして、あんぐりと口を開けさせるというお医者さん。恐怖心を煽らないように、という配慮からであろうか。これはこれで、気が利いているかも、と思った。

 この歯医者さん、通算で一年は通ったかな。でも今は、歯のトラブルがあったときは、別の歯科医にかかるようになってしまった。

 理由があるのである。

 ある日の治療でのこと。この歯医者さんが、隣にいる歯科助手の女の子を叱りはじめたのだ。
「あのねぇ、ここの器具は、こっちにこう置いておいてくれないかな」
「……すみません」
「いつも言ってるでしょ。気が利かないなぁ。それでね云々。あのね云々。だからさ云々――」
 その間、わたしは二人の間であんぐりと口を開けて、目隠しをされたまま治療を受けていたのである。なんとも、居心地の悪い時間であった。

 その歯の治療が終わって解放されたとき、もうこの歯医者にはいかない、と決めた。ちなみに先生の腕は、結果的に、腕はまぁまぁからちょっと下くらいであった。なお、先生は患者には優しく、特に怒られたことも文句を言われたこともない。それでも、再び通う気にはなれなかった。
 腕のせいではなく、治療中の患者の目の前で、歯科助手を叱るというのは非常識だと思ったからだ。

 今、行っている歯医者は歩いて十分のところだが、腕は普通。そしてなにより、歯科助手を客の目の前で叱りつけることはしない。治療が一段落すると、いちいち別室に戻るのが気になるが、歯科点数でもつけているのであろうか? それがちょっと不思議。

 次の体験。
 わたしの街の最寄り駅には、とても美味いと評判のラーメン屋があり、昼どきと夜には行列ができるほどである。
 実際、味は確かに美味い。聞いた話だと、ご主人はある有名店で修行し、のれん分けしてもらって、この店を始めたのだという。

 ある日のこと。昼の部の列の一番先頭をわたしがゲットした。開店は11時半。それまで、ウキウキとした気分で、待ち行列用の椅子に座っていた。このお店は一等賞だと、ちょっとしたサービス(チャーシュー追加)とかしてくれるのである。
 店内は開店に向けて仕込みが一番忙しい時間であろうか。
 と、店内から罵声が!
「違うだろ! そこはそうじゃないだろ」ご主人であった。「何度言ったらわかるんだよ。いい加減に覚えろよ」
 どうやら、失敗したお弟子さんを怒っているらしい。小言は続く。「だからさ云々。おまえはさ云々。まったく云々――」

 行列の先頭にいたわたしの耳には、それが全部聞こえてくる。わたしはいたたまれなくなってきて、小言が続いている間に決心し、席を立って行列を離れた。
 念のためいうと、ご主人の人柄は暖かく、お客に怒声を飛ばすことなどない。客を選ぶ店というものもあるが、ここは千客万来である。
 上記のお弟子さんへの叱咤も、お弟子さんを思ってのことであることは承知している。それでも、お客が聞こえている状況で、あれはいけない。

 このお店は、唯一無二なので、今でもたまに行っているが、あの体験は忘れたことがない。

 他界されたジャニー喜多川さんは「Show must go on.」という言葉を大切にされていたそうである。ショウは始まったらやめられない。続けなければいけないのである。

 同じことが、客商売にも言えないだろうか。

 客商売にとって、お客が見ている、聞いている場所というのは、すでにステージなのである。ショウはすでに始まっている。やめることはできない。本来なら、舞台の裏でやるべき「咎め」や「叱咤」はグッとこらえて、笑顔でショウに徹するべきなのだ。
 でないと、なにより一番大切なお客が不快になる。

 実際に、上記の歯科医院は、ひとり患者を失ったし、ラーメン屋さんはそのときのお客をひとり帰してしまったのである。

 以前わたしは、「技術屋は客商売とは違うのだから」という文脈で誤解を招く表現をして、客商売の方からお叱りのメールをいただいたことがある。そのとき、客商売の方も、強い誇りを持って、お客様の前というステージに立っていることを痛感した。

 前記二点の歯科医とラーメン屋のご主人は、客商売としていかがなものであろうか。みなさまはどうお感じになられるだろう。
 いっときの激情を露わにすることで、ショウが台無しになってしまうことがあることを、客商売の方々にはお伝えしたい。

 Show must go on. いい言葉である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記