2019年11月23日

【日記】パパ様ミサ当落のアルゴリズムを考察する

 前回の日記では、わたしたち夫婦が11月25日(月)に東京ドームで開かれる「教皇ミサ」に当選したことを伝えたが、ツイッターや実際に聞いた情報によると、「教会コード」を入力した、毎週、教会に通っている敬虔な信徒であっても、当選率はそう高くなかったらしい。

 ここに、ツイッターで収集した情報を集約してみる。あくまでキイハナ(聞いた話)なので、確証はないし、わたしも情報の保証はしない。

・裏で取り仕切っているのは広告代理店の「電通」である。
 ――結城私感。それは最初からそうだろうと思っていた。日本で、これだけの大規模イベントを、短期間で、それほどの混乱もなく準備、用意、実行できるノウハウを持っているのは電通くらいだ。

・当選率は50パーセントくらい。
 ――結城私感。ツイッター上でアンケート統計をとってくださった方の結果や、そのほかの見聞でも、だいたい応募者全員の半数が(「教会コード」入力関係なく)落選の憂き目に遭っているようである。これはちょっと驚きの結果だ。正直、「教会コード」を入れれば、まず当選か、抽選になっても八割は当選すると思っていた。

・イグナチオのような大きな教会でも、当選率は50パーセントくらい。
 結城私感――大教会だからといって当選率があがったり下がったりすることはなかったということか。とはいえ、逆に信徒の少ない教会でも当選率50パーセントだったかどうかは情報がない。

・一人で複数当選している信者がいる。
 結城私感――いわゆる「学校枠」や「青年枠」で当確だった人が、個人でも申し込んで当選し、当選ハガキが三枚来た、という例があるらしい。「学校枠」や「青年枠」の発表が個人の申し込み開始より遅かったことによるもので、仕方ない一面もあるが、こういったダブリは、本来、システム側でチェック、適宜ダブリを削除できたはずである(住所氏名が同じなのだから)。

・複数者で申し込んだ場合でも、全員落ちるor当たるわけではない。
 結城私感――申し込みは1名〜6名まで一緒に申し込むことができ、当選した場合は並んだ席を確保してくれるとのことであった。数学的には、同時申込者が少ない方が当たりやすいはずだが、ここはけっこうドライに、同時申込者の中でも当落の差がついていたとのことである。

・プロテスタント、非信者で応募した者の中にも、確実に当選者はいる。
 結城私感――「教会コード」を入力しなかった申し込み者でも当選したという声が少なからずある。このあたりが「教会コード」を入力すれば優先されるという事前のアナウンスとの乖離を感じ、不公平感をかもしだしている。

・「バスツアー」枠は別途用意されていた。
 遠方から「バスツアー」で来る信徒は、すでに席が確保してあった。これは「学校枠」、「青年枠」と同じ扱いだろう。金で席を買った、不公平だ、という声があるようだが、遠方から来ることだし、わたしは不公平とはまったく思わない。

・最初は抽選になるほどの応募はないと思われていた。
 結城私感――これはうちの教会の主任司祭の弁だが「考えてみてください。日本のカトリック信徒は44万人ですが、実際にミサに来ている信者はそのうちの四分の一以下ですよ。すると日本全体で毎週教会に来ているみなさんのような信者が10万人として、東京ドームに入れるのは半分の5万人です。関東近辺の信者が申し込むことを考慮すれば、それほどあわてることはありません」
 うむ、実際、教会のメールボックスの放置具合を見れば、通っている信者は四分の一くらいという実勢は納得できるものがある。と、聞いたときは思っていた。
 また、長崎で行われるミサは、追加申し込みが必要だったほど、申し込み者は多くなかったらしい。
 東京ドームでも「教会コード」を書いておけば、まず当選確実、という雰囲気はあった

・その他うわさ――聖体拝領はアリーナ席だけ。ほかの席はミサ終了後の帰りにご聖体をいただける。
 結城私感――だとしたらこれはガッカリポイント。わたしはアリーナ席ではないので、ことの実際は、ミサ後のレポートでご報告したい。

 さて、これらの情報をまとめてみると、電通がコンピュータで当落を選別したアルゴリズムがだいたい透けて見えてくるような気がする。

・「教会コード」を入力すると優先される、と言いつつ、「非教会コード入力者枠」は確実に用意されていた。
 結城私感――つまり、数は少ないだろうが、プロテスタント・非信者枠も一定数あらかじめ定数として用意されていた。東京ドーム定員5万人の十分の一、5千人くらいは確保してあったのではないだろうか。

・「教会コード」は次の入力ページの所属教会名入力と照らし合わせて、違う者をはじいているだけではないか?
 結城私感――試していないのでわからないのだが、「教会コード」と、次ページのドロップダウンメニューから選択する所属教会名が違っても、申し込みはできたのではないか。
 つまり、内部的なアルゴリズムとしては「教会コード」と「所属教会名」が違う場合は、当選優先度の変数を落とす(あるいは最初から有効申し込みとしない)といった処理がなされている可能性がある。

・当選者は各教会にバラけるようにしてある。
 結城私感――当選者がひとりもいない教会、当選者ばかりの教会、というようにならないようアルゴリズム設計されているように思われる。
 つまり、当選確率は最初から変数として設計されており、それと、各教会の所属信徒数(これは発表されている)を掛け合わせて、大教会も小教会も同じ割合で当選者を出すようになっているよう感じる。
 その当選確率変数が、今回は結果的に50パーセントまで落ちた(有効申し込み者が10万人いた)ということではないだろうか。

 といったところか。
 もちろん、つながり席の家族申し込みとかもあるので、そのあたりは、別の当選確率変数を上げたり下げたり、席別に数字を調整していると思われる。

 想像するだに、けっこう難しいアルゴリズムだ。全体としてみれば、単純に「五分五分」だが、細部はかなり細かい。
 おそらく、なにか雛形になったプログラムがすでにあるのだろうが、電通は「いい仕事をした」と個人的には思う。

 電通の――というよりカトリック中央協議会の――誤算は、申し込み者が定員の二倍、10万人になってしまい、当初考えていた当選確率変数が50パーセントになってしまったことだろう。

 これはもう、はっきり言って、ふだんミサにこない「イベント信者」、「幽霊信者」、「ファッション信者」(「【日記】信徒八景」参照)のたぐいが「せっかくだからパパ様ミサに参加するぜ」と申し込んだからであろう。
 残念ながら、信徒個人の教会生活への熱心度が量化されたデータはない。それがあればまた違ったアルゴリズムを組めたのだろうが、結果は、熱心な信者が落選し、興味本位の非信徒が当選するという、非常に不公平感の高いものとなってしまった。
 せめて、プロテスタント・非信者枠も変数にして、その枠も信徒に振り分けるアルゴリズムにしておけばよかったのに、と思う。

 カトリックの洗礼を受けたくせに、今、教会とは無縁の生活を送り、パパ様のミサだからと応募して当選の通知をもらった方々は、回心して、これから教会生活を送るように。次の聖句をお送りする。

 わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
(マタイによる福音書 7:21)

 わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
(ルカによる福音書 6:46)


 また、奉仕に祈りにと、日々を教会のために尽くしているのに、落選してしまった方々には、次の聖句をお送りしたい。

 くじは膝の上に投げるが ふさわしい定めはすべて主から与えられる。
(箴言 16:33)


 今回の当落は、決して神の選択ではない。単に、人間が作ったコンピュータがはじき出した、アルゴリズムの結果である。気落ちなどなされないよう、励ましておきたい。
 ちなみに、コンピュータが一番の苦手としているのが、「本当の乱数」を算出することである。だから繰り返して言うが、この結果は人間の手によって行われた選択であり、決して神の選びではないのだ。

 パパ様ミサは、ネットでも中継されるとのこと。よく言うじゃないですか。球場で野球を見るより、テレビで見た方が迫力ある、って。

 あとはせめて、当選できなかった方のために、当日の様子を、後日、わたし個人の目を通した記事にするので、ご高覧くださいませ。
 わたしたち夫婦の席はかなりパパ様から遠いので、オペラグラスを持って行くつもりである。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記