2020年03月14日

【回想録】「復活の日」の思い出(ネタバレあり)

 毎朝通っていたフィットネスジムチェーンが、10日の臨時休業をとるという同報メールを送ってきた。理由は言わずもがな、例の新型コロナウイルスの、もしもの感染を防ぐため、である。
 その心配はよくわかる。もしひとりでも感染者が出てクラスタ認定されてしまったら、休業どころではなく、風評被害で閉業になってしまうだろうから。

 そしてWHOもついにパンデミック宣言を出した。小松左京先生の「復活の日」のファンとしては、現実に疫病が流行るとこういうふうに各国、各組織が対応していくのか、と興味深い。

 そう、「復活の日」。これについては、以前も書いた憶えがある。風邪を引くといつも読んでいたというような内容で(「【回想録】風邪の思い出」)。

 あらすじは書く必要があるのかな? 書評、映画評ではないから、いらないかもしれないが、一応、読んだことも、映画を観たこともない方のために――

 おおざっぱなあらすじ――イギリスが開発していた細菌兵器MM88が、スパイによって持ち出され、事故によってアルプス山中にばらまかれる。春になり、MM88は空気中で増殖。同時に起こっていたインフルエンザの流行を隠れ蓑にしてMM88は蔓延し、地球上の人類は夏には滅んでしまった。ただ一帯、南極に住む観測隊員たちを残して。
 4年後、日本の観測隊員吉住は、アメリカ大陸の巨大地震を予測する。その報に、南極大陸に新しくできた組織の幹部たちは青ざめた。無人の大陸に大地震が起きたところで何の被害もないだろうという吉住に、驚くべき事情が話される。
 アメリカには、他国からの核攻撃にそなえて、ARS(オートリベンジシステム)――自動報復装置――というものが作られており、それが稼働しているというのだ。そして同じようなシステムがソ連にもある。アメリカで地震が起こると、それを核攻撃とみなしてアメリカが報復のミサイルをソ連に打ち、ソ連もそれに応えて打ち返す。そのうちの一発が、なんと、南極を向いている「可能性がある」というのである。
 吉住は、ホワイトハウス地下にあるというARSを止めるための、「消防士計画(ファイアマン・オペレーション)」に自ら名乗りを上げ、死地となったホワイトハウスへ向かう。


 これでもかなり原作小説からするとはしょっている。実際のMM菌は菌ではなく「核酸兵器」という、小松左京先生の超絶的な発想を反映したものだし、各国がどのように滅んでいったかも省いてしまった。

 角川映画が作った映画版「復活の日」は、もちろん劇場へ観にいった。高校生の時だったと思う。誰かと一緒に行った記憶もないから、ひとりで鑑賞したのだろう。まだレンタルビデオなどない時代の話である。
 当時、角川は「映画界初の南極ロケを敢行」ということで、かなり力を入れて宣伝していた。主題歌のジャニス・イアン「You are love」もレコードを買った。映画版のシナリオ文庫本も。それだけ、原作「復活の日」が好きだったのだ。
 しかし、映画版は、わたしにとって、とても残念な出来であった。

 小説版の「復活の日」のストーリテリングは「アイロニー」に満ちている。エンディングで明かされるのだが、「実はソ連のミサイルは南極へ向いていなかった!」のである。映画では、このミサイル・ビリヤードは完遂されて、南極にも水爆が落ちるというシーンがあり、これは原作を知っていると、口あんぐりの結末であった。
 そしてMM菌も、映画版では「ワクチンができた」で済まされているが、原作小説では、「落ちてきたミサイルのほとんどが中性子爆弾であった」、「高速中性子によってMM菌が変質し(細かくは違うが)、無毒になった」という、ミサイル・ビリヤードこそが死地となった地球全体を救った、という流れになっていたのである。

 この、アイロニーに満ちた最後のどんでん返しなくして、「復活の日」の良さはないと思う。
 それだけに、角川映画の「復活の日」は、見終わったあと、「違うんだよなー」という感想ばかりが残ったのであった。
 後日、映画を観ていなかった中学時代の畏友H君に、いろいろとこぼしたことを思い出す。

 その後、テレビ放映やWOWOW、CSなどで何度も映画版「復活の日」は観たが、やはりそのたびに「違うんだよなー」という思いをぬぐえない。
 第一、英語版のタイトルが、「VIRUS」だしね。なんとも、つまらない。

 この新型コロナウイルス禍は、虚構の「復活の日」とは違って、まあかなりマシな状況ではあると思うが、それでも人類全体が後手後手に回っている感は否めない。

 カトリック東京大司教区は、ミサ中止を3月29日まで延長した。4月5日の「枝の主日」は行うところが、4月8日までのミサ中止を決定しているバチカンと違うところだ。
(正確なところを言うと、四旬節は4月9日の聖木曜日直前で終わるので、バチカンは四旬節全体をミサ中止したということ)

 果たして、それまでに日本の新型コロナウイルス禍が治まるか、あるいは罹患率のベクトルが下がってくれるかはわからない。「復活の日」ならぬ、4月12日の「復活の主日」で、信徒皆が全員元気で、主の復活をお祝いできれば良いのだが……。

 これをお読みの読者の皆様も、お体、ご自愛ください。
posted by 結城恭介 at 08:00| 回想録