2024年04月27日

【書評】「生まれる性別をまちがえた」

 小西真冬「生まれる性別をまちがえた」(全1巻)



 SRS、つまり性別適合手術、ありていに言ってしまえば性転換手術のルポルタージュは、活字、マンガを問わずいろいろ読んできたわたしだが、これほど「痛そう」と感じたルポはなかった。
 いや、それだけSRSの現実は隠されてきたということなのだろう。

 ストーリー、というか実話――著者は幼少時からの性別違和感を抑え、一時は不良≠ノなるほど男たらん≠ニしてきたが、学校のイベントで女装、また結婚後、あるゲームをやったことで、自分が性同一性障害≠ナあることを自覚。妻もそのような著者を以前から理解しており、ついに意を決して、タイでSRSに臨むことになった。
 このマンガは、その手術、そして術後の肉体と精神の痛みを克明に描くものである。

 著者、小西先生が受けた手術は「陰嚢反転法」を極めた「スポーンテクニック」という完成度の高いもので、大変に高度な術式だそうである。



 簡単に男性器と睾丸をチョン切って終わり、というわけではないのだ(そういう簡単な手術もないわけではない。為念)

 この高度な手術の利点は、術後の性器の「見かけ」が本物とほぼ区別がつかないこと。また、性感が維持できるというものだそうだ。
 小西先生の場合は、パートナーが女性なので、それほど性感にこだわらなくても、という感想を持ったが、それだけ「本物の女性に近づきたい」という強い意志があったということなのだろう。

 術後の一日、麻酔がまだ効いている間は、「余裕余裕」だった著者だったが、その後、激烈な痛みに襲われる。



 小西先生の筆致は、基本、コメディタッチではあるのだが、同時に画力がある分、この痛みの描写は、読書に没入している読者にも、まるで脳にジャックインされたかのように伝わってくる。読んでいて「痛い痛い」と感じてしまうほどだ。

 また、この術後の痛みが治まってから、「ダイレーション」という、造膣された箇所か閉じないためのリハビリをするのだが、これがまた痛い!(と、自分が感じたように書けてしまう)。



 2024年10月25日、最高裁判所は「戸籍の性別変更に手術を必要とするのは違憲」という決定を出した。
 この決定について、賛成、反対の様々な意見がネットで議論になったことは記憶に新しい。

 実際、その後、「自分の体は男だけど心は女ァ!」と叫びながら、パスもできない(外見が女性と見られない)男が女子施設に突入するなどの事件もあり、世間からは強い反感、そしてSRS手術を終えたトランスジェンダーからも「頼むからことを荒立てないで静かに暮らさせてほしい」という声もあったりして、事態は混沌としている状態だ。

 また、外国からは、MtFTG(男から女へのトランスジェンダー)が、女性スポーツ界に参入し無双しているというニュースがいくつも伝えられてきており、この問題が一筋縄でいかないことを示唆している。

 とはいえ、こういったことは、わたしとわたしの友人たちの間では20年前に議論しつくされていたことでもあるのだ。
 詳しいことは書かないが、わたしが主催していた私的ネットの中で、メンバーのひとりが、自分はMtFTG(体は男だが心は女)だと言い出したのである。
 申し訳ないが、そのメンバー≠ヘとうていパスできそうな容姿ではなかった。
そのメンバー≠フいないところで、議論は百出した。わたしはリーダーとして「我々も将来的には家庭を持ち(わたしはすでに結婚していた)みなで家族ぐるみで旅行にでることもあるだろう。そのとき君らは、自分の妻とそのメンバー≠ェ一緒の風呂に入ることを容認できるかい?」と訊いた。答えは皆、ノー≠ナあった。そのメンバー≠ノ同情的だった人でさえも。

 酷なようだが、やはり究極的には見た目≠ネのである。どうみてもパスできない(男としかみられない)者が「心は女ァ」と叫んでも理解はされないのだ。



 以前も書いたのだが、男性が世間で普通にパスできる女装ができるようになるまでには、一流のアスリートのように、生まれ持った才覚と、血のにじむような努力が必要なのである。
 そんじょそこらの男が「自分、幼少期、赤いランドセルが背負いたかったですから」で、「じゃ君、心は女だから、今日から女として過ごしていいよ」というような簡単な話ではないのだ。



 と同時に、SRSをせずとも十分パスできているトランスジェンダーに、「戸籍の性別変更したいくらいなら手術すればいいじゃない」などということは、本書を読んだわたしは言いにくい。
 これほどの酷薄な、ときによっては命にも関わる手術を、戸籍の性別変更の条件にするのは、やはり憲法違反なのかもしれない、とも思う。

 極端な話、国家のもと有識者でつくる「パス判定委員会」を作り、患者と対面させ、「ガッテン」「ガッテン」とボタンを押させて文字通り雌雄を決するのが一番なのかもしれない(令和の若者は「ガッテン」を知らないかw)。

 本書は、SRSの実際を知らない者、これから受けたいと思っている方には必読と言える。
 ぜひとも、実際のところどれだけ「痛い」ものなのか、マンガを通して疑似体験していただきたい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評