電車や飛行機の中でもすぱすぱタバコを吸えてはいたが、少しだけ禁煙のムーブメントが芽生えた頃、禁煙パイポは生まれた。
男1「(禁煙パイポを持ち)わたしはコレでタバコをやめました」
男2「(禁煙パイポを持ち)わたしもコレでタバコをやめました」
男3「わたしは(手の小指をつきだし)コレで! 会社をやめました」
というテレビコマーシャルが一世を風靡したのである。
令和の今だとこのCM、コンプライアンス的にダメかもね。
わたしも昭和の頃、タバコをやめようと思って、この禁煙パイポをくわえていた頃がある。
スーパーのタバココーナーなどでつり下げ販売されていたものを購入。当時は吸い口キャップなどもない、ただのプラスチック棒だったという記憶があるのだが、これは変質しているかもしれない。
だが、禁煙パイポでは禁煙はできなかった。やはり肺にガツンとくる重さがないとダメ。パイポはスカスカでインパクトがない。ただタバコを口寂しさでくわえている人ならよいかもしれないが、紫煙が好きなタバコ喫みには代用品にもならなかった。
今思うと、昭和の「軽薄短小」ブームのときに、この商品は生まれたのかもしれず。
わたし自身は、その後、昭和、平成を通し、ゆるい禁煙、喫煙期間を経て、病を得、断煙に成功する。
そのときは禁煙パイポに頼る必要もなかった。ただ、やめようと思うだけでやめられた。激しい禁断症状などもなかった。
意志が強いというわけでもなく、わたしはそれほど、ヘビースモーカーではなかったのかもしれない。
振り返れば、パイポはいつも陰の存在であった。
マンガのキャラの特徴づけで「いつもタバコをくわえている」というものがあるが、これもパイポではさまにならない。
ワンピースのサンジも、海外版ではぐるぐるキャンデーを嘗めている。これもどうかとは思うが。
禁煙が当然のこの令和で生まれた子たちは、まずこのパイポというものの存在を知らないかもしれない。
「わたしは、コレ(小指)で!」の意味もわからないかもしれないね。
今回、禁煙パイポをくわえて、ひょっとしたらタバコの旨さを思いだし、紫煙への渇望がうまれてしまうかもと、一瞬、危機感を覚えたのだが、そのようなことはなかった。
結局、体温計のかわりとして、今もガジガジくわえている。
21世紀も四半世紀が過ぎた現代にあって、ヨドバシドットコムで買えるのだから、禁煙パイポは、腕時計のカレンダーよりニーズがあるのだろう。
無機質なプラスチックをくわえながら、今夜は昭和に、思いを馳せる。
2025年07月16日
【昭和の遺伝子】禁煙パイポの思い出 その2
posted by 結城恭介 at 23:59| 昭和の遺伝子
