細君と料理の話ができるようになったのはよい変化かな、と思っている。
わたしのタブレットにもクックパッドアプリを入れてしまった。
それにしても、世の人々の食に対する欲求がこんなに強いものだとは、と、還暦を過ぎて、いまさらに感心している。
わたしはまともな家庭科教育を受けたことがない、昭和中期世代である。男子は技術課、女子が家庭科、とわかれているのが普通だった。
大学附属の実験校だったので、数コマ、実験的に家庭科に参加させられ、味噌汁とほうれん草ソテーを作ったことはあったが、このときもほとんど女子が働いて、男子はカヤの外だったと思う。
「男子厨房に入らず」という言葉、今の子は知らないだろうな。
ただし昭和の男は、自分が料理できないのだから、出されたものは黙って食べる。まずくても食べる。文句は言わない。という「美徳」があった。あれはまずい、これはうまい、と、食にこだわるのは男らしくない、というところはあったのだ。
今の子は、あれはまずい、これはうまい、と言っても、自分で料理できるのだからよいよね。
作る側も、まずいと言われたら「じゃあつく!(じゃあ、おまえが作ってみろよ)」と返せるのはよい時代だ。
「君、作る人。僕、食べる人」というCMが男女差別だと問題になったことがあったが、「食べる人」だって、家庭科教育を受けられなかった犠牲者なのだ、よ?
以前、KADOKAWAが角川書店だった頃、角川春樹さんから大きな鮭を、一本、贈られたことがあった。
細君は動じることもなく、これを見事にさばいてくれたのだが、今思うとこれはすごい。普通に「女子だから」できることではないよね。
つづく!
2026年01月17日
【日記】ここで味を整える その3
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記
