先日、愛用Kindleの中にツンである、ある新書の作者である大学教授が、けっこうXで暴言を吐く方ということを知ってしまった。
評判はよい本なのだが、どこかがっかりして、そのタイトルを開く気がまったく失せてしまった。メモリからも消してしまおうかと思っている。
わたしは、作品と、それを創った者の人格は切り離せない、と信じているタイプ。
人に罪があるなら、作品にも少なからずその罪が反映されているはずと思っている。
人格が反映されていない作品は、まだまだ薄っぺらいレベルである。
作者は作品に生き様を焼き付けてこそ、ある一線を越えた、良作以上の、執念のある名作ができあがるのだ。
悪い方向ばかりではなく、よい方向にも、それは醸し出されるはず。
暖かい作品には、やはり暖かい人格が裏にある。冷酷な人間がとりつくろってつくった作品には、どこかいびつさがある。
その微細な違和感を敏感に感じるとる受け手は必ずいる。
別に聖人君子でいる必要はない。
普通でいいの。普通で。
でもね、「普通でいい」という、婚活の現場のようなささやかな希望が、実は一番、むずかしいのかもしれないね。
2026年02月25日
【日記】普通でいいの。普通で。
posted by 結城恭介 at 23:59| 日記
