2019年07月10日

【日記】常駐ソング

♪ブイ・エー・エヌ・アイ・エル・エルエー・バニラ!
♪ブイ・エー・エヌ・アイ・エル・エルエー・バニラ!
♪バーニラ、バニラバーニラ求人、バーニラバニラ高収入!
♪バーニラ、バニラバーニラ求人、バーニラバニラでアルバイトー!

 最近、この歌が妙に頭に常駐してしまっているのである。
 これは知る人ぞ知る風俗の求人ソングで、渋谷などに行くと、専用バスがこれを大音響で流しながら街を回っているのだそうだ。
 ツイッターで読んだ話だが、これを年端もいかぬ娘さんが覚えてしまって電車の中で歌ってしまい、父母が慌てふためいたという。わはは。それは確かに恥ずかしい。

 メロディも知りたい方は、Youtubeで「バニラ 求人」などで検索ヨロ。

 ところで、ここに歌詞をこうやってババンと書くこことができるのは、この曲、著作権フリーなのだ。やるな広告代理店。ヘンに著作権を主張するより、こうやって話題になって広まる方が効果的だという判断だろう。実際、こんなふうに風俗に無縁なわたしのブログでさえ紹介されているわけだし。

 あんまり自分の頭の中でばかり曲が繰り返すのが悔しくて、通っているジムのトレッドミル(ネットに繋がっていてYoutubeを見ることができる)をあがるとき、必ずこの「バニラ」を最後にしておくことにしている。こうすると、次に使う人がチョロメを立ち上げたとき、いやがおうにも「♪ブイ・エー・エヌ・アイ・エル・エルエー・バニラ!」を聴かざるを得ないからである(ひでぇ)。

 こういう、曲が頭に常駐して離れない状態のことを「イヤーワーム(earworm)」と言うそうだ。耳回虫とは言い得て妙である。

 これは個人差があるようで、わたしはけっこうイヤーワームに寄生されるタチ。というか、毎朝、なにかきっかけがあると、なにか古い目の曲が常駐してしまい、頭の中で繰り返すようなことがたびたびある。

 そこでこのバニラの登場なのである。なにか曲が常駐するたびに――
「♪バーニラ、バニラバーニラ求人、バーニラバニラ高収入!」
 と、頭の中でリフレインしてやるとあら不思議、前に常駐した曲が消えている。バニラの曲は常駐はするが単調なので、思考を妨げない。そして徐々に消えていく。
というわけで、わたしの中では「常駐ソングを消す常駐ソング」として、この「♪バーニラ」は重宝しているのであった。

 常駐と言えば、このWindows時代には常駐ソフトを書くのは簡単だが(タスクトレイに適当なアイコンを出すなどして終わらせなければいいだけ)、DOS時代に常駐ソフトを作るのはアセンブラでなければ難しかった。
 わたしはC使いだったので、Cでも簡単に常駐ソフトを作りたく、ディスクマガジン「電脳倶楽部」にその旨質問したら、編集部の舩本さんがCでサンプルプログラムをつくってくださった。いやぁ、うれしかった。
 そのスケルトンを使って、当時ハマっていたダンジョンマスターをジョイパッドで操作できる常駐ソフトを作成し、同誌に投稿したのだが、これは採用されなかった。
 Cでの常駐方法、常駐解除の方法は、構造体とユニークな文字列を使った目からウロコなもので、こんなことを考えつく舩本さんはすごいなぁ、と思ったものだった。

 音楽が常駐するイヤーワームの話から、ずいぶん話題が飛んでしまったが、こんなふうに、わたしの頭の中の常駐ソングを常駐解除する曲として、♪バーニラは活躍してくれているのである。

♪バーニラ、バニラバーニラ求人、バーニラバニラ高収入!

 はっ、今度はこっちが消えていかない。どうしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年07月03日

【日記】パパ様来日はまだ未定なんだって

 ジャニー喜多川さんが他界した――という誤報が日本中を巡りめぐったあと、真実はそんなことはなく、くも膜下出血で入院しているという事実が、ジャニーズ事務所から発表された。

 いったいどこから「他界した」という話が飛び出てきたのか、そしてそれが世間に受け入れられてしまったのか、興味あるところではあるが、なんにせよ、当事者の所属する公的組織がきちんとした場で発表したことでないと信頼に値しないという、いい例になったように思う。

 ジャニー喜多川さんのご回復を心よりお祈りする。

「NIFTY-Serveバイブル」を書いた、故・猫が好き♪さんが、同書の中で、「パソコン通信に慣れると、取材をパソコン通信の中だけで行って満足してしまうきらいがある。これはいけない。現実の世界でフットワークよく調べることを忘れないこと」というようなことをお書きになっていらっしゃった。まだインターネットが日本では黎明期にすらなっていない頃の話である。この先見の明、今の時代にこそ必要に思う。

 そして実は――今年2019年11月に決定とマスコミが騒ぎ立て、もう「行われること」のように世間が受け取っている、フランシスコ・ローマ教皇(パパ様)の来日も、蓋を開けてみれば、まだなーんにも決定していない、トバシ記事なのだそうだ。

 これは、あるミサのとき、説教で菊池勲・東京大司教区・現大司教様が笑いながらお話しされていたことなので、本当の真実である。
 なんでも、パパ様がいらっしゃるには、それ以前にパパ様の安全を確認するために訪問場所をチェックする人(組織?)がいて、彼(ら)のチェックを通らないと、訪問の予定には入りえないのだそうだ。そして、マスコミが喧伝している広島、長崎、東京などの訪問場所に、彼(ら)はまだ来ていないのだそうである。
 日本のカトリックには16の教区があり、それぞれが独立してバチカンにつながっているが、そのひとつとして、正式に「パパ様がいらっしゃるよ」という連絡は届いていない、とのこと。もちろん、日本の教区を横でまとめている日本カトリック協議会も、パパ様訪日予定のニュースは寝耳に水だったらしい。

 そういう事実を知ってから振り返ると、なるほど、マスコミ各社の言い分は実に嘘くさい。
「との見通しを示した」、「最終調整していることが日本政府などへの取材でわかった」、「共同通信など報道各社が伝えたところによると」、「訪日の希望を表明した」。
 こんな感じ。各ニュースソースを丹念に読めば、バチカンの公式発表はまだひとつもないのである。

 正直、日本の司教団やカトリック協議会、もちろん信徒たちも、はやいところ決定事項としてバチカンに発表してほしいとやきもきしているところだ。

 インチキ宗教の預言者は、預言したあと、それを現実にすることで、預言の成就を誇り、現実にできなかった場合は「祈りが足りなかった」と言うそうだ。
 マスコミがもう「決定事項」としている「パパ様来日」も、この預言に似ているような気がする。

 まあ、なんだかんだ言っても、この11月に、パパ様が日本にいらっしゃるように思ってしまうのは、わたしもマスコミに毒されているからだろうか。

 東京ドームでごミサが開かれるのなら、ぜひあずかりたいものだが、きっと各教会で抽選になるのだろうなぁ、などと、信徒同士でヒソヒソ話したりしているのであった。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月29日

【日記】ベルトケース

 ケータイやPHSが出始めの頃だったから、もう四半世紀も前の話になるだろう。
 わたしはROM専だったが、NIFTY-ServeのケータイやPHSを扱うフォーラムの会議室で、オジさんたちが「駅でアステルのアンテナを発見」、「電柱にNTTパーソナルのアンテナ発見」、「DDIポケットのアンテナは大きくて安定してそう」、などとキャッキャとはしゃいでいると、まだ20代そこそこという若い人が、突然、こんな質問をしてきたのである。

「オジさんたちに質問です。ここの会議室のみなさんもそうみたいですが、世のオジさんたちは、ケータイやPHSをベルトケースに入れてぶらさげていて、カッコ悪いと思わないのですか? ダサくて、ぼくにはとうてい真似できません」

 会議室のオジさんたちは虚をつかれた気がしたようだが(好きなんだよこの表現w)、そこは紳士と淑女の社交場NIFTY-Serve、誰も喧嘩腰になることもなく、ガハハと笑って、「キミもオジさんになればわかるよ」、「オジさんたちから見ると、キミたちの腰パンの方がみっともなく思えるんだけどなぁ」と混ぜっ返し、若者も「そんなもんなんですかね?」とレスを返して、一連のツリー(レスの応酬のこと)は終わったのであった。

 特にいさかいもなく、ネットウォッチャー(は当時もたくさんいた)的に面白い出来事ではなかったのだが、わたしはこのスレが妙に心に残って、今もこうして書いているのである。おそらく当事者ももう、覚えていないのではないだろうか。

 心に残っている原因は、当時オジさんの年齢に差し掛かったばかりのわたしも、ベルトケースにケータイやPHSを入れてぶらさげていたからである。そうか、こういうのはイマ風の男の子にはカッコ悪いのだな、と、気恥ずかしさ半分、若さへの嫉妬半分で強く印象づけられたのだ。

 あれから25年が経って、当時の「若者」も、もう十分オジさんになったことだろう。
 そして真性のオジさんとなったわたしはと言えば――もうベルトケースは使っていないのだった。

 その心はと言えば、やはりなんといっても、今の端末がスマートフォンになってしまったことが大きい。スマホ用のベルトケースも売っているが、腰回りにつけると、ひょんなことからスマホ本体を折り曲げてしまいそうな気がして怖いというのもある。
 いや、実を言えば、これほどまでスマホが大型化する前、まだ筐体がコンパクトだった数世代前は、ベルトケースを使っていたのだ。それがスマホ買い換えに伴う筐体の大型化にともなって、ベルトケースも大型化し、まるで拳銃のホルスターか? という風体になって、さすがにこれは、オジさんのわたしでもカッコ悪いなぁ、と、敬遠するようになってしまったのである。

 行き場のなくなったスマホはどこに入れているかというと、冬場はジャケットの内ポケット、夏場はワイシャツの胸ポケットに入れている。
 今これは、けっこう大きめな総合病院のロビーで書いているのだが、あたりを見回して、男性がどこにスマホを収納しているかしばらく観察してみると、やはりワイシャツのポケット組、スラックスのポケット組、手持ち組、首からぶらさげ組と多種多様だが、ベルトケース使用者は皆無であった。

 過去のベルトケース愛用者としては、二十五年の時を経て、ケータイがスマホになり、オジさんさえも使わなくなり、ひそかにベルトケースが活躍の終焉を迎えているのだなぁ、と感慨深い。
 同時に、若者の「腰パンブーム」も過去の物になったようで、これもめでたい。あれは短足を隠すためにやっていた、という話を聞いたことがあるが、やはりどう見てもみっともなかった。

 ベルトケースから解放されてみると、腰回りが軽くなって、存外良いものだ。両腕を振って歩いていても引っかかる物がないというのもいい。
 ただ、本当にスマホの携帯の仕方には難儀している。胸ポケットに入れると重さでシャツがよれてあまり見栄えはよくないし、楽しいことがあってスキップなどすると(すんなよ)飛んで落ちていきそうだ。

 夏場、胸ポケットのないTシャツ一枚で近所に出かけるときなどは、しかたなくスラックスのポケットに入れるか、手持ちで行くことにしている。どちらもなにか、収まりが悪くて心許ない。
 どうもスマホというやつは、カッコよく携帯するということができない代物なのだと感じているのは、わたしだけなのだろうか。

 服にポケットのすくない諸嬢はどこにスマホをしまっていらっしゃるのだろう。女性は手ぶらで外出ということはまずしないから、バッグの中なのだろうか? ちなみに細君は、ポシェットの中か、手持ちで歩いている。

 その昔、香港でPHSが出た頃(日本よりも早く、筐体もコードレスホンのように大きかった)、香港の女性たちは左手にそのPHSをそのまま持って出歩くのがファッションなのだ、という記事を読んだことがある。四半世紀以上が経って、日本のファッションも香港に追いついたということか。

 前述の、ベルトケースを「ダサい」と言った若者も、もう十分オジさんの歳になっているはずである。今、彼がどうやってスマホを携帯しているのかな、と想像するのも面白い。わたしの想像もできない「カッコいい」携帯の仕方をしているのかもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月26日

【日記】胃カメラふたたび

 と書いてはいるが、この日記に再度登場というだけで、内視鏡検査は定期的に受けている。

 前回は「【日記】機械触手に犯された姫の宴のあと」というタイトルで、触手マニアの気持ちになってみれば胃カメラもつらくないのでは、というコンセプトで攻めてみたのだが、今回はストレートに「大丈夫、全身の力を抜いて、先生の言うとおりにしてごらん」といういささか受けチックな気持ちで挑んでみた。

 わたしの通っている病院の胃腸科は、キシロカインゼリーで喉の麻酔をするだけである。もちろん胃の消泡剤は服用し、蠕動をゆるめるための注射はするが、患者よりの苦痛を少なくする鎮静剤や睡眠薬は使ってくれない。けっこう男らしいプロシジャだ。

 よく「わたしは胃カメラ、全身麻酔でやってもらったから楽だったよ」という人がいるが、それは意識下鎮静法という、鎮静剤や鎮痛剤を静脈注射する方法で、全麻ではない。全麻だったら自力呼吸も止まるので口から人工呼吸器を気管挿入して人工呼吸をする。カメラの入る余地がないじゃん。

 喉の麻酔が効いてきたところで、いつも通り、身体の左側を下にしてベッドで横になり、先生登場。おっ、女医さんひとりだ。ここでちょっとホッとする自分。というのも経験則的に女医さんは、手先が器用なせいか検査が楽なのだ。
 ここで先生が二名出てきたりすると、これはダメコースかと緊張してしまう。研修医とオーベンの組みあわせで、研修医の実験台に使われることを覚悟しなければならない。
 さて、マウスピースをつけてカメラを挿管。喉の奥をとおるあたりが一番つらいわけだが、おおっ、これは……。

「大あたりの先生だ!」

 何回か内視鏡検査を受けていると、ここで「あたり」か「はずれ」の先生かわかる。そう、内視鏡検査は先生との相性がとてもある。いや、相性というか、先生の腕前ひとつで受ける苦痛がかなり違うのである。
 今回は大あたりの先生で、胃の中でカメラを動き回されたり、空気を入れたり、水を出されても、全然つらくない。
 先生の腕前次第はあるが、やはりお互い、呼吸があうというのもあるとは思う。先生の方も「おっ、この患者はあたりだ」と思っていたかもしれない。
 無事、カメラを抜いて、いつもなら大量に吐くよだれも、今回はティッシュ二、三枚で済んでしまった。
 さて、診断結果だが、軽い慢性胃炎は仕方ないが、食道、十二指腸ともきれいなもの、とのこと。服薬を継続で、定期的な内視鏡検査を受けましょう、となった。

 腕の悪い、というか、相性の悪い先生に検査してもらうと、内視鏡検査のあと、数日、食道と胃の境目(噴門)が痛かったりするのだが、今回はそんなこともなく、麻酔が切れた数時間後に、スタバでレモンヨーグルト発酵フラペチーノを飲みながらこれを書いている。
 こんな楽な検査なら、一年に一度と言わず、毎月受けても大丈夫なくらいだ。

 特に記事にしようとは思っていなかったスケジュールだったのだが、今回の先生のあまりのうまさに感激して、一筆残しておきたいと記事にしてしまった。
 もちろん、わたし自身が胃カメラになれてきているというのもあるのだろうけれども。

 と、思ってナメてかかると、翌年はとてもつらかったりするのだけれどね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月22日

【日記】おや!? 右肩のようすが……!

 おめでとう! 右肩は五十肩にしんかした!

 って、めでたくねーよ!

 どうも。「名探偵ピカチュウ」を細君と一緒に観たものの、ポケモンをまったくやったことがなかったので世界観に入り込めず、なにがなにやらだった結城です。ポケモンをやっていた細君は楽しかったようで何より。でもシワシワピカチュウはかわヨ。

 そんなことより! そう、なってしまったのだ、右肩が。アレに。五十肩に!!

 このブログを長くお読みの方ならば、おや? と思われたかもしれない。また五十肩の話? と。そう、でもあれは左肩の話。

 というわけで、振り返ってみれば、左肩が五十肩で痛むという話を書いたのが2017年から2018年にかけての秋冬あたり。それが2018年末には「気がついたら痛みがなくなっていた」と記してある。

 ここ半年くらいは、両肩の痛みもなく、日課となったジム通いも淡々とこなし、健康的な生活を送ってきていたはずだったのだ。

 それが最近、右肩がどうも妙なのである。ドラえもんでのび太くんが両腕を上げ枕にしてよく寝ているが、それが右肩が痛くてできない。
 いったんそれをやると、痛くて腕を戻せないものだから、左腕で介助して姿勢を変えてやらなければいけなくなってしまった。

 時間合わせで入ったファミレスで、睡魔に襲われ、ちょっとだけウトウトしようと両腕を枕にしてつっぷしてみると、右腕がギシギシッと痛んで耐えられない。

 これは――やっぱり来てしまったのか、五十肩が。右肩にも。

 左肩が五十肩になったとき、教会で先輩方から「五十肩はね、何度もなりますよ」、「両肩なりますよ」と聞いてはいたが、左肩が治って一年もせずに、今度は右肩の方まで患ってしまうとは……。

 ただ、左肩のときとは違って、右肩はだいぶ痛みが少ない、というか、痛みを感じるアクションが限られている様子である。そのかわり、右肩全体がいつも凝っているような重さがある。
 背中に手が回せないのは左肩のときと同じ。やはり孫の手の登場だ。

 気づいてから一カ月は経っているが、症状が重くなる雰囲気はない。左肩のときのように、痛みで眠れなかったり、痛み止めを飲むところまでもいかない。
 左肩のときは、それは大騒ぎをして、病院通いはもちろん、サポーターを買ってみたり、枕を変えてみたりしたのだが、どうやら、右肩の方は、軽い症状ですみそうな感じである。今回は、痛み止めをもらいに医者通いをせずとも大丈夫そうだ。

 わたしは右利きである。利き腕だから症状が軽いのかどうかはわからない。
 ちなみに左肩の方はもうぜんぜん平気。上に上げても振り回しても枕にしても痛みもない。

 左、右ときて、また左肩が痛み出さないことを神様に祈るばかりだが、どうも五十肩というものは、必ず治ると信じて、長い目でみた方が良さそうだ。

 てなところで、右肩でも五十肩、ゲットだぜ!(うれしくないって)。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記