2019年06月26日

【日記】胃カメラふたたび

 と書いてはいるが、この日記に再度登場というだけで、内視鏡検査は定期的に受けている。

 前回は「【日記】機械触手に犯された姫の宴のあと」というタイトルで、触手マニアの気持ちになってみれば胃カメラもつらくないのでは、というコンセプトで攻めてみたのだが、今回はストレートに「大丈夫、全身の力を抜いて、先生の言うとおりにしてごらん」といういささか受けチックな気持ちで挑んでみた。

 わたしの通っている病院の胃腸科は、キシロカインゼリーで喉の麻酔をするだけである。もちろん胃の消泡剤は服用し、蠕動をゆるめるための注射はするが、患者よりの苦痛を少なくする鎮静剤や睡眠薬は使ってくれない。けっこう男らしいプロシジャだ。

 よく「わたしは胃カメラ、全身麻酔でやってもらったから楽だったよ」という人がいるが、それは意識下鎮静法という、鎮静剤や鎮痛剤を静脈注射する方法で、全麻ではない。全麻だったら自力呼吸も止まるので口から人工呼吸器を気管挿入して人工呼吸をする。カメラの入る余地がないじゃん。

 喉の麻酔が効いてきたところで、いつも通り、身体の左側を下にしてベッドで横になり、先生登場。おっ、女医さんひとりだ。ここでちょっとホッとする自分。というのも経験則的に女医さんは、手先が器用なせいか検査が楽なのだ。
 ここで先生が二名出てきたりすると、これはダメコースかと緊張してしまう。研修医とオーベンの組みあわせで、研修医の実験台に使われることを覚悟しなければならない。
 さて、マウスピースをつけてカメラを挿管。喉の奥をとおるあたりが一番つらいわけだが、おおっ、これは……。

「大あたりの先生だ!」

 何回か内視鏡検査を受けていると、ここで「あたり」か「はずれ」の先生かわかる。そう、内視鏡検査は先生との相性がとてもある。いや、相性というか、先生の腕前ひとつで受ける苦痛がかなり違うのである。
 今回は大あたりの先生で、胃の中でカメラを動き回されたり、空気を入れたり、水を出されても、全然つらくない。
 先生の腕前次第はあるが、やはりお互い、呼吸があうというのもあるとは思う。先生の方も「おっ、この患者はあたりだ」と思っていたかもしれない。
 無事、カメラを抜いて、いつもなら大量に吐くよだれも、今回はティッシュ二、三枚で済んでしまった。
 さて、診断結果だが、軽い慢性胃炎は仕方ないが、食道、十二指腸ともきれいなもの、とのこと。服薬を継続で、定期的な内視鏡検査を受けましょう、となった。

 腕の悪い、というか、相性の悪い先生に検査してもらうと、内視鏡検査のあと、数日、食道と胃の境目(噴門)が痛かったりするのだが、今回はそんなこともなく、麻酔が切れた数時間後に、スタバでレモンヨーグルト発酵フラペチーノを飲みながらこれを書いている。
 こんな楽な検査なら、一年に一度と言わず、毎月受けても大丈夫なくらいだ。

 特に記事にしようとは思っていなかったスケジュールだったのだが、今回の先生のあまりのうまさに感激して、一筆残しておきたいと記事にしてしまった。
 もちろん、わたし自身が胃カメラになれてきているというのもあるのだろうけれども。

 と、思ってナメてかかると、翌年はとてもつらかったりするのだけれどね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月22日

【日記】おや!? 右肩のようすが……!

 おめでとう! 右肩は五十肩にしんかした!

 って、めでたくねーよ!

 どうも。「名探偵ピカチュウ」を細君と一緒に観たものの、ポケモンをまったくやったことがなかったので世界観に入り込めず、なにがなにやらだった結城です。ポケモンをやっていた細君は楽しかったようで何より。でもシワシワピカチュウはかわヨ。

 そんなことより! そう、なってしまったのだ、右肩が。アレに。五十肩に!!

 このブログを長くお読みの方ならば、おや? と思われたかもしれない。また五十肩の話? と。そう、でもあれは左肩の話。

 というわけで、振り返ってみれば、左肩が五十肩で痛むという話を書いたのが2017年から2018年にかけての秋冬あたり。それが2018年末には「気がついたら痛みがなくなっていた」と記してある。

 ここ半年くらいは、両肩の痛みもなく、日課となったジム通いも淡々とこなし、健康的な生活を送ってきていたはずだったのだ。

 それが最近、右肩がどうも妙なのである。ドラえもんでのび太くんが両腕を上げ枕にしてよく寝ているが、それが右肩が痛くてできない。
 いったんそれをやると、痛くて腕を戻せないものだから、左腕で介助して姿勢を変えてやらなければいけなくなってしまった。

 時間合わせで入ったファミレスで、睡魔に襲われ、ちょっとだけウトウトしようと両腕を枕にしてつっぷしてみると、右腕がギシギシッと痛んで耐えられない。

 これは――やっぱり来てしまったのか、五十肩が。右肩にも。

 左肩が五十肩になったとき、教会で先輩方から「五十肩はね、何度もなりますよ」、「両肩なりますよ」と聞いてはいたが、左肩が治って一年もせずに、今度は右肩の方まで患ってしまうとは……。

 ただ、左肩のときとは違って、右肩はだいぶ痛みが少ない、というか、痛みを感じるアクションが限られている様子である。そのかわり、右肩全体がいつも凝っているような重さがある。
 背中に手が回せないのは左肩のときと同じ。やはり孫の手の登場だ。

 気づいてから一カ月は経っているが、症状が重くなる雰囲気はない。左肩のときのように、痛みで眠れなかったり、痛み止めを飲むところまでもいかない。
 左肩のときは、それは大騒ぎをして、病院通いはもちろん、サポーターを買ってみたり、枕を変えてみたりしたのだが、どうやら、右肩の方は、軽い症状ですみそうな感じである。今回は、痛み止めをもらいに医者通いをせずとも大丈夫そうだ。

 わたしは右利きである。利き腕だから症状が軽いのかどうかはわからない。
 ちなみに左肩の方はもうぜんぜん平気。上に上げても振り回しても枕にしても痛みもない。

 左、右ときて、また左肩が痛み出さないことを神様に祈るばかりだが、どうも五十肩というものは、必ず治ると信じて、長い目でみた方が良さそうだ。

 てなところで、右肩でも五十肩、ゲットだぜ!(うれしくないって)。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月12日

【日記】キラキラネームと没個性

 昭和時代の遺物「ツッパリ」というと、皆さん、どんなものを想像するだろうか?

 男子ならリーゼントにボンタンと呼ばれるダブダブズボン、隠れてタバコにバイク。女子ならパーマに地面までつきそうな長いスカート。そしてそろってだらしない胸元にペッタンコの学生カバン。

 わたしの通っていた高校は、こういうことができないよう、制服をブレザーにする施策のはしりだったが、それでもこのペッタンコの学生カバンを持っていた学友がいて、どうやってそんなものを作るのかと思って見せてもらったら、わざわざボンドで貼って薄くするのであった。莫迦じゃないかと思ったが学力も相応で、留年し、退学していった。根は良いやつだったので、今でも元気にしていれば良いがと思う。

 さて、こういうツッパリがどうしてこういう「いかにもなツッパリ様相」になってしまうかというと、彼らには「俺ら(あたしら)はフツーとは違うんだよ。このヘアスタイルや服装は個性なんだ。個性をなくしたほかの連中とは違う。俺らが俺らである証拠がこれなんだ」という、彼らなりの矜持があったわけである。
 彼らから見れば、ごくフツーにブレザーを着て、カバンに教科書と辞書をつめ、毎日、遅刻することもサボることもなく高校に通い続けたわたしなどは、没個性の最たる者だったのかもしれない。

 しかし、当時から感じていたのだが、「人は個性的であらんとすればするほど没個性になっていく」性質があるのである。

 例えば、上記ツッパリ。彼らは個性的であろうと髪型や衣服や行動を普通とは違う&面に向かわせたあげく、結局、ツッパリ≠ニいう記号で表現できる集合になってしまった。

流行≠見ればわかるだろう。最初にそれをやったパイオニアは確かに個性的だが、それをイイと思ってまね(これ自体がもう没個性なのだが)する者が増えていくにしたがって、その流行モノは一般化し、その時点で、逆に没個性になってしまうのである。

 さて、あるきっかけがあって、最近の子どもの名前を多く見る機会があった。ご想像難くないとおり、今やフリガナなしでは読めない「キラキラネーム」ばかりである。
 ところが、それを流し読みしている自分が、特に批判的な気分になっていないことにことに気づき、あぁ、キラキラネームもすでに没個性になってしまったのだなぁ、と感じたのだった。

 少し前は、フリガナがなければ読めない子どもの名前は、DQNネームとか珍奇ネームとか呼ばれ、つけた親の常識を疑われるものだった。世間一般の評価も推して知るべしで、決して好意的ではなかった。

 親がその子に、特別な名を与えてやりたい、と思う気持ちはよくわかる。名前こそが、親が最初に子どもに与えられるプレゼントだからである。
 その特別さが、「俺ら(あたしら)の子どもはフツーとは違うんだよ。これからつける名前は個性なんだ。個性をなくしたほかの親の子とは違う。俺らの子である証拠がこれなんだ」と、暴走した結果がDQNネームだったわけだ。

 余談だが、同じ気持ちでカトリック信徒は子どもに幼児洗礼をして、洗礼名を与えるのである。洗礼名があるせいか、カトリックの子には普通≠フ名が多く、幼児洗礼や洗礼名のないプロテスタントは、子どもに聖書由来のキラキラネームをつけることが多い、という話もあったりする。

 話を元に戻して、キラキラネームに違和感を抱かなくなった、ということは、キラキラネームが「ツッパリ」と同じような記号になってしまった、畢竟、没個性の証しになってしまったということなのである。

 上に書いた「人は個性的であらんとすればするほど没個性になっていく」という一文を思い出していただきたい。

 人生も半分終わってみると、「本当に個性的な人は、個性的に生きようなどとは思っていない。自分らしく生きようなどとも思っていない。その人はその人として、ただ、生きているだけなのだ」ということがわかるようになる。
 他人との比較性の中に個性はない。個性は特別なものではないのだ。だから、特にキラキラもしていない。大地にしっかり根っこを生やして、ゆったりと悠然に生きている。

 令和の時代に「梅子」や「松子」のようなシワシワネームをつける(梅子さん松子さんごめんなさい)のがむしろいい、とも思わない。それも個性は特別≠フ回帰でしかすぎない。
 そういう意味では、子どもの名づけはハードルが高くなった。それでも、一見同じように見えるキラキラネームの中に「おっ、これは違うな」というセンスを持った名前があったりすると、親御さんの教養がわかって楽しい。

 ところで、わたしの名は、祖父が「これから宇宙時代だからそれにちなんだ名前にしたい」と提案し「宙太郎」になる予定だったのだという。
 発想はいい! 発想はいいんだが……おじいちゃん、男だからなんでも太郎をジョイントというセンスはいかがなものか。
 ひょっとしたら、わたしは「結城宙太郎」になっていたかもしれないのだ。
 名は体を表すというとおり、未来も変わっていたかもしれない。なんか、柔道かなにかやってそうな名前だよね。

 というわけで、令和の時代に赤ちゃんの名づけ親になる皆さんは、ほんと、よっぽどセンスが良くないと、「昭和のツッパリ」と同じように、記号的な没個性になっちゃうよ、という結論で、この記事はまとめとしよう。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年06月05日

【日記】「ひとりで死ね」の正解は

 川崎で痛ましい通り魔殺人事件が起こってしまった。
 亡くなられた男性と少女には、安らかなお眠りを祈り、また、被害者となられた方々には、一刻も早く体と心の健康を取り戻せるようにと、神に願うしかない。

 犯人がその場で自殺してしまったため、動機のほとんどの部分が不明なままというのも、事件のやるせなさを拡大しているように思える。
 犯人の中学時代から、50代の今までの写真はもちろん、職歴情報すら出てこないというのも、なにやら不気味で、まるで、誰もが見ないようにしていた現代の黒い深淵を無理やり覗かされているような感じだ。

 犯人は、いわゆる拡大自殺と呼ばれる、自殺の巻き添えにするために犠牲者たちを襲ったのだろうか。わたしは個人的には、この点にまだ懐疑的でいるのだが、もうその正解がわかることもない。

 さて、この事件について、その日のうちに、ある識者から「(犯人に対し)ひとりで死ねと言わないでほしい」という緊急提言がなされ、またたくまに炎上し――

「いや、やっぱりひとりで死ね」
「指摘どおり、ひとりで死ねというのは間違いかもしれない」
「いや、やっぱりひとりで死ね」
「それは犯人と同じ境遇の人々を追い込む一言になりかねない」
「いや、やっぱりひとりで死ね」
「その言葉は新たな拡大自殺の呼び水になりかねない」
「いや、やっぱりひとりで死ね」

 と、ネットやマスコミが混然となって議論している状態だ。

 なんとも、むずかしい問題だと思う。被害者の方々の側に立てば「ひとりで死ね!」と叫びたくなるのは当然だ。
 同時に犯罪防疫の面から言えば、確かに「ひとりで死ね」というのは、新たな拡大自殺を招く可能性がある危ない風潮になりかねない。

 しかし、一歩下がって冷静にこの問題を考えてみると、正解はこの両者のどちらでもないのではないか、と、ふと思い当たった。
 この問題の正解は――

「自殺は決してするな」

 ではないだろうか。両者とも「自殺」という殺人が「あって仕方ないこと」と見ている点が間違っている。そう、自殺はまごうことなき殺人行為なのである。

 まず「ひとりで死ね」派は、自殺という殺人を肯定している点で、実は殺人自体は肯定している。これは社会正義的に許されることではない。
「ひとりで死ねとは言わないで」派も、一歩踏み込んで、今、苦しんで自殺しようとしている人を救わんとする意図がいまいち伝わってこない。どことなく、自殺しようとしている人を刺激しないで、というような、腫れ物に触るような言い回しだ。

 わたしはカトリックなので、言う。言ってしまう。これが自分にとって、実は苦しいことであることも承知の上で、言う。

「自殺は決してするな」

 そして、為政者たちに向かって叫びたい。これからの日本は、自殺しようとまで苦しんでいる人々を救うセーフティシステムをつくらなければ、どんどん似たような事件が起こっていくのだ、と。

 それでなくても、日本は「自殺」が美化される国である。ミスを犯した責任をとって切腹することが美談とされる国なのだ。

 そうこうしているうちに、川崎の事件が引き金になって、自分の息子を父親が殺すという、これまた悲惨な事件があった。
 その息子に、ある意味社会的な問題があったがゆえに、「父親よくやった」という声があがっているということを憂う。

 刑法には「殺人は、これをしてはならない」といった条文はない。ただ、殺人をしたら罪に問われる、となっているだけだ。
 それだけに「殺人はいけない」と子どもたちに教え、社会の常識とするには、われわれおとなの意識と、意志と、意力が必要なのである。

「自殺は決してするな」――そして、それをサポートするシステムを、カトリックとして(ひとりの人間として、と書きたいところだが、それは違うのでできない。「【日記】ヒューマニストではない!」参照)、これからも模索していきたい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年05月29日

【日記】迷ったら寄れ

 スマホが普及して誰もが持っている時代になり、素人が「決定的瞬間」を動画で録画することも珍しくなくなった。

 その昔、素人の動画と、プロの動画とでは決定的な差があった。素人の動画はやたらズームが激しいのである。対象物にズーミングして数秒、すぐに引いて数秒。またズーム、そしてすぐに引く。パン(横移動)チルト(縦移動)も多く、しかも手ぶれで画面の揺れが激しい。
 逆にプロの撮ったものは、三脚でピタリと安定し、画角は静止(フィックス)が多い。やたらズームはしない。パン、チルトも最小限。そしてフィックスの時間を長く撮る。

 なので、素人が結婚式などを撮ったムービーを見ると疲れる。酔うという人もいる。プロの成果物ではそんなことはない。

 もちろん、素人とプロの違いは、素人はカメラ一台でがんばらなければいけないとか、プロの機材は重く手ぶれしにくく、しかも画質がいいのでフィックスでも細かいところがよく映る、というアドバンテージもあったわけだが。

 最近はスマホカメラの機能も上がり、全編iphoneで撮影したという映画も出てきた。「麻雀放浪記2020」がそれである。ストーリーの内容はともかく、画像的には劇場で見ていて違和感がなかった、と、これははっきり言える。すごい時代になったものだ。
 もちろん、そのiphone撮影も、撮影のプロがやっているからこそ、商業映画にできるわけである。

 ここで素人のみなさんに、その昔、カメラマンから教わった「撮影物をうまく見せるテクニック」の格言をひとつ、お教えしたい。

「迷ったら寄れ、トチったら引け」

 である。
 対象を撮影中、「この画面でいいのかな?」と迷うことがあると思う。そういうときは対象物に寄る。ズームするのである。ズームができないカメラなら歩いて寄る。
 さらに、撮影中「しまった、この画面じゃまずい」と思う瞬間もあると思う。そういうときは即座に画角を広げる。ズームを戻す。対象物から離れて撮影を続けるのである。

 そして、寄るにしても引くにしても、いったん画角を確保したら、フィックスで一息(三秒から五秒ほど)耐える。
 これだけで、あなたの撮る動画は、これらを気にしなかった頃より、格段に「見やすくなる」はずだ。

 この「迷ったら寄れ、トチったら引け」というのは、日常生活でも応用できるかもしれない。
 意中の異性に告白しようか――迷ったら告白だ。反応がいまいちだったら距離をおけ。
 ちょっと高いぜいたく品だけどどうしようか――迷ったら買え、分不相応だったらネットオークションだ。
 観光旅行先を海外にしようか国内にしようか――迷ったら海外へ、その過程でトラブルがひとつでもあったら国内にしとこう。
 とかね。

 さて、ここまでで千文字ちょっと。いつものブログ記事よりは短めなのだが、どうしよう。
 迷ったら寄れ、というわけで、こうやって読者のみなさんに寄ってみたのだが、こんなことを書いてしまうこと自体、トチっている証拠なのである。

 というわけで、トチったら引け! この記事はここでおしまい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記